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アウトサイド ヒーローズ;エピソード14-20

ティアーズ オブ フェイスレス キラー

「ふひっ! ふひっ! はあっ、はあっ、はあっ……!」

 小太りの男は引きつった笑い声のような乱れた息を吐き出しながら、床に散乱する有象無象のがらくたを両手でかき分けている。その様相は、地中に埋めておいた食糧を死に物狂いで掘り出す、飢えた獣のようだった。

「シドウ常務!」

 盾の壁から顔を出して室内を窺っていた警備員が叫ぶと、メカヘッドも頭を上げる。

「あれが……?」

「ふは! はははははは!」

 警備員から呼びかけられた声が耳に入ってくるが、シドウ常務は顔を上げなかった。指先が擦りむけるのも構わずにがらくたの山を掘り進めて、倒れた棚も放り投げ、ついに役員室の床面と、ぽっかりと口を開ける階下への連絡ハッチを露出させる。

「誰も近づくなよ! こうなったら、もう遅いんだからな!」

 顔を上げ、大声で喚き散らす。手には階下の倉庫から引っ張り出してきた、大型のバールが握られていた。

「何を言ってるんだ……?」

 メカヘッドが首をひねる。上空に待機していたドローンがふらふらと飛び、常務の足元をカメラでとらえた。映像を改めていたマダラの声が、通話端末越しに響く。

「『あの人の足元! 穴が開いてるよ!』」

「何だって! じゃあ、下の階に逃げる気か?」

「そんな、無茶ですよ!」

 マダラとメカヘッドのやり取りを聞いていた警備員が、慌てて声をあげる。

「下の倉庫は、遺跡から発掘されたものがみっちり詰まっていて、足の踏み場もないくらいだっていうのに……!」

「ふ、ふはははは! はっはっはっは! 誰が逃げるって?」

 常務は警備員の声を聞いて、顔をゆがめて笑う。

「この倉庫は元々、遺跡掘りのための爆薬を置いておくためのものだった……今でも奥には、爆薬が幾らか残ってる……。倉庫にある遺物は機械だけじゃない、得体の知れない化学物質、生物兵器、可燃性ガス……そんな物が溢れる密室で、花火をぶち上げたらどうなるかな……?」

「なっ……? 何する気だあんた!」

「落ち着いてくださいシドウ常務、すぐに助けに参りますから!」

 慌てて室内に入ろうとした警備員を見て、常務は大声で叫ぶ。

「違う! 違う違う違う! お前たちも来るなと言っているんだ!」 戸惑い、室内で続いている闘いに阻まれて立ち止まる警備員たち。常務は威嚇するように、バールを高く振り回した。

「ポリとグルになって俺を捕まえようったって、そうはいかねえぞ! ここまで、会社のためにやってきたんだ! 今さら切り捨てるなんて言わせねえ、こうなったら会社も、お前らも、みんな道連れだ!」

 徒手空拳のイクシスと打ちあっていたマジカルハート・マギランタンは、常務の言葉に耳を疑った。

「何言ってんのあいつ!」

 今は、目の前のサイバネ傭兵は後回しにしたい、けど……!

「……あっ!」

 やけになって自爆しようとしている男に気を取られていると、対峙していたサイバネ傭兵が機関拳銃を握っているのが目についた。慌ててハンマーを振り回すと、イクシスは後ろ跳びで身をかわす。

「ちょっと! いいの、あれを放っておいて?」

「知らん。貴様こそ私の仕事の邪魔などせず、なんとかしたらどうだ。正義の味方なんだろう?」

 すっぱりと切り捨て、銃を構えるイクシス。

「この……!」

 マジカルハートはハンマーを構え、サイバネ傭兵に飛び掛かった。

 意識の外から飛んでくる、変幻自在の打撃。

「Shhhhhhaaaaaaaah!」

「『攻撃、来ます』」

 戦術サポートAI“ナイチンゲール”の声が、ヘルメットに仕込まれたインカムから響く。そしてバイザーの視界に表示される、“WARNING!”の文字。

「クソッ!」

 雷電は素早く身をひるがえすと腕甲をかざし、“マスカレード”の拳を受け止めた。生身の娘が放ったとは思えぬほど重い打撃に押されながらも、もう一方の腕を振り上げる。

「オラアッ! オラアッ!」

 拳を叩きこむ。しかし先読みするかのように、“マスカレード”はするり、するりと身をかわした。娘は四肢から血を流し、白い歯をむき出して吼える。

「AAAAAAAAAAAaaaaaaH!」

「ちくしょう、やるしかないか……? けど、通じるのか……?」

「『……雷電!』」

 “ナイチンゲール”と組手を続ける雷電のヘルメットに、メカヘッドからの通話回線が開いた。

「『ターゲットになってるイセワン重工の役員、会社ごと自爆するつもりだ!』」

「はあ? 何でまたそんな……」

「『さてな、奴にも相当後ろ暗いもんがあるんだろう! だが、どうする雷電?』」

「どうするもこうするも……オラアッ!」

 振り抜く拳、髪を振り乱しながらすり抜ける“マスカレード”。そして五月雨のように撃ち込まれる、血のにじんだ拳。
 とにかく、目の前の相手を止める、そのためには……!

