リカちゃんの愛
愛、という言葉を聞くと思い出す人がいる。
その人は、いとこの配偶者で、初めて会ったのは父方の祖父のお葬式だった。
私は不登校の中学生で、セーラー服を着ていたと思う。
広いお寺の仏間の奥から出てきたその人を見たとき、思わずハッと息を呑んだ。
喪服に映える白い肌、大粒の溢れる涙をハンカチでおさえるその顔は、化粧っ気がないにもかかわらず光り輝いて見えた。
泣きはらして目の周りと鼻先がほんのり桃色に染まっているのも色っぽい。生まれて初めてこんなに美しい人を見た私は、喪の場ということも忘れしばし彼女に見蕩れた。
彼女は皆になぜか本名ではなくて「リカちゃん」と呼ばれていた。
誰にも確かめたことはないけれど、リカちゃん人形のように愛らしいからなのではないかと密かに考えていたものだ。
リカちゃんは配偶者であるいとこにベタ惚れで、いとこも彼女が大好きでいつも二人は幸せそうに見えていた。
ある事情から子どもを持たない、という決断をしていた二人は海外旅行が趣味で、年賀状にはだいたい綺麗な海をバックにした仲睦まじそうな彼らが眩しく写っていた。
リカちゃんは肉付きの良い体型をしていたのだが、ウエストだけはしっかりくびれていて、義理の母である伯母は、たびたび「不思議ねぇ」と呟いていた。
父方の親族は数少なく、法事以外ではあまり会うことはなかった。
あるとき、家に電話がかかってきて、リカちゃんが病気になったと伝え聞いた。
癌らしい、と。
それから何度かの入院、手術、などがあり胃に転移した時は、切除すると体重が落ちてしまうのを「50㎏なんてガリガリじゃない!」と嘆いていたというのを聞いて、彼女の美意識を見た気がした。
それは突然だった。
私が31歳で高校に入った後、しばらくしてリカちゃんが亡くなった、と。
まだ50歳だった。
葬儀にも参列したが結局、彼女とは喪の場でしか会ったことがないままだった。
印象的だった話がある。
リカちゃんは自分がもう長くないと知ると頻りに、いとこの心配をしていた。
「彼は一人だとダメな人だから、新しい良い人を見つけないと」と何度も言っていたらしい。
自分が苦しくて死にそうな時に、残される配偶者のことをここまで考えてあげられる人はなかなかいないのではないだろうか。
リカちゃんのことを思い出す度に、愛、という言葉が浮かぶ。
心身ともに、衝撃的に綺麗な人だった。
私はいまだに彼女より美しい人に出会ったことがない。