
子育てをする父たち(『土の匂いの子』抜粋)
なかよし会が始まった85年と21世紀に入ってからで圧倒的に違うのは、妻の地位の向上である。親が団塊の世代もしくはその名残であったころは、子育ては母親がするものであって、父親をどうやって子育ての場に引っ張り出そうかと案を練ったりしたものだが、現在はまったく変わった。
子育てをしない夫を父親とは呼ばないということが、かなり定着したらしい。なかよし会の日々の送り迎えも、時間が許せば父がやる。人目もはばからず、おんぶヒモやだっこヒモで子どもの世話をするのは当たり前。
母子ともになかよし会になじんでくると、家庭でもなかよし会の話題が尽きない。母は仲間の母との連絡に余念がなく、子どもは友だちについて話し出す。そこで浮いてしまうのが、母子の昼間の生活を知らない父。家族と喜びも話題も共有したければ、父もなかよし会に参加するしかない。休みをとったり万障繰り合わせて、保育当番に入る父が少しずつ増えてきた。
〈余計なことは何もしないで〉と妻に釘を刺されてきたが、お父さんの参加は子どもたちもうれしく、遊んでもらえるとなると、大もてにもてる。気をよくした父はだんだん自信をつけ、興奮してきて、口数も集合時よの朝より多くなる。そこで、たいてい口うるさい父に変身。
「そんなことしたら危ないよ」
「そうじゃなくて、こうやるんだよ」
「ほら、ここを通ってごらん」
ふだん子どもに任せて見守ることがうまくなってきた母に比べて、ああだこうだの父。それでも、子どもたちの自立心旺盛な姿を目の当たりに感激して、保育日誌を書く父も現れてきた。わが子の友の名も覚え、妻子との共通の話題ができて、帰宅してから家族で囲む食卓のにぎやかになるだろう。
子育ての経験はわずかでも、当番ができると自覚した父は、またの機会を楽しみにする。