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アウトサイド ヒーローズ;エピソード15-5

ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ

 翌日。探偵と助手――あるいは、派手なスーツのチンピラとスカジャンの不良娘――は、連れ立ってオフィス街を歩き回っていた。

「昨日調べた通り、20年前の事件について記事を出した新聞社や出版社は、残り4つだ」

 ビルとビルの谷間、無骨なベンチとわずかな緑に彩られた休憩スペースで立ち止まると、探偵がメモ帳を見ながら言う。助手は仁王立ちになり、腕を組んで話を聞いていた。

「けど、昨日みたいに会社が潰れてる可能性は?」

「そりゃあ、あるさ。大いにある」

 探偵はメモ帳を閉じてポケットに納めると、さも当然という調子で返した。

「なんせ、20年前の話だからね。担当した記者がもういない、ってことだってあるだろう。……でも、今持っている手がかりはこれしかない」

 不安そう、というよりも呆れた顔でぽかんと口をあけているユウキを見て、キリシマは肩をすくめた。

「まあ、これだけあれば何か、次につながるヒントは見つかるもんさ。そう思わなきゃ、やってられない」

「おい……!」

「探偵ってのは足を使うもんさ。これでも数は少ない方だ。行くぞ」

 いよいよ噛みついて文句を言おうとするユウキの声を聞き流し、キリシマはさっさと歩き始めた。


 一等地にオフィスを構える、最大手の新聞社……「担当した記者は既に退職しておりまして……記事データとして残っている以上の事柄は、よくわかりません」

 総合週刊誌を刊行している出版社……「アポイントメントの有無を問わず、当社へのいかなる取材行為もお受けすることはできません」

 コミュニティ誌を刊行している、小規模出版社……扉に“取材中”の札が掛けられ、事務所は無人。

 中堅クラスの新聞社……「当時、担当した記者にお繋ぎしましょう。少々お待ちください……」

 アポなしで二人連れが通されたのは、事務所の隅に設けられた小さな応接スペースだった。パイプイスに腰かけてしばらくすると、パーテーションの向こうから眼鏡をかけた男が顔を出した。

「どうも、すみません。お待たせしまして……」

 六十代半ば、といったところか。腰が低いようで、どこか鷹揚な雰囲気のある男は探偵の前に座るとメイシ・カードを差し出した。

「これは、これはご丁寧に、ドーモ……」

 キリシマはぺこりと頭を下げ、メイシ・カードに目を走らせる。20年前当時はただの記者だったろうが、今となっては役員の一人だ。
 探偵も胸ポケットからメイシ・カードを取り出し、役員の男に手渡した。

