旅に出たい - 夜行列車の思い出
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私が蒸気機関車を追いかけて一人旅をはじめた頃,当時の国鉄には「夜行列車」がいっぱい走っていた.
東京~九州を結ぶ寝台特急(ブルートレイン)が全盛期だったが,地方の幹線でも始発駅を宵に出て終着駅に明け方に着くという,長距離の夜行列車が多かった.私が経験ある路線というと,たとえば山陰本線,中央本線,東北本線などだ.
その時分はまだ青春18きっぷがなく(前身の「青春18のびのびきっぷ」が発売されたのは1982年),もっぱら足は「周遊券」である.これは特定の地域に限って急行の普通席まで乗り放題のパスで,そして有効期間も,たとえば関西発の「北海道周遊券」では20日間もあった.それゆえ非常に便利にお安く利用させてもらうことができた.
ところで夜行列車の良いところは,列車が宿になるところである.移動している間に睡眠をとることができるのだ.寝台車を連結している列車もあるが,それを利用するのは周遊券の範疇になく,贅沢というか無謀.学生たちが周遊券を使う理由は,金を節約したいからである.
たとえば予め時刻表をチェックしておき,夜中にすれ違う逆方向の列車に乗り換えて,また出発した駅へ戻るということをよくやっていた.自ずとしっかりした睡眠は取れないのだが,そこは若さに任せてずいぶんと無茶をやったものだ.
そしてその頃の列車の座席といえば背もたれがほぼ直角で,長時間座っていたら尻が痛くなるような硬いシート.だからその条件で寝ようとすれば,まずワンボックスを占領し,体を横に倒して足を前のシートに伸ばし,バッグを枕にする.これが標準形?だったように思う.まっ,車内がガラガラだったからできる態勢だが,しかしこんな無理な姿勢では熟睡など程遠い.
しかしある時の信州から大阪への帰り道.この時は何人かで撮影旅行に行ったのだったが,車内はガラガラだったし仲間もいた安心感からか,列車の床に新聞紙を敷き,その上で体を伸ばしてぐっすり気持ちよく眠ることができた.今なら通報ものだが,その頃ならごく普通の光景.車掌も慣れたもので,寝ている人をうまく避けながら検札して回っていたことを覚えている.
このように何もかもがゆるい時代だった.おかげで自由奔放に旅をさせてもらうことができた.列車の旅の醍醐味を味わうことができた.ありがたいことである.
その夜行列車も次第に姿を消し,長距離を乗換なしで運行する列車も,そして周遊券で乗れる急行列車もいつの間にか消えてしまった.旅そのもののスケールが小さくなっていったのである.同時に旅の形も大きく変化していく.
そして現在,夜行列車は一部の夜行寝台特急として残ってはいるが,それはかつて私が愛したものではない.レールの継ぎ目から伝わる振動と列車の揺れを全身で感じながら次第に眠りに落ちていった,あの時の満足感に似た感触を得ようにも,もうどこにもない.
ただそんな時代の中にいて,貴重な体験をしたということが,大きな自信となって今につながっているといえば,それは間違いないことだろう.
でもまあ旅の形態がいくら変わろうとも,やはり「夜汽車」のあの独特の雰囲気だけは,今また別の世界が開かれていくような,そんな不思議な気分にさせてくれる.正に夜行列車は自分にとってのワンダーランドだったのではないだろうか.
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