代表理事の今日もネパール日和(3月18日)
お疲れ様です。今日はネパールの英字新聞であるKathmandu Postに、ウクライナから非難するネパール人の様子に関する記事があったので紹介します。「ポーランドの仏教センターがネパール避難民の避難所になった経緯」と題された2022年3月18日付けの記事です。(記事の原題は「How a Buddhist centre in Poland became a refuge for Nepalis fleeing war」です。)
この記事では、ウクライナに出稼ぎ労働に来たPacheeta Sherpaという37歳のネパール人男性に焦点を当てます。彼はおよそ80万円の借金をして今年の1月24日キエフに到着します。しかし約1か月後にロシアのウクライナ侵攻が始まり、2月26日に彼はキエフを離れることを決断します。その逃避行は記事には次のように記載されています。
「彼は電車でリヴィウに行き、翌朝午前3時に到着した。午前9時にSherpaと他の4人のネパール人はタクシーに乗り込み、最寄りのポーランド国境に向かった。しかし、わずか15kmで、タクシーはポーランド国境に向かう大渋滞に巻き込まれた。Sherpaと友人はタクシーを乗り捨て、約80kmを徒歩で向かった。
「私たちは22時間ノンストップで歩き、ついにポーランドとの国境に到着した。ポーランドに入ることを目指す何千人もの人々が並んで待っていた。私たちはさらに22時間待って、なんとかポーランドに入ることができた。寒くて怖くて、食べるものがほとんどなかった。」とSherpaは振り返った。」
彼らはポーランドに入国後、在外ネパール人協会が手配した車でワルシャワのホテルに入りました。しかし、ワルシャワでも困難がSherpaたちに待ち構えていました。以下、再び記事の引用です。
「しかし、2日後、Sherpaは、市内のホテルが他の国籍よりもウクライナ人を優先していることを知った。
「その時、近くのグラブニクの町にある仏教センターが私たちを収容すると言われました。私が3月3日にセンターに到着したとき、数人のネパール人がすでにそこに滞在していた」と彼は言った。」
このような経緯を経て、Sherpaは仏教施設に保護されました。日本でもウクライナの避難民に関するニュースは連日報じられています。一方、このようなネパール人をはじめとする外国人に関するニュースは、なかなか目にすることがありません。このような背景から、今回はネパール人避難民のニュースを紹介しました。一にも早い事態の鎮静化を願ってやみません。
■Kathmandu Post「How a Buddhist centre in Poland became a refuge for Nepalis fleeing war」
https://kathmandupost.com/national/2022/03/18/how-a-buddhist-centre-in-poland-became-a-refuge-for-nepalis-fleeing-war