![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/153274474/rectangle_large_type_2_97a28e249e60a336bc59fc40ccf7c9d4.jpeg?width=1200)
アウトサイド ヒーローズ;エピソード14-19
ティアーズ オブ フェイスレス キラー
レンジが音声コマンドを叫びながらレバーを引き下げると、ベルトからストリングスとギターの旋律が響き渡った。
「OK, Ensemble-Gear, setting up」
腕輪になったナイチンゲールがレンジに応えると、ベルトから白い電光が迸った。
「Shhhh……!」
“マスカレード”は唸り、地を蹴って走り出した。叫び声をあげながら、レンジめがけて拳を振り上げる。
「AAAaaaaah!」
サイバーウェアによって限界を超えて引き出された身体能力により、槍のように鋭く早い一撃が撃ち込まれる。
レンジは白い電光を纏った右腕で、“マスカレード”の拳を払いのけた。電光は飛沫のように弾けて消えさり、白磁色の腕甲が露わになった。
「GAaaaaaaa、AAaaah!」
“マスカレード”は歯をむきだして叫び、矢継ぎ早に拳を撃ち込んだ。打撃をかわし、いなし、打ち落とすたびに、レンジの全身を白磁色の装甲スーツが覆っていく。
ストリングスとエレキ・ギターのアンサンブルは、最高潮に達しつつあった。
「痛みも、感じてないっていうのかよ……“ナナ”!」
「YAAAAaaaaaaaa!」
絶叫。涙を流しながら、男の顔めがけて拳を放つ。レンジは白磁色の両腕に防ぐが、打撃の重さに後ずさった。
追撃しようとする娘。顔を白磁色のヘルメットに覆われたレンジは、腰を落として拳を放つ。カウンターの白い打撃が腹を撃ち抜く前に、“マスカレード”はするりと飛びのいていた。
「Shhhaaah……!」
警戒し、唸り声をあげる“マスカレード”。変身プロセスの進行を告げるアンサンブルは、いつの間にか終わっていた。レンジの全身を覆った白磁色の装甲スーツに、光の帯が走る。
「Finished……”HYBRID form”, starting up!」
“ナイチンゲール”が変身完了を宣言すると、雷電は叫び声をあげて駆け出した。
「うおおお!」
「AAAAAA!」
“マスカレード”も叫び、雷電を迎え撃って走りだす。我を忘れて暴れる娘の拳を雷電が打払い、激しい打撃戦が始まった。
「くそ、早い……!」
こちらの心を読んでいるかのように、かと思うと突拍子もないほど予想外に、意識の外から撃ち込まれてくる、“マスカレード”の拳。戦闘補助AI・“ナイチンゲール”の高精度予測をもってしても、迫る打撃を打ち落とすのが関の山だ。
「やめるんだ、“ナナ”! これ以上……!」
「UUuuuウウウううううウルサイ! 五月蠅い! うるさいiiiiih!」
“マスカレード”の拳が赤黒く染まり始めるが、娘は吼えるような叫び声をあげ、闘いを続けていた。
「何モ……言ウNaああああAAAaaaa!」
「くそ、この……!」
防戦一方の雷電。
部屋の隅に吹き飛ばされていたサイバネ傭兵はよろめきながら起き上がると、床に転がっていた機関拳銃を拾い上げていた。
「フン……」
軽くもてあそんでコンディションを確かめると、雷電の背中越しに“マスカレード”に狙いをつける。引鉄に指をかけようとした時、叫び声が飛んできた。
「やめなさーい!」
続いて突っ込んでくるハンマー。イクシスは狙撃をあきらめて飛びのいた。
「邪魔をするな、マジカルハート」
「邪魔するに決まってるでしょ!」
マジカルハート・マギランタンがハンマーを構え、サイバネ傭兵の前に立ちふさがる。
「雷電も戻って来たし、あなたの思い通りにはさせないんだから!」
「フン……!」
イクシスは機関拳銃を装甲の隙間に収めると、魔法少女に向かって拳を構えた。
「ひいい……!」
激しい打撃の音、壁に穴が開き、テーブルや機材が壊れる音、獣のような“マスカレード”の叫び声。部屋の隅で物陰に隠れていたシドウ常務は、背中を丸めて震えていた。
俺は、会社の“大っぴらにできない仕事”を前任者から引き継いだだけだっていうのに。
「なんで、俺の代でこんな目に遭わなきゃいけないんだ……」
これまで、何の問題もなくやってきた仕事のはずだった。前任者だって何の問題も起こさず仕事をこなし、会社からも表彰されて、役員年金もたっぷり受け取って悠々自適な引退生活をしている。俺だって同じように、この会社の“成功ルート”に乗った、そのはずだったのに!
