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アウトサイド ヒーローズ;エピソード15-6
ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ
通された会議室は資料室も兼ねているようで、部屋の隅には無造作に積まれた段ボールの山と、書類ファイルが乱雑に突っ込まれた柱型の書棚がいくつか並んで立っている。
「“フリークスサイダー事件”で、生き残った娘さんからの依頼だとお聞きしましたが」
探偵と助手が自らの正面に腰掛けるなり、老記者はずばりと切り出した。
「よろしければお聞かせいただきたいのですが……彼女は今、どうしてますか?」
見開いた両目が、強い光を帯びながら来訪者たちを見据えている。
「えっと……」
ユウキが、キリシマをチラチラと見ている。
当然だろう。昨日、感情のままに口を滑らせたばかりなのだ。……とはいえ、目の前の老人からただならぬ気迫を感じるのも確かだった。探偵は深呼吸して、言葉を選びながら話し始めた。
「彼女たちは、立派に育っていますよ。二人を引き取った保安官や、ナカツガワの人々との中も良いようです」
「そうですか……」
探偵の言葉に、老記者は胸をなでおろした。強ばっていた両肩から力が抜けるのを、キリシマははっきりと見て取った。
「随分、心配してらしたんですね」
「ええ、ええ。私は、ただ彼女たちを取材することしかできませんでしたからね。こうして、その後の話が聞けるのは、ありがたいことです」
キリシマは持ってきたブリーフケースをテーブルの上に置いた。蓋を開き、取り出したのは数日前に軍警察本庁のデータベースから手に入れていた、20年前の記事のコピーだった。
「この取材の後、ナカツガワにいらした事は?」
テーブルを這わせるようにコピーを差し出しながら、探偵が尋ねる。老記者は自らが書いた記事を手元に引き寄せると、懐かしそうに目を細めた。
「そう、これです。懐かしいな……これを書いたすぐ後、カガミハラ?・コミュニティ・プレスは潰れてしまいましてね。なんとかこの会社に拾ってもらいましたが……」
「以前のように、自由に取材はできなくなってしまった?」
キリシマの言葉を受けて、サワイ記者は首を縦に振る。
「その通りです。上に色々頼んでみたんですけどね、上手くいかず……お陰ですっかり腑抜けてしまい、窓際族もいいところですがね。ははは……」
そう言って一人、声を上げて笑う。笑うに笑えぬ冗句に来訪者たちが固まっているのを見て、老記者は真顔に戻った。
「ええと、失礼しました。本題に戻りましょう……この記事は、頂いても?」
「ええ、構いませんよ」
サワイ記者は「ありがとう」と礼を言った。記事のコピーに手を置いたまま、「こほん」と咳払いを一つ。
「申し訳ない。はじめにことわっておきたいのですが、私は被害者の女性……お二人の依頼を出した娘さんのお母さんには、直接お会いしたわけではありません。なので、率直に申し上げると、あまり役に立てないかもしれない……」
俯きながらこぼれる言葉は言い逃れ……というよりも、申し訳なさがにじんでいるようだった。
「大丈夫です」
老記者は顔を上げる。真っ直ぐな目を、探偵は受け止めながら話を続けた。
「資料を集めて推理し、つなぎ合わせる。そうすれば答えといかなくても、次の展望が見えてくるかもしれない……」
「なるほど、探偵さんも、われわれ記者もその点では変わりませんな、ははは……」
サワイは目を細めて笑う。
「いいでしょう。多少お聞き苦しいと思いますが、当時の事を思い出しながら、とりとめもなく話してみましょう」
サワイ記者が事件の取材を始めたのは、軍警察による衝撃的な第一報が、カガミハラの町を駆け抜けた後だった。サワイの関心ははじめから、センセーショナルな主張を繰り返す連続殺人犯にはなかった。
