もう一つの視点006‐サヨナラ大好きな人‐
「サヨナラだ」
これが父が僕にかけた最後の言葉だった。
父と別れて10年。今、僕は甲子園のバッターボックスにいる。
9回裏2アウト。ランナー2、3塁。点差は1点。ピッチャーは高校BIG3と言われている本格右腕。思い切り三回振ってこいと代打に出されたけど、一度も振ることなく追い込まれてしまった。
カウント0ボール2ストライク。遊び球を見せるのか、裏をかいて三球勝負か。一度もバットを振らずに終わるわけにはいかない。僕は打席を外して二度素振りをする。
さあ、三回目を振る準備はできた。
「ラーメンと餃子」
ラーメン屋の親父が俺の注文にまったく反応しない。視線は何かくぎ付けになっている。そちらに目を移すと、テレビで甲子園がやっている。
試合は9回裏2アウト。点差はわずか1点。代打の名前がアナウンスされたとき、10年前のことが思い出された。
バッターは簡単に追い込まれてしまった。落ち着け。届かないテレビの向こうのバッターに声をかける。その声が届いたのか、バッターは打席を外して二度素振りをした。
やがて気持ちの良い金属音がテレビから聞こえてきたのちに、アナウンサーが叫んだ。
「サヨナラだ!!」