連載小説 魂の織りなす旅路#32/書道教室⑶
【書道教室⑶】
最初のうち土曜日に来ていた悠(はる)さんは、そのうち個別指導が受けたいと、個別指導限定の日曜日にも来るようになった。個別指導日は、対象者だけが13時から19時まで自由に出入りでき、師匠と一対一の時間以外は私が助言することになっている。
悠さんはいつも2時間ほど早めに来たので、私たちはほどなく打ち解けていった。教室には私たち2人しかいないことも結構あって、そんなときはよく語り合ったものだ。
悠さんは父親のことをたびたび話題にした。悠さんの父親は日本のことを一切話したがらず、どんなに頼んでも写真すら見せてくれなかったそうだ。
悠さんの苗字は母方のもので、悠さんが父親の旧姓を知ったのは、日本語で書かれているひどく色褪せた封筒を父親の書斎で目にしたときだった。見てはいけないものを見たという後ろめたさから父親には黙っていたが、差出人の住所と名前は書き写しておいた。差出人の苗字が、宛名に記された父親の苗字と同じだったからだ。
来日してすぐに、悠さんは書き写しておいた住所を訪ねた。父親に無断で調べている以上、差出人に会えたとしても素性を明かすつもりはなかった。父親のルーツを知ることができれば、悠さんにとってはそれで充分だったのだ。
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