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アウトサイド ヒーローズ;エピソード15-9
ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ
「圧力……」
圧力。
零細コミュニティ紙、その後には大手とはいえ、全くの閑職でこれまでのキャリアを積み上げてきたサワイ記者には、なんとも現実味のない言葉だった。
「まさか、そんな」
「君のところみたいな弱小企業なら心配はないだろうけど、ウチみたいにそこそこ大きくなって、色々な企業とも付き合いがあるような新聞社だと、そういうこともあるのさ。まあ、君にはわからないだろうけどねえ」
「こいつめ……!」
他所の記者から提供されたにしては妙に詳しい情報、それでいて自らの事情は口ごもる、不透明な態度……当時の様子を思い返してみれば、相手の境遇にも納得できなくはない。いやみたらしい物言いに腹は立つが。
ともあれ、圧力がかかっていたのが事実だとすれば、気になるのはその目的だろう。
「それじゃあ、何だい、被害者の親子はどこぞの会社のVIPか何かだったって訳かい?」
「『いや、どうだろうな……少なくとも、相手の会社の社長とか、そういう連中の家族や関係者じゃないみたいなんだが』」
「ちょっと待てよ、さらっと言ってくれるなあ!」
サワイは思わず声を張り上げた。
「圧力をかけてきたって相手のこと、随分具体的に調べてるんじゃないか?」
「『そりゃ、そうさ。俺達だってやられっぱなしは癪に障る。君のところに突っ込んでもらって、相手にプレッシャーをかけられたらラッキーかな、くらいの気持ちだったさ』」
受話器の向こうから、ヘラヘラとした声が返ってくる。
「おいおい、俺達を鉄砲玉か、体のいいスケープゴートにするつもりだったのかよ!」
「『でも、そうはならなかったろ!』」
ライバルだった記者は笑い半分、怒り半分といった怒鳴り声で返す。
「『俺が思ってたような記事に、全然ならなかったんだもん! まあ、いい記事だったと思うけどよ……』」
褒められているのだか、呆れられているのだか……どうあれ、相手の“意図”に乗らなかったことは、内心嬉しいものではあった。これまで自分の数歩先を行っていたと思っていた相手を、結果的にとはいえど、やりこめていたのだ。老記者は「ふふ……」と笑う。
「仕方ないさ。こっちは君の考えなんて、知ったこっちゃないんだもの。しかし、20年経って、そこに突っ込んでいくことになるとはなあ」
「『まさか、例の家族のために人肌脱ごうってつもりか?』」
「いやあ、俺だって、そこまでお人よしなつもりじゃないさ。ただ……あの時からとまっていた俺自身がもう一度動き出すためには、やり残した宿題から手を付けるのが、一番いいと思っただけだ。……それで、自分が関わった相手の役にも立つなら、なおさらだろう?」
ライバル記者だった男も、すっかり毒気を抜かれて「ははは……!」と笑う。
「『君は相変わらずだな』」
「相変わらずってのは、どういう意味だよ……?」
ムスッとして返すサワイ。元記者の男は相変わらず笑っていた。
「『悔しいが、君にはかなわんってことさ』」
「はあ?」
サワイの抗議も聞き流して、ライバル記者は説明を続ける。
「『……そんなことより、本筋に戻ろう。ウチを含め、数社に圧力をかけてきた会社ってのは……』」
翌日のランチタイム、探偵が根城にしているミュータント・バー“止まり木”。キリシマ探偵はホールの隅のボックス席にだらしなく腰かけていた。
テーブルの上には、愛用の手帳が開かれたまま投げ出されている。“第9地区”と書きつけただけで、残りはまっさらなままのページを見つめながら、探偵は「はーあ……」とため息をついた。
「手がかりはこれだけかねえ。成果があるんだか、ないんだか……」
「でも、ゼロじゃないじゃん。今度もまた、第9地区に行って聞き込みすれば……」
「そうは言うがねえ、第9地区はバカでかい工場がいくつもあちこちにドンドンドーンと立ち並んでるんだよ? オマケに大抵は、いきなり行っても門前払いを食らうだけだ。いくら足を使うっていっても限度ってもんが……」
向かい合って座っていた金髪の娘は探偵のボヤきを聞き流しながら、ずずず……とストローを吸う。コップの中の氷がカラリ、と音を立てた。
「あっ、もうないや。探偵さん、お代わりしていい?」
「ちょっと、ユウキさん勘弁してくださいよ」
「なんだよ、調査ミーティングするって言われたから来たのに、一時間くらいウンウン唸ってこれなんだもん。付き合わされる身にもなれって言ってんだよ、このヘボ探偵がよ!」
