犠牲者はジョージ・フロイドだけじゃない
アメリカの #BlackLivesMatter 運動や抗議デモが、日本でもニュースになっていますね。
その引き金となった出来事については、すでに何度も報道されているかと思います。5月25日ミネソタ州ミネアポリスにて、手錠をかけられ無抵抗だった黒人男性を警官が窒息死させた事件。被害者ジョージ・フロイドさんの名前と、その一部始終をおさめた動画は、瞬く間に世界中をかけめぐりました。
実を言うと私は、事件4日後という比較的早いタイミングでの加害者逮捕、そして運動の全国的、全世界的な広がりに、少し驚いていました。
なぜなら、この手の事件は昔からあったから。
「レストランで白人と同じ座席に座る」権利や「白人と同じ学校に通う」権利がやっと保証された1960年代以降も、何度も繰り返されてきた問題だったから。
それでも、たとえば2012年のトレイボン・マーティン射殺事件や2014年のマイケル・ブラウン射殺事件が日本で大々的に報道された記憶は、少なくとも私にはありません。
今回の運動は、衝撃的な動画の存在も手伝って、かつてない規模のスポットライトや国際的サポートを集めているように見えます。
今回初めてアメリカの人種問題を意識した人へ
日本では、今回初めてアメリカの人種差別問題を意識した人もいるんじゃないでしょうか。
動画やSNSの力で不正が広く世界に晒されるようになったこと、それによって関心が高まり、社会が変わっていくこと、それは素晴らしいことだと思います。
ただ今回、日本でとりあげられる犠牲者の名前がほぼ「ジョージ・フロイド」さんだけであることに、私は少し違和感を感じています。
この問題に馴染みがない人には、これが単発の事件に見えているかも知れない。
繰り返されてきたパターンに対する怒りだということは、そこまで知られていないかも知れない。
次々とサポートを表明するアメリカの企業や著名人が何に寄り添おうとしているのか、ひょっとしたら十分に伝わっていないかも知れない。
私は日本生まれ日本育ち日本在住の日本人。アメリカ在住の方々や専門家の知見にははるか及ばないし、当事者でも何でもない私にその痛みが理解できるとも思っていません。
それでも、今回黒人コミュニティへのサポートを表明した米系企業で働いていたり、学生時代には10ヶ月間フィラデルフィア近郊で過ごしていたり、卒論では公民権運動を研究していたりと、この問題について多少は触れてきたつもりです。
「日本で見えているもの」と「アメリカから流れてくるもの」のギャップを知るからこそ伝えられるメッセージがあると信じて筆をとります。
George Floyd さんは氷山の一角である
今回の事件に言及する際に、よくGeorge Floyd(ジョージ・フロイド)さんと一緒に挙がる名前があります。
Ahmaud Arbery(アフマド・アーベリー)さん、Breonna Taylor(ブレオナ・テイラー)さん、そしてDreasjon Sean Reed(ショーン・リード)さん、いずれも過去3ヶ月半の間に射殺された黒人の若者です。
アフマド・アーベリーさん
2月23日、ジョージア州ブランズウィックで近所をジョギングしていたアーベリーさんが、元警官の白人親子に射殺される事件がありました。
この親子が逮捕されたのは、2ヶ月以上も経った5月、その様子を撮影した動画がネットで拡散されたあとのことでした。
このときアーベリーさんは丸腰でしたが、親子は「以前ズボンに手を突っ込んでいるのを見たので、武器をもっているかも知れないと思った」とのこと。また、「近所で起こった侵入事件の犯人だと思った」とも説明しています。
ブレオナ・テイラーさん
3月13日の深夜1時頃、医療現場で働くブレオナ・テイラーさんが、ケンタッキー州ルイビルの自宅アパートで、押し入ってきた警察に撃たれました。
麻薬密売人の捜索中だった警察は、彼女の自宅がその受け渡しに使われたことがあると判断して家に突入します。
しかし、「警察だ、手を上げろ」などの警告なしで深夜に踏み込んできた彼らを見て、一緒にいた彼氏が強盗と勘違い、警官の足を撃ちます。それを受けて警察側も発砲、テイラーさんは8発の弾を受けて亡くなったそうです。
ちなみに、問題の密売人はその時点ですでに拘束されていたとのこと。
この事件もやはり5月になってから活動家の投稿により注目を集め、警察の責任者の辞任につながりました。
6月5日は本来であれば彼女の27歳の誕生日だったそうで、デモ隊がバースデーソングを歌ったんだとか。
ショーン・リードさん
5月6日、インディアナ州インディアナポリスで、危険運転をしていた21歳のショーン・リードさんを警官が追いかけていました。
その後リードさんが車を止め、運転席から出て走って逃げようとしたところに警官が発砲します。
警察側は「リードさんと警官との間の撃ち合いだった」としていますが、複数の目撃者がこれを否定。警官はリードさんの背後から発砲し、彼が倒れたあともなお弾を打ち込んでいたといいます。
なお、リードさんはこのときFacebookライブ配信の真っ最中。銃声に続いて視聴者の耳に飛び込んできたのは、リードさんを射殺した警官たちが、そのお葬式に関する冗談で笑っている声でした。