「GYaaaaaaaaOh!」
「ひっ……!」
血を吐くような“マスカレード”の叫び声が聞こえる。常務は歯を食いしばって、目を閉じた。
これまで何も言ってこなかった保安局がケチをつけてきやがったのが、文句のつきはじめだった。付き合いのあった連中もソワソワしだして、取引から手を引くことを匂わすようになった。このままじゃ、会社が終わる。そうなったら、俺は全ての責任を被ることになるだろう。
……俺だって、やってる仕事のヤバさは理解してるつもりだ。だからなんとかしようと、凄腕の“始末屋”を頼んだ、そのはずだったのに……
役立たずどころではない、とんだ疫病神だった!
「助けてくれ……!」
死にたくない! 捕まりたくない! 何で、俺ばっかりこんな目に……!
役員室に駆け込んでくる、いくつもの足音。常務は顔を上げると、乱入してきた者たちの気配をとらえようと息をひそめた。
「何だこれは……! シドウ常務、ご無事ですか?」
室内の惨状に驚き、叫ぶ警備部員。社内で聞き覚えのあった声に、常務は思わず顔を出しそうになるが、次に飛んできた声に慌てて首を引っ込めた。
「カガミハラの、軍警察の方がお見えになっています!」
軍警察? カガミハラ? どういうことだ……?
「どうしましょうか、巡査曹長殿」
「今は、闘いが落ち着くのを待つしかないかもしれませんね」
激しくぶつかり合う音の向こうで、警備部員たちが話し合う声が聞こえてくる。常務からの返事がなく、侵入者たちが乱闘を繰り広げる室内に立ち入ることも難しいのでそれ以上の安否確認ができず、警備員たちは戸口の前で二の足を踏んでいるのだった。
常務は“軍警察”の言葉におびえていたが、不満そうに低い声を漏らす。
「早く助けてくれよ……」
「常務さんは、この部屋から出た可能性は、ないんですよね……?」
「おそらくないでしょう。本部に確認を取ったところ、昼休憩の後に常務が役員室から出た姿は確認できなかったということでしたから」
やや気取った響きのある声が、警備部員に尋ねている。どうやら、これが軍警察の関係者らしかった。警備部員の声を聞きながら、常務は小声で叫ぶ。
「俺は、俺はここだよ……!」
「“マスカレード”……この部屋で暴れている襲撃犯のターゲットは、その常務さんのはずです。彼女がここにいる以上、常務さんが近くにいるのは間違いないと思うのですがね……」
警察の関係者が返す言葉を聞いて、常務は青くなった。
「くそ、どこまで知ってるんだ……?」
仮に警備部員と軍警察に保護されたとしても、待っているのは身の破滅だろう。
どうする? どうする……!
「彼にはいくつもの容疑がかけられています。この会社の経営を左右するような、重大な事件への関与も疑われておりまして……。皆さんを大変苦しい立場にさせるのは、申し訳ないのですが……」
「そんな事! おかまいなく」
警備部員は軍警察の捜査官が申し訳なさそうに言うと、明るい声で返した。
「我々にとっては、社内の安全を確保することが一番の仕事ですから」
「そう言っていただけると、助かります……」
くそ、こいつに捕まるわけにはいかない! だからってこのまま、闘いに巻き込まれたら殺される……どっちにしたって、身の破滅だ! どうしよう、どうすれば……
頭を抱えてうつむいたシドウ常務は、資料棚の下敷きになっている非常用ハッチに目を止めた。この下は発掘された遺物を保管するための倉庫だったはず。遺物が隙間なく詰め込まれているから、脱出には使うことができない……だが、だが、しかし……!
「そうだ、もう、これしかない……!」
「さて、どうにか雷電とマジカルハートを支援することはできないものか……?」
戦闘が続くイセワン重工、役員室の戸口の前。警備員たちがシールドで作った壁に守られながら、メカヘッドがつぶやく。
「『そうは言っても、あのスピードで走り回ってる連中を何とかするのは難しいですよ。武器っていっても、警備員さんたちの電磁警棒くらいだし……』」
メカヘッドが手にした携帯端末から、マダラの声が返した。
「そうだなあ。拡声器で呼びかけてみようか? 意味があるとは思えないけどなあ……」
お手上げ、とばかりにメカヘッドが実効性のあるとは思えない軽口をこぼしていると、役員室の奥にあった書類棚が、大きな音を立てて倒れた。
「何だ、一体……?」
「ははは……! 俺はもう終わりだ! もう、みんな、みーんなおしまいなんだ! あは! あはは! はっはっはっは……!」
埃が舞い上がる中、小太りの男が狂ったような笑い声をあげている。眼鏡の下の両目は大きく見開かれ、ギラギラと妖しい光を帯びていた。
(続)