アウトサイド ヒーローズ;エピソード15-8
ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ
20年前の事件現場はすぐに見つけることができた。立ち並ぶ廃ビルの中で谷間のようにぽっかりと開けた、草むした空き地。“KEEP OUT”と書かれたテープが周囲に張り巡らされてはいるが、その内側にはところどころに空き瓶だの、壊れた家具だのが転がっている。
ずんずんと歩いていた不良娘が足を止めた。探偵も立ち止まる。2人は並んで、無言のまましばらく空き地を見ていた。キリシマが口を開く。
「火事で焼けた後で取り壊されて、そのままになってるんだな」
「何度か通ったことあったけど、知らなかった。そんな場所だなんて……」
ユウキはつぶやいた後、ハッとして顔を上げる。
「ああ、ここじゃないんだった! イワハダじいちゃんの家は……ほら、あそこ!」
指をさした先、数ブロック向こうには互いに寄り添い合うように傾いだ二つの廃ビルと、その間に挟まれるようにして建つ、外壁の崩れかけた小さな家があった。
「じいちゃーん、おおーい!」
古い木材のドアが砕けるんじゃないかと思うほど殴りつけながら、ユウキが呼びかける。しばらくすると中から何やら低い声が返ってきて、軋みながら扉が開いた。
「はい、はい、ユウキちゃん。待たせてすまないねえ……おや?」
薄暗い室内から顔を出したのは、岩石のように硬質化した灰色の皮膚を持った老爺だった。人が好さそうな穏やかな顔だちの老人は、来客を見て目を丸くしている。
「そちらの方は、いったいどなたかね? ユウキちゃんの知り合いかね……?」
「あっ、イワハダじいちゃん、最近“止まり木”に来てなかったんだった。ええと、この人は……」
「イワハダさん、急に失礼してすみません。私、最近“止まり木”の片隅をお借りしてよろず相談事を承っております、探偵のキリシマと申しまして……」
「はあ……?」
気取って自己紹介を始めたキリシマを、ぽかんと見ているイワハダ老。ユウキは呆れながらも二人の間に入った。
「まあ、変な奴だけど悪い奴じゃないよ。約束する」
「ちょっと助手君、その言い方は……まあ、そんな訳なんです。今日は助手……ユウキさんの伝手を頼って、イワハダさんにお尋ねしたいことがあって参りました。……なので、警戒を解いていただけるとありがたいのですが」
「えっ、どういうこと?」
ユウキがキリシマとイワハダの顔を交互に見やっている。岩肌の老人は「ほっほっほ……」と穏やかに笑いながら、玄関横の棚に置かれていた右手をそっ……と離した。
棚の上に置かれていたのは……電磁ドス・ブレード! それも、ハーヴェスト・インダストリ製の新型モデルだ!
「わあ! じいちゃん、よくそんなもの持ってたね……」
「いいじゃろ、これ。……といってもこの町じゃホンモノは持てないから、ガワだけじゃけどね。タケミツよ、タケミツ」
そう言って手にしたカタナを僅かに鞘から引き出すと刃もついていない、真っ黒いカーボン製の刀身が覗いた。新しいおもちゃを自慢するような気安さで笑いながら、イワハダ老が電磁ドス……の模造刀を棚の中にしまい込む。探偵はふう、と息を吐き出した。
「いやあ、肝が冷えましたよ」
「ほほ、若い頃とったキネヅカというやつですか。まあ、今はひ弱なじじいですからの。こけおどしではありますが、せめて道具だけでも置いておかないと」
「ははは、よく言う……」
キリシマは苦笑いした。模造刀を手にした老人から放たれていた気迫はすさまじいもので、まるで真剣を喉元に突きつけられているような寒気すら感じていたからだった。額ににじむ冷や汗をぬぐうと、探偵は「ええと」と話題を仕切り直す。
「今回お邪魔しましたのは、20年前に起きた事件のことでお話を聞かせていただきたいと思ったからです」
「20年前……」
「あの、ほら、向こうの空き地に立っていたビルで起こった……」
はじめは首をひねっていたイワハダ老だったが、探偵の説明を聞いて手をポン、と打った。
「ああ、あの、ビルが焼けた……。あの時は大変でした」
「実は、遺族の方から依頼を受けておりまして……」
探偵の説明を聞き、老人は「ふうむ……」と顎に手を当てて唸る。
「すみませんなあ、私もそこまで詳しいわけじゃあない。お母さんの名前は確か、ツキノさん、といったかな……。第9から来たと話していたと思うが、元の家がどんなところだとか、そんな話は何も……」
探偵はメモ帳に走らせていたペンをとめ、顔を上げて老人を見た。
「第9……って、第9地区のことですか? 工場地帯の?」
「ええ、大層美人で上品な方でしたからねえ。ちょっと意外だな、と思って憶えておったのです。ただ、思い出せるのはそれくらいですねえ。申し訳ないが……」