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ここに挙げたのはいずれも、動画やSNSの力で広まったものばかり。その裏にはおそらく、表沙汰にならずに処理された事件が多数隠れているはずです。
「肌の色によって警察の対応が変わる」。そんな認識がアメリカで広く共有されていることを示す象徴的な出来事が、5月25日、奇しくもジョージ・フロイドさんが亡くなった日に起こっていました。
「アフリカ系アメリカ人の男」と連呼した女性はなぜ「人種差別」を理由に解雇されたのか
5月25日、ニューヨークのセントラルパークで鳥を観察していた黒人男性Christian Cooper(クリスチャン・クーパー)さんが、手綱をつけずに犬を散歩させている白人女性Amy Cooper(エイミー・クーパー)さんを見かけました。(*苗字が同じで紛らわしいので、以下「男性」「女性」と表記します)
そこは手綱が義務付けられている場所。男性は、手綱をつけるよう女性に頼みます。が、女性は逆上し、「アフリカ系アメリカ人の男に襲われてるって通報するから」と脅しながら携帯を取り出します。
離れたところに冷静に立っている男性を前に、興奮した様子で「アフリカ系アメリカ人の男に脅されているからすぐ来て欲しい」と繰り返す女性。その姿は男性のiPhoneカメラを通じてその日のうちにSNSで晒され、彼女への非難と共に拡散されていきます。
翌日、彼女の勤務先は、「人種差別は許容できない」との声明と共に、彼女を解雇したと発表しました。
この女性が「男に襲われている」ではなく、あえて「アフリカ系アメリカ人の男に襲われている」と連呼した理由はなんなのか。そして、差別用語などを一切使っていない彼女の解雇理由がなぜ「人種差別」だったのか。
それは、「アフリカ系」を強調した方が男性の身が危なくなることを、知っていて利用したからです。
少なくとも、動画を拡散した人たちはそう感じた。「アフリカ系アメリカ人の男に襲われてるって通報するから」という脅しの意味を、説明抜きに皆が理解したからこそ、この動画はFacebookで2万回もシェアされ、Twitterでも15万回リツイートされた。
#BlackLivesMatter が訴えているもの
黒人と結婚した日本人女性の投稿が話題になっています。
「近くのコンビニに行くときも、夫は警察に目をつけられないように髭を剃って身なりを整える」、子どもが2歳の時点で「警察との接し方をちゃんと教えてあげてね、と義母に言われた」・・・ここに書かれているのは、胸が痛むエピソードばかり。
また私も、外資系である勤務先にて、アメリカ黒人の同僚に体験談を話してもらう機会があったのですが、
「15歳のとき、12歳にもならない女の子たちと警官のけんかを突っ立って見ていたら、突然自分もつかまれて顔を殴られ、逮捕されそうになった」「16歳の時、教会の仲間とフットボールをしていたら警官があらわれ、手を背中の後ろで縛られた」「自分が知っている黒人男性の同僚は全員、警察から銃を向けられたことがある」などなど・・・
彼らにとって警察の暴力はここまで身近なものだったのかと、ショックを受ける内容ばかりでした。
もちろん、「息ができない」と訴えるジョージ・フロイドさんの首を8分46秒締め続ける警官の姿は衝撃的で、それが人々の怒りを呼び起こしたのは間違いありません。
でも、それだけじゃない。
これまでにも、たくさんの事件が起こってきたこと。
そして、動画などの証拠がなければ、デモが起こらなければ、加害者が逮捕されることも裁かれることもなく葬り去られていた可能性が高いこと。
偽札とか危険運転とか麻薬とか、本来だったら普通に逮捕されて弁護人をつけて正当な裁判を受けられるはずの罪が、命取りになること。
スボンのポケットに手を入れれば「武器を持っている」と疑われ、その結果丸腰で撃たれても「正当防衛」と主張されること。一方的に背後から撃たれても「撃ち合った」ことにされてしまうこと。
仲間とフットボールをしているだけで、犯罪者と疑われ警察を寄せつけてしまうこと。
幼い我が子を前に、「この子が将来職質を受けたとき、焦って逃げるそぶりを見せて撃たれたらどうしよう」と考えて眠れなくなること。
その全てに対する怒り、悲しみ、叫びが込められているのが、Black Lives Matter というスローガンなのです。
私たちは歴史の転換点にいるのか
共和党のミット・ロムニー上院議員がデモに参加したと報じられました。共和党はアメリカの2大政党のうち保守的な側で、その上院議員がこのようなデモに参加するのは異例のことです。
ワシントンDCでは、市長の指揮のもと、「Black Lives Matter」の文字が大きくペイントされたそうです。
そして、全米50州に広がったデモ。このコロナ時代に、本当にたくさんの人が集結しているのがわかります。
そしてニューヨーク州知事は、同州が先陣をきって改革をすすめると約束しました。
この手の事件は昔からあった。あったけど、これから見ようとしている結末はきっとこれまでとは違うんじゃないか。
そんな希望を抱きつつ、この記事を締めたいと思います。
*続編書きました
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