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自分の中にある空洞、満たされないかんじ
「空洞を抱えて生きている。」と言うと、大げさだろうか。
何か満たされない、このかんじ。
現状に大きな不満も問題もあるわけではない。
まあ細かいことをあげれば、きりがない。
自分と他の人を比べれば、運動能力もコミュニケーション能力も、容姿もセンスも足りないものばかりだ。
そういうものとは無関係に、ふと自分の中の空洞に強めの風が吹き抜けて、心がぞわっと寂しくなるような感覚があるのだ。
もしかしたらドーナツやベーグルみたいな穴かもしれないし、もっと硬くて小さい5円玉や50円玉みたいなものかもしれない。水道管やホースのように細長いかもしれない。
そもそも人間は口から肛門まで、ひとつながりの消化器官という空洞を抱えている。細く長く、時に太く、いろんな臓器をリレーしてつながっているせいで、わかりにくくなっているがこの体の中にはぽっかりと穴がある。
でも、いま言いたいこの満たされなさは、空腹とか息切れとかそういう身体の機能的なものではない。たぶんもっと精神的なものだ。
メガホンをコップだと思って一生懸命に水を注いでるみたいな虚しさ。声ばかり大きくなるけれど、その中身が満たされることはない。
穴と言えば、星新一に「おーいでてこーい」という短編があって、穴に関する話の中ではそれが一番好きだ。
そういえば、湿度と水中の違いを映画館に例えたツイートがバズってたことがある。
「(相対)湿度100%」と「水中」は全然違います。
— としゅきー™ (@toshchy) July 26, 2022
どれくらい違うかというと、水蒸気を人間、飽和水蒸気量を映画館の座席数に例えた場合、
・湿度50%→座席が半分埋まっている
・湿度100%→満席
・結露→立ち見がチラホラ
・水中→映画館の天井まで人間がミチミチに詰まっている
これくらい違う。
このツイートの言葉を借りれば、自分の心の中を満席にするのでは足りず、心の天井までミチミチに満たされたいのに、全然スカスカなのだ。日常が考え得る限り最高に近い状態まで充実してきたとしても、それはただ満席なだけで、まだ不十分なのだ。
『グレイテスト・ショーマン』(The Greatest Showman)を見たときに、その感覚を割と言い当ててる曲を見つけた。
"Never Enough"という曲だ。
この映画で有名な曲といえば、オープニングの”The Greatest Show”や、CMでもよく流れてる"This Is Me"。次いで"A Million Dreams"あたりだと思う。
でも、この"Never Enough"が自分の中に眠るうまく言い表せない感情を歌で表してくれているような気がした。
その感情を詳しく語りたくなって、辞書を片手に英語の歌詞を読んでいこうと思う。
I'm trying to hold my breath
Let it stay this way
Can't let this moment end
You set off a dream in me
Getting louder now
Can you hear it echoing?
Take my hand
Will you share this with me?
'Cause darling without you
日本語に訳すと
「呼吸を抑えようとしているんだけどうまくいかない
このままでいい
この瞬間を終わらせたくない
君が私の中に夢を引き起こすんだ
どんどん大きくなっていく
繰り返し響いてるのが聞こえる?
私の手を取って
私と分かち合ってくれる?
だって、あなたなしじゃ」
くらいの意味になるだろう。
try to doは「しようとした(ができなかった)」。
hold one's breathで「息を止める」という意味もあるみたいなんだけど「(人・動物の動作などを)抑える」のニュアンスもあって。
「息が乱れて、普段通り息をしようと思うんだけど上手くいかない」みたいな感じかと。
set offも「出発する」「(爆薬・花火に)点火する、…を爆発させる」「(爆発・ショック・出来事・活動など)を引き起こす、を誘発する、きっかけとなる」みたいな意味があるので、夢が始まってぶわっと巻き起こっていくその勢いみたいなのを感じる。
Getting louder nowで、今まさにそれがだんだん大きくなっている感じを出しつつ。
echoingは「反響する、こだまする」「繰り返される、影響し続ける」みたいな意味だから、単なる音を意味するのでなくその奥深くまで浸透して響いている感じがある。
All the shine of a thousand spotlights
All the stars we steal from the night sky
Will never be enough
Never be enough
Towers of gold are still too little
These hands could hold the world but it'll
Never be enough
Never be enough
For me
「千のスポットライトの輝きすべて
夜空から盗んだすべての星
決して十分ではないだろう
決して十分ではないの
金の塔ではまだあまりにも小さすぎる
この手で世界を掴んだとしても決して十分ではない
決して十分ではないの
私にとっては」
「どれだけたくさんのスポットライトを浴びても、たとえ夜空の星の輝きを全部盗んできたとしても、全然足りない。」くらいに意訳しても良い。
Towers of goldが何を指すのか辞書を引いてもわからなかったのだけれど、「金の塔」と訳すなら「すべて金で作られた高価な塔」「金メダルやトロフィーような優勝や栄誉を示す記念品」みたいなものなのかもしれない。(ちなみに日本語で「金字塔」というと金の字の形に似てるからってので、ピラミッドを意味するのだけど。「金字塔を打ち立てる」なんて使い方もするから、「後世に永く残るすぐれた業績」という意味もある。関係ありそうななさそうな。)
前半の歌詞ではGetting louder nowと「どんどん大きくなっていた」夢が、後半ではその対比として、どんな名誉も輝きもstill too little「まだあまりに小さい」のだ。
この歌と呼応するようにして、自分の中にも何度も"Never be enough"という声が湧き上がってくる。Never!Never!と。
満ち足りない。空虚で、空洞で、空しくもあり虚しくもある。
SNSでいいねをもらっても、現実世界で褒められても、映画を観ても音楽を聴いても、「うれしい」とは思うし「楽しい」とは思うけれど、でもこの空白を満たすことはできない。
この歌詞の主体のように、大きく膨らんでいく夢を夢想しすぎて、現実の小さな輝きに気づけていないだけなのかもしれないけれど。
でも「何か足りない」というこの感覚は、生きるうえで普遍の渇望なのかもしれない。
「生きることの意味」なんて言うと、より大げさになるけれど。
「生きること」は結局何をしたところで達成されないんだということに、自分はむなしさを感じているのかもしれない。
そういえば、ディズニーの「リトルマーメイド」でもアリエルが、「パート・オブ・ユア・ワールド」の中で「だけど足りないなにか」と歌っていたけれど。彼女は足で道を歩いて、王子様と出会って、「足りないなにか」を満たすことはできたのかな。
(話はそれるが「なぜ火は燃えるの?」って、結構科学的で説明が難しい問いだなと歌を聞くたびに思う)
胃袋の空洞を、映画館の満席以上に満たしてしまうと気持ち悪くなってしまう。もしかしたら、この精神的な空洞を満たしたからといって必ずしもしあわせを感じるとは限らないな、なんてことも思う。
秋は肌寒くなって、夜も長くなるので、これといった答えのないことをつらつらと考えてしまうね。