第5話『刀鍛冶の仕事』
いつの時代のことかははっきりしないほど昔のことです。
とある刀鍛冶が急な病で行き倒れているアルメニア人の商人を助け、そのお礼に、微かに唸る鉄に似た金属を手に入れました。
刀鍛冶が、その唸る金属を剣に鍛えていくと、熱い様な冷たい様な気を同時に放つ、微かにしか見えない刀身になりました。
やがてできあがった剣は、ただそれを振るう人の意に従い、本当に切る気も貫く気も無ければ、全く何かに傷をつけることもありませんでした。
ただならぬ剣のありさまを恐れ、刀鍛冶はこれを厳重に祠に奉納していましたが、ある日この剣の事を知った皇帝が、剣の名手として名高い将軍を刀鍛冶のもとに差し向けました。
将軍ほどの剣の達人が使うと、なにが起こるかわからないと刀鍛冶は必死で止めましたが、将軍は全く聞き入れず、刀を佩いてしまいました。
将軍はこの旅に、自分の娘を連れていました。とても美しい娘で、幼い頃から将軍に剣の手ほどきを受けている、一流の使い手でした。
将軍がいつもの手合わせのつもりで、剣を構えようとすると、剣は即座に将軍の意を汲んで、鞘から出ることすらなく、娘の胸を貫いてしまいました。
娘が倒れた瞬間に、何が起こったのかを悟った将軍は、悲しみのあまり、剣で自らの首をはねようと考えたのでしょうか。娘を見つめたまま、そのまま首が落ちてしまいました。
刀鍛冶が驚いて、二人に駆け寄ると、剣は、漆黒の肌をした剣神の姿になり、呆然とする刀鍛冶を一瞥して、そっと瞳を閉じると、そのまま姿を消してしまいました。
刀鍛冶が剣神を鍛えてしまったのか、もともと神が宿っていたものを剣にしてしまったのか。他にも様々な憶測がありましたが、どんな占い師にもこれを正しく判断することができませんでした。
皇帝は刀鍛冶に小さな領地と財宝を与え、二度と鍛冶の仕事をしないようにと命じました。