アウトサイド ヒーローズ;エピソード15-2
ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ
「私と兄は、どちらもミュータントです。実の父は、私が生まれたすぐ後、母と私たちきょうだいを捨てた……そう、聞いています」
依頼人……“アオ”と名乗ったミュータントの娘は、淡々と話し始める。
「その後、母も亡くなりました。私と兄はナカツガワの……保安官に引き取られて育てられました」
「ああ、あなたが、あの!」
キリシマ探偵は思わず膝を叩いて声を上げ……きょとんとしている娘の顔を見て、「こほん!」とわざとらしく咳払いした。
「えっと、私の事で、何か……?」
「いえ、タチバナ保安官のことは存じ上げておりましたので。失礼しました、続きを……」
「はい。といっても、お話できるのはそれくらいで……実の父親のことは、全く覚えていなくて……」
話を聞いていたユウキがずい、と顔を近づける。
「それじゃあ、お母さんのことは?」
「ごめんなさい、母親のこともよく覚えていなくて。母が亡くなったのは、父に捨てられたすぐ後だと聞いていますから……」
「あの、こちらこそ、ごめんなさい……!」
「大丈夫ですよ、お気になさらず。私自身も、実の両親のことは全く実感が持てないので」
返す言葉が見つからず、顔を赤くしながら謝るユウキ。アオは穏やかに微笑んでいる。キリシマ探偵は助手から主導権を取り返し、勿体つけるような口ぶりで尋ねた。
「それでは、お聞きしたいのですが……どうして今回、このような依頼をしようと思ったのです? その……お父様にお会いして、何かお話したいことがおありだとか……」
「いえいえ、そんなことは!」
アオは自らの顔が隠れそうなほど大きな両手をパタパタと振った。
「ただ……そうですね、ただ、生きているのか、どんな人だったのか、今何をしているのか……そんなことが知れたらいいと思って。それだけなんです。私はさっき話した通り保安官に引き取られて、ナカツガワの人たちにもよくしてもらってここまで、そこまで大きな問題もなく、育つことができましたから……」
依頼人の娘はテーブルにのせた自らの大きな両手を見ながらゆっくりと、言葉を探すように話す。
「これまで、特に気にすることもなかったんですけど……この一年くらい、ですけど、色々な人を見るようになって、前よりもちょっとだけ、色々なものを見る余裕ができたというか……」
「それで、実の父親について知りたくなった、と」
「はい。よろしくお願いします」
探偵と助手に向かって、アオは深々と頭を下げた。
乾いたドアベルの音を背中で聴きながら、キリシマとユウキは“止まり木”の外に出た。
助手は昼下がりの陽射しと湿気をはらんだ風に目を細めながら、背中を丸めて突っ立っている探偵を見やる。
「それで、どうするんだよ、これから」
「どうするって……」
「捜査だよ、そ・う・さ!」
すっとぼけた調子のキリシマの耳元でユウキが吼える。探偵は思わず飛びのいて、目を白黒させていた。
「わっ、びっくりした! 捜査、捜査ねえ……」
「ほら、さぼってグダグダしてないで、早く動きださなきゃ!」
「グダグダ、ねえ……ふーむ」
探偵は背筋を伸ばすと、不満そうな顔の助手を見下ろした。
「それじゃあ、助手君だったら、まず何から始めるんだい?」
「えっ? ……まずはやっぱり、アオさんのお兄さんや保安官に話を聞いてみる、とか?」
ユウキの答えを聞いて、キリシマは「ふっ」と小さく笑う。
「なんだよ、文句あるのかよ!」
「いや、シロウトだなあと思って……」
「当たり前だろうが、このへぼ探偵がよ!」
助手は牙を剥きだすように吼えて、探偵の首を締め上げた。
「ぐええ、参った! ギブ、ギブ……!」
もがくキリシマを放り捨てると、ユウキは「ふん!」と鼻を鳴らす。
「それじゃあ、どうやって捜査するのか教えてもらおうじゃねえか、センセイ!」
「今回の件は……浮気捜査じゃないけど、デリケートな問題だ……はあ」
探偵は呼吸を整えながら立ち上がると、スラックスをはたいて砂埃を落とす。
