連載小説 魂の織りなす旅路#15/7年分の涙⑵
【7年分の涙⑵】
陽が傾き空が赤く染まり始めたころ、折り畳み椅子を閉じた彼女は
「ああ、ほんと! ここでの読書は気持ちがいいね。私もハマりそう。」
と背伸びをした。そうして折り畳み椅子を畳むと、また来るねと手を振り去っていった。
以来、彼女は週に2回ほどのペースでここに来ている。初日に持ってきた簡易の小さな折り畳み椅子は、早々に、座り心地が良さそうな背もたれのある折り畳み椅子に代わり、そのうち膝掛けや、飲み物が入ったボトル、お菓子まで持ってくるようになった。
彼女はこの場所で過ごすひとときを、心から楽しんでいた。それは、時間の空白を埋めるためだけにここで本を読んでいた僕にとって、新鮮な驚きだった。ここで過ごす1分1秒を堪能し、この空間に生まれる一瞬一瞬を全身で味わう。いつしか僕は、そんな彼女に惹かれていった。
彼女はときおり僕に話しかけてきたが、それはいつも短い一言だった。
「今日の風は柔らかいね。」
「あの空の透けるような青が好き。」
「今日は本の文字が楽しげに踊っているように見えるの。」
「あの鳥の鳴き声は悲しげに聞こえるね。」
僕は彼女の発した一言一言を、頭の中で何度も何度も反芻した。
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