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むむ

雑念の大半が
自身が自身であるための
自我の無意識の保持

いうなれば、補助

一貫性の取れた思考パターンを
展開することで
変化がないことを促している

内容ではなく
質に由来する

自動ストーリー生成

・主語を使うことでより
効果を高めていることもまた
いやらしい手口となる

私は〜だ
私は〜でない

断定的にすること
曖昧さを回避することで
より一層事態は深刻である

・何者でもない

過去の経験を
積み重ねれば積み重ねるほど

矛盾は広がるばかり

この矛盾を解きほぐすには
分解に徹するしかない

漂う空気のように
流れる川のように

バカになるのとは少し違う
無秩序ともまた少し違う

そもそもが
“私”として固定しようとするから
おかしなことになるのではなかろうか

言語化の限界

それはアキレスと亀の原理と同じで
理論的には一生辿り着くことは不可能

・ではなぜ自我の形成には
そもそも矛盾が孕んでいるのだろうか

例えば
可聴域と同じような
最高底の有無

認識の幅の存在

つまり思考の実感として
等しく3次元ということになる

思考そのものが
3次元に由来している

外的要因での自我の喪失
ではなく
内的要因での自我の分解

暗室で唯一の手掛かりではあるが
材質のわからない紐のようなもの

それが自我

でも本来
紐はなくても歩けるではないですか

・はい!
今回、なんだか支離滅裂といいますか
箇条書きに近い曖昧な感じで

シュルレアリスムに寄っております
どうぞお手柔らか笑

最後まで
お読みいただきありがとうございます

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