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Mr. Children「半世紀へのエントランス」が本気で半世紀へのエントランスだった

「私全然ニワカですよー。聴き始めたのは長谷部の影響で・・・」

2022年、夏、大阪京セラドーム。私の前に並んでいた4人組が、そんな話をしていた。ニワカと言いつつ、ちゃっかり「Mr. Children」のロゴが入ったライブTシャツを着ている。

盗み聞きするつもりはなかったけど、30分も同じ列に並んでいたので、話の内容が耳に入ってきた。どうやら1996〜7年頃の生まれで、社会人になって数年らしい。

なんてことだ。「ミスチル現象」が世の中を席巻し、『Tomorrow Never Knows』が歴代CDシングル売上の5位に、『Atomic Heart』が歴代アルバム売上の首位に躍り出ていた頃、この世に存在もしていなかった世代じゃないか。

そんな彼らが今、メンバーの写真の前でポーズをとっている。

そういえばいつだったか錦糸町のミスチルバーに行った時も、そのくらいの年代の人たちが普通にきてた。親の影響で聞き始めたのだという。

中高生の頃によく聞いていたアーティストは数あれど、多くは同年代にしか通じない。だけど小学生の頃に出会ったミスチルは、しれっと世代を超えていく。




「Mr. Children 30th Anniversary Tour ~ 半世紀へのエントランス」。

ミスチルの30周年記念ライブのタイトルだ。

5年前の25周年ライブは「Thanksgiving」だった。25年もの長い道のりを一緒に歩いてきたファンへの感謝。そんな周年ライブらしいタイトルで、人気曲、代表曲を惜しみなく演奏してくれた。


それから5年後。今度は彼らは「僕らが見据えてるのは半世紀、つまり50年だよ」なんて言い出した。

50年・・・っていったら、30周年の今でやっと6合目じゃん。そこに到達する頃、メンバー全員70代じゃん。

半信半疑のまま、いざその「エントランス」をくぐってみて思った。「あ、この人たち本気だわ」って。まだまだこの先20年を見据えて、新たな定番曲を育てにきてる

だってこのセトリ、「30周年」ライブとしてはなかなか異色だったのだ。



ここで参考までに、ここ数年で30周年を迎えた他の大御所バンドのセトリをみてみたい。

まずはラルクアンシエル結成30周年ライブ、2022年5月。演奏された曲を発売年ごとに6つの時期にわけ、グラフ化してみた。

前半15年間の楽曲で、全体の7割を占めている。


それから2018年、B'zの30周年

こちらはなんと、実に9割が前半15年のものだ。

続いて2017年、スピッツの結成30周年

※「結成」30周年ではあるものの、メジャーデビュー前の楽曲は演奏されなかったため、デビュー年をグラフの起点とした

こちらも4分の3がメジャーデビュー後15年のもの。


ミスチルも、2017年、25周年の時はそのパターンだった。

やはり最初の15年間で全体の8割


・・・そうだよね。大御所の25周年とか30周年ライブって聞いて思い浮かぶのは、こういうやつだよね。



そんなテンションでミスチルの30周年に参戦すると、けっこうびっくりすることになる。



「Mr. Children 30th Anniversary Tour ~ 半世紀へのエントランス」(大阪京セラドーム)はこんな感じだった:

・・・青っ!!


2017年以降の曲、多っ!!


2020年の『SOUNDTRACKS』から4曲、2018年『重力と呼吸』から2曲。そこに今年の新曲2曲で、実に3分の1が直近5年の曲なのだ。



一応補足だけど、もちろんどちらが良いとか悪いって話じゃない。

私だってスピッツの「チェリー」を生で聴けたら嬉しいし、B'zのライブに行ったら「ウルトラソー!」って言われて「ハーイ!」って答えたいし、直近20年分の知識がすっぽ抜けたままラルク30周年に参戦してもちゃんと楽しめたのは、ただただありがたい。

それに今回のミスチルに直近の曲が多かった背景には、コロナ禍ならではの事情もあるだろうし。

最新アルバム『SOUNDTRACKS』が発売された2020年は、気軽にドームを満員にして密になれるご時世じゃなかった。その年に予定されていた「SOUNDTRACKSツアー」がキャンセルになった分、今年のツアーに両方の役割を持たせることにした。そんな側面もあるとは思う。



