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【徒然抄】ある幼稚園児の才能

もうかれこれ20年以上前、プランツコーディネーターとして庭づくりやガーデニング講師をしていたころの体験談です。


それまでに感じたことのない印象深い出来事でした。
今思うと、私が「子ども」をフラットに尊重するきっかけになったように思います。

以下、「出来事」の翌日に記した文面です。

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昨日のことでした。彼に出会ったのは。

彼は、私を見るなり「おじさん、かっこいいね。」そう言いました。
一瞬何のことかわからず自分の身につけているものを思ってみましたが、彼がまっすぐに、しかもしっかりと私の眼を見ているのに気がついたので、その思考を瞬時に中断し、「そう?ありがとう」と微笑み返しました。

そのときから、私は彼に惹かれ始めました。

彼は、とある幼稚園の年長組の男の子。「こうちゃん」と呼ばれていました。
私は、その幼稚園の家庭学級(お母さんたちの勉強会)にガーデニング講習会の講師として呼ばれ、園長先生に挨拶するために職員室に入り、ソファに腰掛けたとき、「こうちゃん」がすっと入ってきて、私の目の前に座ったのです。

「おじさん、ほらこれ」
と言って、近くにあった(どうやらいつも彼のために職員室においてあるらしい)ピンク色をしたワーゲンビートルのおもちゃを私に見せました。

「おじさん、車運転できる?」
「できるよ」
「なに乗ってるの?」
「ホーミーっていう車」
「それかっこいい?」
「んー、そうでもないな」
「どんな車」
「荷物をいっぱい積めるやつ」
「じゃ、ワゴン車?」

彼は、車が大好きらしく、大きな黒い瞳をキラキラさせ矢継ぎ早に私に質問しながら、いつのまにかスポンジでできた知育用のアルファベットの切りぬき文字を出してきて、

「ホーミーってどれ?」とスペルを聞いてきました。

「最初はH」
「エイチ」
「次はO」
「オー」
「それからM」
「エム」
「最後がY」
「ワイ」

復唱しながら、正確に文字を並べました。
「It's perfect!!」私が言うと
「パーフェクト?」
とまた復唱して、彼はにっこり笑ったのです。

「(かよっている)」私は感じました。

単純に、確実に、無駄なく、しかも余韻なく。

ついぞなかったことです。

さらにこのあと、彼は、幼稚園のすべての先生の乗っている車の名前をそらんじました。
でもそれを自慢するふうでもなく、淡々と。

私は、思わず「すばらしいっ!」と叫びました。薫風に頬をなでられている心地でした。

講習会の時間が来たので、彼に
「こうちゃん。おじさんはおかあさんたちとお勉強する時間になったから行くね。」
「うん、バイバイ。」
「じゃあね、バイバイ。」

なんとあっさりしているのでしょう。おかげで後ろ髪ひかれずにすみました。

彼を眼前にしていた時間はわずか10分程度でしたが、とてもかけがえのないときを過ごしたような気がしました。


職員室を出て歩きながら、彼が、来年小学校に上がったら、特別学級に入れられてしまうのだろうかとかすかな不安が頭をよぎったのでした。
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