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アウトサイド ヒーローズ;エピソード15-19

ファザー、ファインディング アウト イン ロスト メモリーズ

「ナ、何ヲ馬鹿ナ事ヲ……!」

 リーダー格のツギハギマスクの男は口ごもったが、すぐにまた銃弾が飛んできた。様子を見ようと顔を出しかけた探偵は、慌てて扉の陰に引っ込む。

「おっと!」

「フザケヤガッテ! 貴様コソ何ヲ根拠ニ」

「あんたの仲間はほとんど逃げて行ったか、軍警察にしょっ引かれていった」

 ムキになって言い返す声を遮ると、キリシマはイワハダ老から譲り受けた鉄芯入りの傘に手をかけながら話を続けた。

「残った奴らが助けに来るほど、あんたにリーダーシップがあるとは思えない。軍警察がどこに張ってるかもわからん中で、自分たちのことをアッサリ使い捨てようとする奴を助けようと思うか?」

 銃撃がやむ。動揺して手が止まったか、あるいは単なる弾切れか。どっちにせよ、ここが勝負所だろう。探偵は声を張り上げた。

「それにあんたはだまし討ち上等、手下どもの後ろでふんぞり返っていたい卑怯者だ! それがたった一人銃を持って、俺たちの真正面から突っ込んで来やがった! つまり、もう、そうするしか卑怯者のあんたに選択肢はなかったって事だ!」

「黙レ! 黙レ黙レダマレ!」

 ボイスチェンジャー越しの歪んだ声が、激しく吠え立てた。

「さっき通報したから、じきに軍警察も来る。いい加減大人しく……」

「クソッ! テメェ、ブ、ブブブ、ブッ殺シテヤル!」

 探偵の言葉を遮り、破れかぶれの叫び声をあげながら突っ込んでくるツギハギマスクの男。
 キリシマは戸口から飛び込んでくる人影を捉えるなり、躊躇いなくサイバー・ウェアの音声コマンドを叫んだ。

「“コピー・エイプ”!」

「ナ

 何を馬鹿な、そんな技が効くわけないだろう。

 ……と言いながら身をひるがえす間もなく、侵入者は鋭く疾い、必殺の一撃に打ち据えられていた。

「ガッ! アアアアアアアアアアアアア! 痛イ、イタイ……!」

 胴に突き刺さる衝撃、アバラの数本は折れたかと思えるほどの鋭く、熱く、重い痛み。

「ハハッ、引っかかったな間抜け野郎!」

 仕込み傘で見様見真似の居合抜きを放ったキリシマは、相手が崩れ落ち、痛みに悶えているのを見ながら楽しそうに笑った。やや旧式のサイバネ義腕から警告音が鳴り、白い煙が数筋立ちのぼる。

「いてて……」

 義腕の接続部に、鈍い痛みが走った。サイバネティクス・ユニットが超過稼働に軋み、肩の肉にぎりぎりと食らいついている。様子を見ていた助手が、慌てて駆け寄ってきた。

「大丈夫?」

「ああ、サイバネの腕に限界が来てるだけだ」

 探偵はぐにゃりと曲がった蝙蝠傘を放り捨てると、足元に転がっていた自動拳銃を部屋の隅に蹴り飛ばした。

「それより、ノブヒコさんは?」

「私は、まだ、なんとか……。お願いです。病院に、連れて行ってください……」

 弱弱しい声が応える。ノブヒコは案内人の肩を借りて立っていた。脇腹は赤く染まり、顔は血の気が失せて蒼白だった。ユウキが慌ててノブヒコの前に戻る。

「ノブヒコさん、すごい顔になってるよ!」

「ああ、でも……」

 ぼさぼさ髪の男は、額から脂汗を垂らしながらも顔をゆがめて笑ってみせた。

「何とか、生きてるんだ。それに、子どもたちもまだ、生きているんだ。こんなところで、死ぬわけには……」

「ノブヒコさん」

 ツギハギマスクの侵入者を縛り上げると、キリシマも左腕を重そうにぶら下げながら、ノブヒコの前にやって来る。

「あんた、本当はお子さん方を捨てたくはなかったんでしょう? もちろん奥さんのことも……」

「それは……」

 口ごもるノブヒコ。探偵は自らの推理に手ごたえを覚えてわずかに口元を緩め……いかんいかん! 「おほん!」と咳払いすると、気を取り直して話を続けた。

「奥さんとお子さん方を放逐したのは、第二子……アオさんが生まれた後だった。恐らく、あんたは実家の圧力から何とか、奥さんとお子さんを守ろうとしていたんでしょう。けれども、二人目の子どももミュータントだったことで、とうとう庇いきれなくなった……」

 父親は踏ん張っていた両脚から力が抜け、ふらりとバランスを崩した。案内人が慌てて体を支える。

「ノブヒコさん、大丈夫か!」

「あ、ああ、済まない。ちょっと、気が抜けた、というか……」

 ノブヒコは床に座り込むと、突っ立っているままの探偵を見上げた。

「その通りです。主に母親……あの子たちの祖母から脅されて逆らえずに……。弱い男です、私は」

 力なく笑うノブヒコ。助手が「あっ」と小さな声をあげた。

「もしかして、ドラッグ漬けになったのも……?」

「ああ、いや……まあ、似たようなものかもしれない。親に負けて、妻や子どもたちを捨てなければならなかったことに耐えられなくなって、その……どうかしていたんだ、私は」

「この第7地区で起きた痛ましい事件……奥さんの一件で精神を病んで、その治療薬に依存するようになった、と……」

 言葉を濁して答えるノブヒコに、探偵が言葉を足す。父親はうつむき、沈んだ声で「いかにも」と答えた。

「それで結局、会社にも、守ってきたはずの家にも居場所を無くしてしまったんです。私に残ったのは、私を厄介払いしてきた会社から、おためごかしに渡され続けられたドラッグだけです……」

 自棄になったような、どこか開き直ったような響きを含んだつぶやき。ユウキが食らいつくように声をかける。

「そんな! でも、せっかく、お子さんが生きてることも分かったんだから、元気出して……!」

「ユウキ」

「えっ? はい……」

 探偵が短く呼びかけた。驚いて振り返る助手の肩にポンと手を置いて黙らせる。助手も、探偵に言い返すことは早々にあきらめたようだった。
 キリシマはユウキの前に出る。そして膝をつくと、項垂れている父親にそっと耳打ちした。

「……いいですね?」

 ノブヒコはぼさぼさの前髪の下で、目を見開きながら探偵の言葉を聞いている。

「えっ、ええ。だが……。そんな……あの子が、そんなことを? 探偵さん……!」

 キリシマは立ち上がると、僅かに口元を緩めた。

「ええ。後半はちょっと、私の解釈も混ざってしまいましたが……確かに伝えましたよ」

「ありがとう、ありがとう。本当に、ありがとう……!」

 大粒の涙をこぼしながら、呟くように礼の言葉を繰り返す父親。
 建物の外から、緊急車両のサイレンの音が少しずつ大きくなりながら近づいていた。

(続)

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