それにしてもよ。



観客の期待が最高潮に高まったタイミングで最初に鳴らす音が2020年の『Brand new planet』だったりとか。アンコールに持ってくるのが2018年の『your song』と最新曲『生きろ』なあたりとか。


なんていうんだろう・・・


「うんうん、『SOUNDTRACKS』発売当時から『Brand new planet』は代表曲扱いだったもんね、王道で来たね」なんて納得している自分と。

ふと冷静になって、「ちょっと待って、各時代を象徴する有名曲をあれだけ輩出しておきながら、「記念ライブのここ一番で聴かせたい曲」をいまなお更新し続けてるってこと・・・?」と唸ってしまう自分がいた。


そうだった。この人たちまだ6合目なんだった

あぶない、あぶない。あやうく「最初の25年だけで、もう十分名作を世に残したアーティスト」として見るところだった。



あともう一つ、今回のライブでミスチルは、公演ごとにセトリを変えてきた

22曲(東京ドームでは23曲)中、毎回演奏したのは15曲。残り7~8曲は、その都度入れ替えている。(※6月12日追記: 4〜5月のドームツアーの情報です。スタジアムのセトリはさらに大きく変わったようですね。)

複数公演に参加するファンへのサービス精神。聴かせたい曲が多くて削りきれなかった。セトリをネタバレされた人でも楽しめるように。この公演だけの特別感を出したい。


・・・いろんな解釈が考えられるけれど、ウェブ業界に10年以上身を置く私はこう思った。



この人たち、A/Bテストしに来てる???



A/Bテストとは。

なじみがない方のために簡単に説明すると、「パターンAとパターンBのどちらがいいかな?」を確かめる、いわば本番を兼ねた実験のこと。

たとえば「ボタンの色」を決めようと思ったら、経験とかセンスに頼るんじゃなくて、色違いを2つ用意する。そして結論が出る前にサイトを公開し、両バージョンを半々の割合で表示してみる。すると「濃い色の方が、クリックしてもらえる確率が2%高いな」みたいな答えが数字で見えてくる。

そしたら今度は「それってボタンの存在に気付きやすいからかな?」みたいに仮説をさらに立てて、実験と検証、改善を繰り返す。



ひょっとすると今回のミスチルも、たとえば「『innocent world』と『シーソーゲーム』、どちらの方が来場者の反応がいいかな?」みたいな実験を、やったりしてるのかもしれない。

実際公演の後にはアンケートも送られてきて、年齢や今回のライブの感想、今回一番よかった曲、ミスチルで一番好きな曲、ライブでやってほしい曲、他に好きなアーティストなどを聞かれたし。



運営の裏側は知らないので、これ以上想像で話を広げるのは控えるけれど。

一つ言えるのは、これだけの経験や実績を積んだ今でも彼らは、「お客さんが聞きたい曲はなんだろう?」という問いに真剣に向き合ってるってこと。


10年前の定番曲は、いまでも同じように人気なのか?最近の曲はどれだけ支持されてるのか?若い新規層はどれだけ流入していて、どんな曲が好きなのか?

そうやって今の立ち位置を把握した上で、前へ進み続けようとしている。




お客さんは何を望んでるかな?喜ばせるにはどうすればいいかな?」を真剣に考えるサービス精神。同時に「自分たちがいま聴いて欲しい曲、演奏したい曲はこれだ」というブレない軸。

エンターテイナー」であることと「芸術家」であることの両立を、彼らは高いレベルでずっとやってきたし、今回もやってるし、そしてこれからもやっていくんでしょう。20年後を見据えて。



2042年。


そのころ音楽はどうなってるのか。ライブという形態はまだ存在してるのか。その前にそもそも、日本は健在なのか。

人類の行く末考えると不安で、水浸しの地球儀が夢に出てきそうになることもあるけれど。

でもきっと、50年近く私の人生と並走してくれている70代の4人組が、還暦間近の体にライブTシャツを合わせた私を、とびっきりの半世紀ツアーで迎えてくれると信じてる。


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