「やるしかない! ……ナイチンゲール!」

 雷電は飛んでくる拳から身をかわしながら、ヘルメットの中に宿るAIに呼びかけた。

「『指示をお願いします、マスター』」

「“マスカレード”のサイバーウェアをハックして、映像データを見せることはできるか、彼女に?」

「『首筋のプラットフォームに、雷電スーツが直接接触していれば可能です。……データは、マスターがご覧になっていたもので間違いありませんね?』」

「話が早い! それじゃあ、やるぞ! ……ウオオ、オラアッ!」

 スーツの四肢に電光が迸る。雷電は足元のがらくたを蹴散らしながら踏み込み、拳を撃ち込んだ。

「オラアッ!」

 閃光の尾を引きながら、拳を撃つ! こちらの心を読むように身をかわす相手に手を伸ばす方法……レンジが選んだのは、“考えない”ことだった。戦術サポートAI“ナイチンゲール”が導き出し、バイザーに表示される“攻撃好適位置”を、ただひたすらに撃つ! 撃つ! 撃つ!

「オラッ! オラッ! ……オラアアアアッ!」

 打撃から身をかわし続けていた“マスカレード”も、とうとう拳を肩に受けた。バランスを崩しながら、尚も逃げようとする娘の首を、雷電の手がつかんでいた。

「ガハッ……!」

「目を覚ませ、■■■■!」

 名前を呼ばれ、大きく目を見開く娘。抵抗が止んだ瞬間を好機と、レンジが続けて叫ぶ。

「今だ! 開始時間は……15時間35分!」

「『了解』」

 ナイチンゲールは答えると、娘の首筋に設けられたサイバーウェア・プラットフォームにするりと“糸”を潜り込ませた。生身よりも自在に電脳空間を駆けるAIの前では、セキュリティ・ウェアなど赤子のような相手だ。“糸”はいくつもの妨害をすり抜け、瞬く間に視覚強化ウェアのプログラム・ファイルに潜り込む。

「『……侵入、完了しました』」

「あ、あ、あああああああ……!」

 サイバーウェアを通して、娘の視覚に現れる幻視。

 目の前に横たわるのは、サイバーウェア手術を終えたばかりの自分自身。そして呼びかける声。

「『おい、終わったぞ! ……おい、目を開けろ! 起きてくれ、おい……!』」

 必死な響きを帯びた老人の声が、何度も呼びかけている。

「『おい、起きろ! おい……』」

 節くれだった手が伸びて、目を閉じたままの娘の肩を揺らした。

「『■■■■!』」

 名前を叫ぶ声。

 そうだ。これは、私の、名前……!

 幻視の中の娘が薄目を開ける。青く光る線がいくつも走る瞳がこちらを見上げ……視線が交わったところで幻視はゆらめき、白い光の粒となって消え去った。

 視界に広がるのは、壁が崩れてがらくたが散乱する部屋。そして目の前に立つ、白い装甲スーツ。

「大丈夫か? ええと、その……」

 恋焦がれていた声が、おずおずと呼びかけてくる。床にへたり込んでいた娘は顔を上げ、フルフェイス・ヘルメットに顔を覆った青年を見上げた。

「正気に戻ったみたいだな。すまん、ちょっとそこで待っていてくれ。もう一つやらなきゃいけないことが……」

「ははははは!」

 青年が説明をしようとした時、勝ち誇ったような叫び声が響く。

「あった、あったぞ! これでもうみんな、木っ端微塵だ! はは、はははは……!」

 娘の意識の底から、“ウィスパー・マスク”の低い声が響く。

 ターゲットの危険度増大。ターゲットを始末せよ。始末せよ。早く息の根を……早く!