「わたくし、こういう者です。こちらは、助手」

「ふむ、探偵さんですか……」

 男は“探偵 ジョウジ・キリシマ”とだけ書かれたメイシに目を通し、胸ポケットに収めた。

「それで、私が記事を書いた、20年前の事件について調べてらっしゃるとか。確か、“フリークスサイダー事件”でしたっけ……?」

「ええ。犯人が逮捕されるきっかけになった、最後の事件……そこで殺された母親と、残された子どもたちの事について調べていまして……」

「なんですと」

 静かに話を聞いていた役員の両目が、刃のように鋭く光った。それは現役の記者だった頃の、事件を追う者の眼差しだったろうか。

「えっ……?」

「……ああ、いや。それについては、申し訳ない、詳しく調べていなくてね」

 役員の鬼気迫る面構えも一瞬の事だった。視線にたじろぎ、探偵が声をかけようとした時には、元記者は穏やかな容貌に戻っていた。

「他を当たった方がよろしいかと。私が答えられることは……」

「待ってください」

 席を立とうとした役員を呼び止めたのは、金髪の不良娘だった。真っ直ぐな視線が、役員を射抜いている。

「お願いします。ほんの少しでも、思い出せることがあれば……!」

「君、なぜそんなに……」

「殺されたお母さんの、子ども……アオさんが、父親を探しているんです」

「おい!」

 探偵が制止しようとするが、助手はとまらなかった。

「母親のことを調べることで、父親のことを知る手がかりになるかもしれないって、思って。だから……」

 ユウキはキリシマを押しのけると、役員の顔を見据えたまま話し続ける。探偵は頭を抱え……元記者は助手の話を聞いた後、小さく手を上げて発言を止めさせた。

「依頼人のプライバシーをみだりに話すのは、探偵としてはよろしくないでしょう」

「あっ! えっと、その……」

 助手はハッとして、思わずキリシマを見やる。探偵は青い顔だったがどうにか取り繕って、貼り付けたような笑顔を浮かべていた。

「ははは、すみません……」

「やれやれ……ですが、いいでしょう」

 役員の男はため息をついた後、目を細めて微笑んだ。

「少々、お待ちください……」

 パーテーションの向こうに去っていく。通話端末を使って話す、こもった声がしばらく続いた後、役員が戻ってきた。

「私よりも、よっぽど詳しい人間を紹介しましょう。カガミハラ・コミュニティ・プレスはご存じですか?」

「ええ、まあ……ですが、あそこは……」

 探偵がうなずき、もごもごと返していると、助手が口を挟む。

「もう潰れてるんじゃないですか?」

「ははは……」

 遠慮のない言いっぷりに、役員の男は笑う。

「確かに、新聞社は倒産して久しいが……例の事件の、記事を書いた男とは顔なじみでね。話を通しておいたよ」

「ありがとうございます……!」

「いいから、いいから」

 キリシマが深く頭を下げ、ユウキも慌てて頭を下げた。元記者は、2人に顔をあげるように促す。

「助手さんの熱意に負けた、ってことで、ね。まあ、俺としても、望むところでもあるし……」

「はあ、それってどういう……?」

 遠くを見るような目でつぶやく役員に探偵が質問しようとした時には、助手は既に立ち上がっていた。

「ありがとうございました! それで、事件を取材した記者さんっていうのは、どこに……?」

「そうだね、ちょっと待っていなさい……」

 役員の男は卓上の紙片にすらすらとペンを走らせると、探偵に手渡す。

「ほら、ここだ」

「これって……!」

 取材メモを思わせるような、勢いのある字体で書かれていたのは……真っ先に出向き、あっさりとインタビューを断わられた、カガミハラ最大手の新聞社だった。


 一日置いて再び出向くと、城塞都市最大手の新聞社“カガミハラ・ヘラルド”の門戸はあっさりと開いた。昨日は極めて事務的な笑顔を見せていた受付の女性社員が、ばつが悪そうな笑いを浮かべている。

「申し訳ありません、弊社に事情を知る社員が在籍しているとは知らず……」

「いえいえ! その人の、前の職場の事だったそうですし、お気になさらず」

「ありがとうございます。では、こちらへ……」

 女性社員は礼を言うと、2人を先導して社内に入っていった。ユウキは物珍しそうにオフィスを見回しながら後を追う。キリシマも女性社員の後に続きながら、背中に向かって声をかけた。

「……ところでその人、どんな人なんですか?」

「申し訳ないです。私も、よく知らなくて……」

「あまり目立つ人ではない、と」

 新聞社の奥へ進むにつれ、行き来する社員の姿も少なくなっていった。周りに人の目が亡くなったからか、女性社員も少し気安い雰囲気になった、ような気がする。

「インパクトはある人だとおもうんですけど、あまり表に出てこないといいますか、なんか暗くて怖いっていうか……ああ、いえ、申し訳ありません! ……この部屋です」

 案内されたのは、数人規模のミーティングをするために作られたと思われる、小さな会議室。
 光量が落とされた照明に照らされ、部屋の中央に置かれたテーブルか浮かび上がる。テーブル席には既に一人、静かに待つ男の姿があった。真っ白な短髪が、灯りに照らされて輝いている。

「失礼します……」

 キリシマは戸口から、恐る恐る声をかける。
 パイプ椅子に腰かけて口を固く結び、目を閉じていた細身の男は、樹の”うろ”のように暗く、どんぐりのように大きな目を見開いて来訪者を見やった。ユウキは「ひゃっ」と小さく悲鳴をあげて、探偵の後ろに隠れた。

「紹介いただいた、探偵のキリシマです。サワイさん、ですか?」

 ほの暗くも強い眼力を持つ老記者は、呼びかけを受けると大きな両目を細め、にこりとほほ笑んだ。

「ええ、いかにも。私がサワイです。まさか、20年も昔のことを聞きに来る方がいたとはねえ」

「すみません、昔の事を尋ねられて、驚かれたとは思いますが……」

 探偵が謝るのを聞き、老記者はイスを立った。細い手を差し出し、サワイは来訪者たちを室内に招く。

「いえ、いえ! こうして訪ねてくれたことを、うれしく思います。立ち話もなんですからどうぞ、中へ……」

(続)

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