アウトサイド ヒーローズ;エピソード15-1
ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ
ここで一旦、舞台は城塞都市、カガミハラ・フォート・サイトへと移る。
レンジたちが晩春のナゴヤ・セントラル・サイトにやって来た頃へと、時は遡る。
山あいの町に、青葉の香りをまとい始めた風が吹く。昼下がりのカガミハラ・フォート・サイト、繁華街の第4地区。まだ人もまばらな時間帯の、さらに人通りの少ない路地の片隅。ランチタイム営業中のミュータント・バー“止まり木”には、ゆったりと空気が流れていた。
ピアニストが夜のショーに向けて、ゆるやかに流れるエチュードを奏でている。外から射しこむ白い光に、カウンターでグラスを磨いていたチドリが目を細めた。
「随分、暑くなってきたわね……」
「ブラインド、下ろしますね」
チドリのつぶやきにこたえて、花のつぼみに似た頭を持つ副店長が動き出す。他の女給たちも一斉に窓際に向かい、全てのブラインドがするすると下ろされた。期せずして発揮されたチームワークを、女主人はニコニコしながら眺めている。
「みんな、ありがとう」
「大丈夫ですよぉ、今日はお客さん、そんなにいなくてヒマでしたから」
「ちょっと、ヨツコさん!」
軽口を叩く4つ目の女給に、副店長が口……ならぬ、つぼみの先を尖らせて非難する。チドリは「まあ、まあ」と副店長をなだめた。
「大丈夫よ、お客さんが少ないのはほんとうだから」
「ママ……」
「ええと、その……ごめんなさい」
4つ目の女給が申し訳なさそうに頭を下げるのを見て、チドリは思わず吹き出した。
「あらあら、ヨッちゃん、そんなに心配してるの?」
「だって、その、お客さんが来ないと、お店が……」
不安そうにぼそぼそと言う女給に、チドリは声をあげて笑う。
「フフフ! 大丈夫よ、いっときの事だから」
テーブル席についていた常連客たちも、チドリに応えて次々と声を上げる。
「そうだ、そうだ!」
「急に暑くなったからなあ、バテてる奴が多いんじゃないか?」
「どうせ、明日にはまた戻って来るさ」
「まあ、オレたちは明日もランチを食べに来るつもりだけどな!」
愉快そうに笑う常連客たち。チドリは誇らしげに胸をはった。
「ね? それじゃあお仕事、頑張って」
「はいっ!」
4つ目の女給も笑顔になって、食べ終わった食器を持って店の奥に引っ込んでいく。持ち場に戻っていく女給たちを見送った後、チドリは客たちに向き直った。
「皆さん、ありがとうございます」
「いいってことよ!」
「元々、ランチタイムはこれぐらい静かっていうか、のんびりしてたんだし」
「むしろ、最近がしょっちゅう何かあって、忙しなかっただけなんだよな」
「ホント、ホント! こういうのも久しぶりで、結構いいもんだって」
そう言って再び、楽しそうに笑う客たち。
確かに、この1年は本当に色々なことがあった。忙しなく過ぎていった一方、こんなに店が繁盛するようになったのも、つい最近のことで。店が変わった、それはこの町が、以前よりもミュータントに優しくなったから……間違いなく、レンジ君たちのお陰なのよね。
そう、お店がなんだか静かなのは、レンジ君やメカヘッドさんたちが出張してるから、ってこともある。みんな大丈夫かしら。ちょっと大きな事件のヘルプに呼ばれた、と聞いたのだけれど……
客たちに頭を下げた後、チドリが物思いにふけっていると、店の奥からきつい声が飛んでくる。
「ちょっと! お客が来ないからってこんなとこでガースカ寝るの、やめてくんない?」
「ちがいますぅ! お仕事の依頼を受けてて、夜遅くまで捜査の計画を練ってたから寝不足なんですう! 助手をしてくれるんだろ、勘弁して、ちょっとは労わってくれよお」
不満タラタラで反論する男の声。チドリが目を向けると、奥のボックス席に腰掛けたスーツ姿の男が、金髪の娘と言い合いをしているのだった。
翼が生えた白いサーベル・タイガーの刺繍を背負ったスカジャンを着た娘は腕を組み、シートに貼りつくようにだらしなく座っている男を睨みつけている。
娘の年のころは十代そこそこといったところだろうか。いかにも不良という服装だが、身だしなみにはどこか、育ちの良さを感じさせるような清潔さがあった。顔立ちだって、にこりとすれば、ずいぶん可愛げがあったに違いない。……今はツノを生やし、炎を吹かんとするような形相ではあったが。
「アルバイト受けて、来てみたらこんなだらしねえオッサンなんだもん、勘弁してほしいのはこっちだよ!」
「俺、まだ26なんだけどな……」
男の文句を聞き流し、スカジャンの娘はため息をついた。
「……それで、その依頼ってのは?」
「えっ」
ぽかんとしている男に、不良娘が睨みを利かせながら迫る。
「その依頼だよ、い・ら・い! それなら、とっとと捜査を始めりゃいいじゃないか!」
「いやあ、シメキリまでまだ時間あるし、今日はちょっとのんびりでいいかな……って」
新人助手は座っていた探偵の襟首を引っつかんで、ぐいぐいと締め上げた。
「サボんじゃねえ!」
「いや、そのね? 物事にはさ、タイミングってもんがあるんだって!」
中腰になった探偵が、苦しそうに両手を振り回す。左手の義手が、店の照明を反射してきらりと光った。
「……ぎぎぎ、待って、ギブ! ギブ!」
「タワケか、このへぼ探偵がよ!」
「あのう……」
ますます両腕に力をこめる助手の背後から、呼びかける声。気が付いた探偵が、助手の手をタップする。
「ちょっと、ユウキ君、お客さんが来てるから!」
「はあ? 言い訳なんかしてる暇があったら、お客を……客?」
慌てて手を離すと、新人助手は後ろを振り向く。
立っていたのは、青い肌をしたミュータントの娘だった。長身の娘は大きな両手を体の前で重ね、恐縮した様子でユウキに話しかける。
「あの! こちらで、キリシマさんという探偵さんが依頼を受けてくれると伺ったのですが……」
「はい! 間違いないですよ。どうぞ、どうぞ……」
シートに尻餅をついてうめき声をあげるキリシマ探偵を気にすることもなく、ユウキは依頼人の娘をボックス席の、探偵の向かい側に案内した。
そして探偵を肩と肘でボックスの奥へと追いやり、自身は依頼人の前にどかりと陣取る。
「それで、ご依頼というのは……?」
「おい、助手君よ、それは俺の台詞……」
口を尖らせるキリシマ探偵を気にせず、ユウキは依頼人に向き合う。
「はい、お願いしたい事というのは、他でもありません」
依頼人の娘も勢いのまま、助手に向かって話し始めた。
「私と、兄の……実の父親を、探してほしいんです」
長く垂れた前髪の間から、決意のこもった両目がキラリと光っていた。
(続)