 そうだ、ターゲット……爆薬……! 娘は装甲スーツの青年に微笑んだ。やることは、決まっている。

「あっ、ちょっと……!」

 青年の伸ばした手が宙を掴む。娘は超過搭載されたサイバーウェアを励起させ、矢のように走り出していた。

 マジカルハート・マギランタンは、相変わらずサイバネ傭兵と追いかけっこの打撃戦を続けていた。

「ちょっと! いい加減、こんなことしてる場合じゃないでしょ!」

「それはこちらの台詞だ」

「たわけた事を……!」

 ののしり合いながらハンマーと拳を打ち合う。マギランタンが振り下ろしたハンマーをするりとかわし、イクシスの義腕がハンマーの柄を殴りつけた。魔法少女は大きくバランスを崩す。

「きゃっ! この……!」

 慌てて踏ん張り、体勢を立て直そうとした時、シドウ常務の叫び声が飛んできた。

「これでもうみんな、木っ端微塵だ! はは、はははは……!」

「げっ! なんかやばそう……!」

「ああ、こんなことやってる場合じゃない」

 イクシスはマギランタンに同意すると、左腕を大きく振りかぶった。

「フン……ハアッ!」

 腕と胴体の継ぎ目に意識を集中する。脳殻から義体に接続されているライン……その途中にある“スイッチ”を切る感覚。何度も経験し、すっかり身につけた“義体を強制放棄する”プログラムを起動させ、イクシスは腕を振り抜いた。
 灰色の義腕がいくつもの破片に分かれながら、しかし制御ケーブルに繋がったまま肩先から飛んでいく。

「わ……きゃあっ!」

 思わず目を見張っていたマギランタンは、強靭なムチと化したケーブルに絡みつかれ、がんじがらめになって巻き取られていた。

「ちょっと、何、これ!」

 魔法少女がもがくたび、複雑に絡み合ったケーブルがいっそう食い込んで縛り上げる。

「強化セラミック製だ、そう簡単には千切れないだろう……」

 イクシスは自らの左腕を胴体から切り離すと、床に転がるマギランタンに目もくれず、右手を自らの装甲の隙間に突っ込む。
 装甲のスリットから抜き出した手には、リボルバー式の大型拳銃が握られていた。

 倉庫の奥に埋もれていた爆薬を掘り出すと、シドウ常務は手に持ったバールを振り上げる。

「ひ! ひ! これで、終わりだあ……!」

 笑い声が震えてくる。
 仕方ない。俺を裏切った“マスカレード”が悪い! こんな時に助けてくれない、“ブラフマー”本部が悪い! ここまで追い詰めたポリが悪い! 俺にこんな汚れ仕事をやらせてきた会社が悪い! 全部、お前たちが悪い……!

「ああああ、ナムサン!」

 一世一代、渾身の力を引き出すというブディズム・マントラを叫び、きつく目をつぶった常務がバールを振り下ろす。手首に響く衝撃!

「……ぎゃっ!」

 しかし、爆発は起きず、常務の情けない叫び声が響いただけだった。
 シドウ常務が目を開けると、握っていたはずのバールが手から消え、目の前にはあの“マスカレード”が立っているのだった。

「ふーっ……ふーっ……!」

 激しく息をつきながら、仁王立ちする”マスカレード”。大きく見開かれた瞳には、幾筋もの光が乱れ飛んでいる。”目の前の相手を始末しろ”と命じるサイバーウェアの声を、崩れかけた意志の力で抑え込んでいるのだ。歯を食いしばるように苦しそうな、掠れた声が口から漏れた。

「じ……しゅ、しよ……! わた……し、たち……!」

「ちくしょう!」

 叫びながら、常務は上着の中をまさぐる。
 まだだ、まだ隠し拳銃がある! こいつで爆薬を吹っ飛ばしちまえば、まだ……!

 乾いた破裂音が響き、シドウ常務の思考は途切れた。

 隻腕の傭兵が、大口径の拳銃を構えたまま立っている。銃口から放たれたマグナム弾は“マスカレード”の胸に大穴を開け、シドウ常務の心臓を撃ち抜いていた。
 二つの体がゆっくりと崩れ落ちるのを確認すると、イクシスは銃を下ろす。

「任務、完了……」

「てめえ……!」

 駆け出そうと雷電が足を踏み込む前に、イクシスは右腕を振り上げると、床面に向かって振り抜いた。

「フン……!」

「何をする気だ!」

 残っていた右腕も無理やり胴体から引きはがされて床に転がる。その手に握られていたのは……信管を抜かれた手榴弾!

「離れろ、みんな!」

 雷電が叫ぶ。身をかがめて衝撃に備えるが、放たれたのは爆音と閃光だった。目くらましの為に偽装された、フラッシュバンだ!
 白い光が役員室を塗りつぶし……皆の視界が元に戻った時には、両腕を失ったはずのサイバネ傭兵は、幻のように消え去っていた。

「逃げられたか……」

 レンジは雷電スーツを解除すると、横たわる娘にゆっくりと歩み寄る。
 限界を超えて稼働した四肢に血をにじませ、頬は痩せこけていたが、その表情は眠るように穏やかだった。

「現場を確保する! 警備員の皆さんも、ご協力をお願いします!」

 メカヘッド先輩の声が、レンジの耳にはどこか遠くで響いているようだった。

(続)

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