「いえ、いえ、ありがとうございます。助かりました」
その後、アオの母親……ツキノの風貌について色々と尋ねた後、メモ帳を閉じた探偵はイワハダ老に深々と頭を下げた。
「いや、いや! 孫の大事なお友達からの頼みですからな。それに、親を亡くしたミュータントの娘さんの依頼とあっては、他人事とは思えませぬので」
「ご老人……」
しみじみと語る老爺。岩肌のような額には、風雨に浸食されたかのように深い皺が刻まれていた。
「まさか、セツさんのご両親は……」
「ええ、あの子らは。もう5年になりますか……」
探偵は居住まいを正し、相手を気遣いながら神妙そうに声をかける。老爺は言葉を区切り、深くため息をついた。
「西の方に出稼ぎに行ったきりでしてな。時々仕送りは来るので、元気だとは思いますが」
探偵は額に手を当てて、イワハダ老の話を聞いていた。
「……どうしましたかな?」
「……いえ、なんでもないです。ともかく、ありがとうございました……」
思わず「生きてるんじゃないですか!」と叫びたくなるのを我慢して、キリシマはもう一度、老人に頭を下げた。
薄暗い資料室の奥、小柄な男が胡坐をかき、資料ファイルをいくつも開いて、床に広げながら調べものをしている。ひざの上に乗せていたファイルを放り出すと、老記者は「よっこいしょ」と一人で掛け声をかけて立ち上がった。
腰に手を当て、ぐるりと上体を回す。「ふう……」と自然に息が漏れた。
「さて、どうしたものかな……」
どうするも、こうするもない。
腰に当てた手の指先が、固いものに触れる。ポケットに入れていた携帯端末だった。老記者は携帯端末を取り出すと、かつてのライバルに向けて通話回線を開いた。
「もしもし、サワイです」
「『サワイさん! お久しぶりです』」
サワイ記者を探偵たちに紹介した中堅新聞社の役員……かつてライバルだった記者の一人……は通話回線を開くなり、明るい声で返してくる。
「『すいません、探偵を名乗る二人組にサワイさんの事を勝手に話しちゃって。そっちにもいきなり行っているでしょうから、驚かせてしまったでしょう、申し訳ない』」
「いや、それは大丈夫ですよ。私も昔の事を思い出すことができて、よかったですから。ところで、あなたに聞きたいことがありましてね……」
「『なんです?』」
「“フリークスサイダー事件”の時を思い出していましてね。あなたからも沢山ネタをいただいたが……」
「『ああ、ウチの編集部じゃ、結局使わずじまいでしたからねえ』」
通話口から、苦笑いするような声が返ってくる。サワイ記者はテーブルの上に置いていた、“カガミハラ・コミュニティ・プレス”の記事を手に取った。
「ええ、お陰であの時、ウチはいい記事を書くことができました。彼らが、記事のコピーを持ってきてくれたんですがね、改めて読み返すと、ホントにいい記事だった」
「『なんですか、自慢ですか?』」
茶化すような、やっかむような声。老記者は「いやいや」と言って、相手の言葉を打ち消す。
「そうじゃなくてね、改めて読み返してみると……これは、私一人で書けたシロモノじゃなかったな、と思いましてね。君のところみたいな、もっと大きな会社だったら色々やりようがあったろうが、あの頃のウチは大層貧乏所帯だったから」
通話口の向こうの相手は、すっかり黙っている。サワイ記者は言葉を続けた。
「それで……思うに、君も記事を書こうとしていたんじゃないか? 私みたいに、殺された母親や、残された子どもたちの事について……」
「『まず断っておきたいんだが』」
サワイ記者の言葉を遮り、ライバル記者の断固とした口調が通話口から飛んできた。
「『俺は、君と全く同じネタを追いかけていたわけじゃない。正直言って、被害者たちにそこまで興味があるわけじゃなかったしな。第一、自分が大事にしてるネタを、わざわざライバルに譲ってやろうなんて思うか?』」
「そりゃ、まあ、そうだけど……」
棘のある返答にサワイはたじろぐが、納得いかないことがあるのも確かだった。
「じゃあ、なんであそこまで協力してくれたんだ、君は?」
「それは……」
沈黙。サワイも黙って、相手の出方を窺っていた。受話器にくっつけていた耳たぶにじわり、と汗が滲みはじめた時、相手の「ふう……」という小さなため息が聞こえた。
「もう、いいだろ。時効だ、時効!」
「えっ、どういうことだ?」
相手の豹変ぶりに、サワイ記者は面食らっていた。かつてライバルだった記者は開き直ったように、荒くれた調子で暴露話を続ける。
「圧力を受けたんだよ、ウチは。“あの事件の被害者について、あまり突っ込んでくれるな”、ってな」
(続)
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