金髪の不良娘……にして探偵の助手兼お目付け役が睨みながら怒鳴る。ホール内の女給から、呆れ果てたような視線が飛んでくるように感じて、探偵はすっかり小さくなっていた。
「それはその、ねえ……三人寄ればナントカカントカって」
「二人じゃねえか!」
「ひいっ!」
テーブルを叩くユウキに、キリシマが震えあがる。思わず逃げ腰になり、ソファから立ち上がりかけた時、ポケットに入れていた携帯端末が呼び出し音を鳴らした。
「あっ、ちょ、ちょっとまって、デンワが……」
慌てて携帯端末を取り出す。画面には“記者:サワイ”と表示されていた。
「この前の記者さんだ! ちょっと待ってくれよ……」
キリシマ探偵は一発逆転の名誉挽回とばかりに胸を張り、端末機の通話回線を開いた。
「はい、お待たせしました、キリシマです! ……えっ、例の事件に、新しい手掛かりが? ……はい! はい、はい……それは、きっと、間違いない! 実はウチも、こんな話を聞きましてね……ええ、ええ!」
ひとしきり話し込んで通話回線を閉じると、キリシマは得意満面で席に座り直した。
「喜べ助手君、次に調査する場所の目星がついたぞ!」
レイジュ電工。近年、カガミハラ防衛軍の装備開発業務に参入したことをキッカケに飛躍的な成長を遂げた電子機器メーカーだ。
独自にロストテクノロジーを回収して解読する、というよりも、他の町とのネットワークを駆使して技術を取り入れ、使いやすく改良したり、組み合わせることで新しいものを生み出す、というタイプのメーカーで、特に民用製品のミール・ジェネレータやファブリック・ジェネレータなどは丈夫でかつそれなりの機能、そこそこの値段から愛用者が多い。
カガミハラ・フォート・サイトの企業の中でも、特に堅調な成長を続けているメーカーだと言えるだろう。
「……というわけで、これからこの会社に突っ込もうと思います」
判で押したように似通った姿の、直方体の建屋が並ぶ工業エリア、第9地区。その中の一つ、“REIJU Electronics”の銘板が掲げられた建屋の前に、探偵とその助手が立っていた。
助手はぽかんと、目の前の巨大な建造物を見上げている。
「どうしてここに……? っていうか、大丈夫なの、アポとか?」
疑わしそうな助手の視線。探偵は「ふふん!」と鼻を鳴らした。
「まずは、どうして、の理由からだ。サワイさんからの情報でね、20年前の事件が起きた時、被害者……アオさんたち一家のことを探らないように、マスコミに圧力をかけた会社があったらしい。当時の記者仲間からの情報で、圧力をかけたのは……」
「ここ、ってわけね」
「そういうことだ。それと、この前イワハダ老からの聞き取りで、アオさんのお母さんがこの第9地区から来た、ということもわかった。レイジュ電工は工場と本社が同じ、だから関係者はほとんど全員がこの地区に暮らしている。……となると、どうだい? ここが一番怪しくなるだろ?」
「なるほどね。それはわかった。でも……」
ユウキは目を細めて、工場の敷地内を見やった。素人目でも、あちこちに監視カメラが置かれ、警備用オートマトンが巡回しているのが見える。
「大丈夫? 取材拒否どころか、下手したら殺されない……?」
「確かに、さすがにアポなしで突っ込んだらどうなるか分からない。さすがに俺も怖い。でもね助手君、なんと……アポが取れたのだよ! 馬鹿正直にこっちの目的は全部書いたんだがね、何で、これでアポが取れたんだか……」
「えーっ?」
やけっぱちのように明るく笑う探偵を見て、ユウキの顔はすっかり青くなっている。
「話を聞いてる限り、絶対なんかの罠じゃんそれ!」
「そうだろうなあ。でも、それだけ相手のことを見極めるチャンスだってことだ。……なあに、色々あるけど、これはただの取材だよ助手君。いきなり殺し合いが始まるわけじゃないし。色々保険は仕込んであるから、安心したまえ」
「ええ、でも……」
珍しく弱気になって、怖気づいている不良娘。探偵は「ふふん……!」と得意そうに鼻を鳴らす。
「こういう時には、何があろうと堂々としているもんだぜ。……それで、どうするんだ。ここから先は遊びじゃない。行くのか、行かないのか……?」
「うっさいな、この……!」
キリシマに尋ねられると、ユウキはムキになって言い返した。ポケットに手を突っ込み、いざという時のために仕込んでいるボイス・レコーダーのスイッチを入れる。そして自らの両頬を、勢いよくひっぱたいた。
「……よっし! 行くぞ、ヘボ探偵!」
「そろそろ、“ヘボ”は勘弁してほしいんだがな……まあ、いい」
探偵は半ばあきらめている様子で言うと、両手をポン、と叩いた。左手の機械義手が鈍い金属音を放つ。
「さて、お仕事開始だ!」
大股でずんずんと進む二つの影は、巨大な立方体の建屋に吸い込まれていった。
(続)