「うちは弱小もいいところのコミュニティ誌でしたから。世間を揺るがす大きな事件を追いかけたところで、他者を出し抜けるようなネタを掴めるとは思えませんでした。そこで気になったのが、被害者のこと、残された子どもたちのことでした。……そんなもんですよ、きっかけは。別にかわいそうだからとか、社会的正義とか、そういった気持ちを持っていたわけじゃない」
被害者家族を取り巻く社会的な問題の“におい”を嗅ぎ取ったサワイ記者だったが、その根深さを実感したのは現地に入ってからだった。
「いわゆる“ミュータント”の存在は知っていましたが、実際の暮らしぶりを見るのは初めてでした。ご存じかもしれませんが、事件現場になった第7地区は、再開発されないまま取り残されている、町の中の遺跡みたいなところです。丁度年が明ける頃でね、除雪オートマトンの巡回も少ないもんだから、恐ろしく雪が積もる。もちろん電気なんか通っちゃいない。そんな中であの親子は、小さな発電機とミール・ジェネレータだけを頼りに暮らしていた……。彼女は、いわゆる“良家の専業主婦”だったのでしょう。しかし、凄まじい意志の力だと感心したものです」
まずは母親の身元を探ろうと考えた記者だったが、方々に足を運んだものの、結局何も分からないままだった。夫から放逐された彼女は断固たる意志で義父母、実父母との一切の関わりを断ち切っていたのだった。……友人、知人にも自らの境遇を明かさなかった。人間関係の糸を手繰り、親戚縁者に自分たちの所在を知られるのを恐れたのだろう。彼女たち親子は完全に孤立していた。
「そういうわけで、母親はもちろん、父親のことも、何も分からなかったのです……」
俯きながら話を終え、老記者は申し訳なさそうに顔を上げた。
「すみません、ここまでお付き合いいただいて、お役に立てそうになくて」
「いえ、そんな! ……ありがとうございます、お話を聞かせていただいて」
メモを取っていた手をとめて、探偵が慌てて礼を言う。サワイが立ち上がろうとした時、黙って話を聞いていたユウキが口を開いた。
「あの!」
「ん? ……どうか、しましたかね?」
大きな両目が、金髪の不良娘に向けられる。助手は探偵を横目で見て、制止する素振りがないことを確かめてから、老記者に向き直った。
「サワイさんは、どうしてそこであきらめなかったんですか? ……その、残された子どもたちのことを、記事に書こうとしたのは……」
「それは、なんとか記事のネタを探そうと……いや」
老記者はパイプ椅子に座り直すと、背筋を伸ばしてユウキを見た。
「まずは自分が、ミュータントのことを知りたいと、思ったからです。ほんとのこと言えばね、その時には記事にできるかどうかなんて問題じゃなかったんだ」
「ミュータントは社会の邪魔者」だと公然と言い放ち、何人ものミュータントを虐殺した“フリークスサイダー(変異浄化主義者)”。そして第7地区で過酷な生活を強いられているミュータントたち……
当時のサワイは一つの殺人事件が終わったことで解決しきらない事態の根深さを感じるとともに、ミュータントの兄妹が生き残ったことにこそ、何らかの希望の種が見いだせるものと信じていた。
「亡くなった母親は、自らはミュータントではなかったにも関わらず、身を挺して我が子を守った。そして犯人を逮捕し、子どもたちを助けたのは同じくミュータントではない軍警察の巡査と、後にナカツガワで保安官になるミュータントの男性。……悲劇ではあった、けれども彼らは、大きな事を成し遂げた。もし、彼らの物語を少しでも多くの人に知ってもらえるならば、それがこの町を、ミュータントとそうでない人の間にある問題を少しでも変えていける、手がかりになるんじゃないかと……」
これまで、まるで樹の“うろ”かと思うように影が差していたサワイ記者の大きな両目は今や、磨かれた鏡のように活気ある光を放っていた。
「そうです。そのために私は、この記事を書いたんだ」
(続)