31歳くらいまでなら
愛くるしい、という感情を、思い出した。
彼と知り合ったのは、たった3日前のことである。
わたしの幼馴染は、少し前から副業として、ライブ配信アプリでライバーをやっている。当然いつもの姿とは違うだろうし、知り合いにはあまり見られたくないかもな、と思い遠慮していたのだが、来てねと誘われたので行ってみた。
彼は幼馴染のリスナーで、幼馴染とは既にラインを交換してやり取りを始めたくらいの仲だった。
元来、わたしはいわゆるツイッタラーだ。人を笑わせたいあまり、暴力的な面白さを突き詰めようとする人間だった。きれいな言葉遣いなどしないし、むしろそれは、相手に伝わらなければひどく辛辣で冷たいものに感じられるだろう。だからこそ、わたしはそんな自分を許す相手や場所を限定している。
学生時代から付き合いが始まり、わたしと今でも仲良くしてくれている人は、全員がその「面白いわたしを好きでいてくれる」というか、「そんなわたしを面白いと思ってくれる/面白さを見出してくれる」人たちである。
なにかに活かせないだろうか、と思ってはいた。
活きた。
配信には配信のルールというものもいくつかあるが、わたしのその性分が、彼を始めとする幼馴染のリスナーに大いにウケたのである。
容姿よりも中身を評価されたいわたしは、もう嬉しくて嬉しくてたまらない。自分も楽しいし、皆にも好きになってもらえるし、こんなに満たされたのは久しぶりだった。言うなれば、自己肯定感というものがめきめきと上がったのだ。
その日から、幼馴染と彼と、毎日朝までラインで電話をしている。
完全に勢いだけでグループを作り、集ったので、初日は誰もが「明日からはもう動かないね」「絶対今日で終わるね」と笑っていたのだが、昨日も今日もグループは動く動く。
それどころかわたしたちは、それぞれのことを、どんどん好きになっていくのである(わたしと幼馴染は既に大好き同士だが)。
特に彼の懐きようは凄まじい。
日が落ちれば「今日は何時から電話する?」
電話を切ろうとすれば「さみしいね」
眠って目が覚めてから「昨日もっと話したかった」
全員同い年だが、わたしたち女ふたりはもう彼のことが可愛くて可愛くてたまらないのだ。
口の達者な他の男と同じだと思うなかれ。
彼はすべて本気で、というより、本音で言っている。
さまざまなエピソードは割愛するが、悪く言えばバカ正直、ほんとうに素直で情に厚い、心のやさしい人で、どことなくほわっとしている。可愛くてついふたりしていじめてしまうのだが、そんなときは彼もうれしそうだったりする。
つい先ほどまでも電話をしていた。
わたしは仕事をウイルスに奪われたし、幼馴染は在宅勤務。彼の会社も自粛期間中であるため、この数日間はあまり時間にとらわれず話ができていたのだった。
明後日は仕事があるため、明日の夜は電話できない、と嘆き、次はいつ電話できるか、スケジュール確認をすぐさまするような可愛さは、途中でぷつんと途切れてしまった。
幼馴染がとある男性ライバーを見つけてきて、3人で同時に観、それぞれが呼吸困難に陥るほど笑っていたのだけれど、彼は突然むっつりと拗ねて観るのをやめ、だんまりを決め込んでしまったのである。
「とられちゃった」
そのつぶやきを聞き逃すわたしたちではない。
配信を観終わったあと、わたしと幼馴染は個人ラインで密談をした。
いつもは切るのをさみしがる彼が、今日は「寝よ」と言ってつんとしていたので、尚更である。
何もかもお見通しなわたしたちは、もう微笑ましく穏やかな気持ちでしかなかった。
わたしは最初、彼は幼馴染のことをちょっと好きで、彼女が他の男性ライバーに夢中になり、彼のことを放ったらかしたから拗ねているのだと思っていたが、どうやらそうではなく、ほんとうに彼は、わたしと幼馴染が彼を想うように、わたしと幼馴染を想っていたことを知った。
素直だから、拗ねていることもさみしいことも全部口にする。なんといじらしいことか。
もうでろでろに愛でたくてたまらず、ふたりで甘やかな言葉を浴びせまくり、どうせさみしくて寝られないでしょう、とまた電話をした。
ぽつぽつと話し、今日はこのまま寝ようねと、今も電話は繋がっている。
わたしよりも寂しがりの甘えんぼを、わたしは初めて見た。
しかしこの人は、わたしと違ってとにかく可愛い。拗ねようが、あからさまに不機嫌アピールをしようが、面倒くささや不快感が何故か皆無で、「もう、仕方ないなあ」と思わされてしまうのである。
恋愛感情では、断じてない。
そのレベルを通り越してしまったのか、そもそも次元が違うのかは不明だが、言葉にするとしたら、胸に浮かぶのはたったひとつだ。
愛くるしい。
それに尽きる。
わたしと幼馴染は常日頃から、30歳で死のうね、と言い合っている(実は、わたしは32くらいまでは生きなければいけないかもなあ、と思っている)のだが、さっき幼馴染が「ふたりとずっといられたら、あと2、30年くらい生きててもいいかも」と言ったので笑った。
わたしは笑いながら、「30年は無理」と答えた。
ふたりも笑った。
この不思議な縁を、わたしはとても大事にしなければならないと、そう感じ始めている。
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