連載小説 魂の織りなす旅路#57/動き始めた時間
【動き始めた時間】
青年になった彼の時間は止まったままで、僕は相変わらず彼の脳にしがみ続けている。
最近彼は、大学図書館の裏庭で恋をした。彼女の柔らかな波動が彼の脳を心地よく愛撫する。
「今日の風は柔らかいね。」
「あの空の透けるような青が好き。」
「今日は本の文字が楽しげに踊っているように見えるの。」
「あの鳥の鳴き声は悲しげに聞こえるね。」
彼女の言葉はいつも彼の五感を刺激した。
あるとき僕は、彼の五感に隙間が生まれていることに気がついた。体の内に在る僕はこの機を逃すまいと、すかさず彼の五感の隙間に向けて始まりの者の波動を放つ。
ほどなくして、彼の五感が周囲の波動を敏感に感知し始めた。そうして次第に、彼の止まっていた時間が彼女の波動に共振し始める。彼の脳は、動き出そうとうずく彼の時間を止めることができない。彼の時間が彼女の時間とともに動き始めた。
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