「だから血縁者にいきなり突撃するんじゃなくて、外堀を埋めていきたい」
「そとぼり」
ぽかんとして話を聞いている助手を後目に、探偵はさっさと歩きだしていた。
「それと、どんな捜査も、まずははっきりした証拠や手がかりを探すことだ」
「あっ、ちょっと待てよ!」
助手も探偵を追いかける。二人はアスファルトに短い影を落としながら、若葉の茂る並木道を歩き出した。
探偵と助手は“カガミハラ・フォート・サイト”を貫くように続くメインストリートを歩いていった。
歓楽街の第4地区を出て、新・旧商業区の第2、第3地区へ。そして官公庁やオフィスビルが立ち並ぶ第1地区に足を踏み入れた時には、堅気らしからぬ派手なシャツとしゃれたスーツを着た男と、威圧的なスカジャンとダメージジーンズを纏った娘はひどく場違いな存在となっていた。
「……なあ、どこまで行くんだよ」
「どこって、そりゃあ……」
探偵は勿体ぶつけるように語尾を伸ばしながら歩き、大きな建物の前で立ち止まる。
「ここだよ」
「これって……」
見上げたユウキの顔に、憂鬱そうな雲がかかる。目の前にはビル街に一際大きくそびえ立つ、白い建物。それは“セントラル防衛軍”が行政も担う城塞都市“カガミハラ”において実質的な政庁も兼ねている、防衛軍警察の庁舎だった。
「事件を調べるなら、まずはここだろう。……なんだい、その浮かない顔は?」
得意そうに話すキリシマ探偵は、軍警察本庁を見て固まっているユウキを見やった。
「もしかして、何かしょっ引かれるような事をしたとか……?」
「そんなわけねえだろ!」
「後ろめたいことがないんだったら、堂々と構えてた方が職質受けないもんだぜ。別に悪いことしてるわけじゃないんだから、気にせず行ったらいいんだよ!」
キリシマは先輩風を吹かして「ガハハ!」と笑いながら、ユウキを連れ立って庁舎に踏み込んだ。
「こんちゃーっす」
「げっ! ……あっ!」
入口を守っていた捜査官は探偵に気づくなり眉をひそめるが、続いてやって来たユウキの顔を見ると背筋ごとアイロンをかけたように直立する。切れ味鋭い動きで敬礼すると、捜査官は嬉しそうに微笑んだ。
「お嬢さん、よくお越しで!」
ユウキは顔を真っ赤にして、いかにもベテランという風貌の捜査官を庁舎の隅に引っ張っていく。
「おじさん! ちょっと、やめてよ! 今は仕事中なんだから!」
ひそひそ声で怒鳴るユウキに、捜査官も思わずひそひそ声で返す。
「えっ、仕事! ……アイツと?」
「私が選んだ仕事に、文句あるの!」
「いや、そういうわけじゃ……」
父と娘ほどにも年齢の離れた相手に睨まれて、捜査官はたじろいだ。ユウキは相手が抗議を諦めたと見るや、明るい笑顔を見せる。
「大丈夫、変なコトされそうになったらすぐに助けを呼ぶし、そんなコトさせないから! それより、みんなにも気にしないように言っといてほしいの。……あとそれと、パパには言わないでよ!」
「やれやれ、お嬢さんはこうなるととめられないからなあ。わかりましたよ。……でも、くれぐれも気をつけて」
「はーい! ありがとう、おじさん! ……じゃあね!」
ユウキはひそひそ話で打ちあわせを終えると、入り口前で固まっていたキリシマの前に駆け戻った。
「ごめん、ちょっと用事があったから。じゃあ、行こう!」
「お、おう。……助手君よ、君は一体……?」
「いいから、さっさと捜査をはじめるよ、ほら!」
「うわっ! ちょっと待って、入館手続きしなきゃ……」
戸惑う探偵の背中をぐいぐいと押しながら、ユウキは庁舎の建物の中に入っていく。
守衛の捜査官は二人の後ろ姿が小さくなっていくのを見送ると、無線機の通話回線を開いた。
「全職員に通達。要注意人物リスト、第58号が入館しました。各員、機密情報の漏洩等が無いよう、一層の注意を願います。……また、“お嬢様”も入館を確認しました。こちらはコードネーム“パパにはナイショ”を発動。各員、細心の注意を払って行動してください。繰り返します。本日のコードネームは“パパにはナイショ”……」
(続)