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1000円札2枚旅記

みんなは2000円あったら、いや2000円しかなかったら何をするだろうか。

これは、ちょっと高めの昼ごはんを食べたらなくなってしまうような金額で旅行をした勇者たちの記録である。

プロローグ

目的地は山梨。

夕方17時。バイト終わりの彼女を車で迎えに行き、荷物を搬入するために彼女の家に向かった。2000円しか使えないわけだから、もちろんホテルや旅館には泊まれない。そうなったら車中泊しかない。山梨県は寒い。何も備えずに車中泊をすれば、翌朝には冷たくなって動かなくなっているだろう。だから僕たちは毛布を2枚用意する予定だった。

家に着いて、彼女は荷物を取るために車を降りた。車中で待っていると見覚えのある人が車に近づいてくる。

彼女の母上ではないか!何やら、パンパンに詰まった洗濯ネットを抱えている。コインランドリーからの帰りなのだろうか。そもそも家に洗濯機はないのだろうか。とか考えていたその時、母上はその洗濯ネットを僕の車の後部座席にぶち込んだのだ!!!

!?!?!?!?!?!?!?!??

もうわけがわからない。

ポカンとしている僕を気にもとめず、母上は次にキティちゃんのタオルを差し出してきた。わけもわからず受け取る僕。

ますます困惑は深まるばかりだが、まだ母上の攻撃は止まらない。最後にスポンジが入ったコップを渡された。

最後のグッズを渡した母上は満足気に言った。「寒いから毛布いっぱい入れといたから。あと、乾燥するからこのスポンジ使いなさいよ。」

なるほど。なんともありがたいことだ。

「このタオルは何に使うんですか?」

この質問には笑顔ではぐらかされた。多分勢いで持ってきてしまったのだろう。

魔女(これは本当に怒られる)からアイテムを受け取り、僕らの冒険は始まった。

第1話 高級食の誘惑

持ち物を確認しよう。①ETCカード(実質交通費はタダ)②ランプ ③毛布(大量)④スポンジ入りコップ(少し水が入っている) ⑤タオル ⑥2000円

まずは東京駅に向かった。理由はカッチョいいからだ。かの有名な矢野宗樹氏が学生時代パイロットになりたかった理由と全く同じである。

東京駅では、レストラン街に行った。本当に行った。行っただけである。各店舗の前を通り、お客様の美味そうな表情を見届ける。店には入れない。2000円しかないのだから。この誘惑に負けた瞬間ゲームオーバーなのだ。

それにしても本当に美味しそうな店で溢れかえっていた。てか、普通に高すぎじゃね東京。うどん1000円くらいすんのおかしいだろ。なんなの。

ちょっと取り乱したが、なんとか誘惑に勝ち、腹を減らしながら東京駅を後にした。

第2話 晩飯問題

東京駅でウニ丼やら寿司やらうまそうなピザやら1000円するうどん等々を鑑賞した僕たちは、抵抗運動中のガンジーくらい空腹だった。

ナビで目的地をフルーツ公園にセットした。フルーツ公園は付き合う直前にドライブで行った、僕らにとって思い出の場所である。夜景がすごく綺麗な場所で、湘南平なんか比べ物にならない。フルーツお化けが出たり、奥田民生プロデュースのアイドルのセンターになれたりする。

フルーツ公園に行くには中央道を通る。中央道には談合坂SAがあって、談合坂という名前が昔から大好きな僕は、絶対に立ち寄ると決めていた。

車中では当然、晩飯どうするか問題が浮上した。僕が談合坂に寄る決意が硬かったので、SAのコンビニでカップラーメンでも買えばいいと思っていた。

談合坂に着くと、驚きの事態に見舞われる。コンビニがない。やばい。2000円しかないんだぞ。いや待て、売店がある。100円ちょいのおにぎりでいいか。なんて思いながら、売店のおにぎりコーナーを見た。

「手作りおにぎり 180円」

おい。手を出せないよこれじゃあ。

『手作りなんてしないで機械で作って安く売れよ。』これは彼女が実際に発した言葉である。空腹と貧困は人の倫理観をぶっ壊す。

結局ここでも晩飯は買えず、缶コーヒー130円だけを買ってSAを後にした。

1年半前にフルーツ公園に行った時、周りがクソみたいな田舎道で、農家しかなかったのを思い出した。コンビニなんてないんじゃないか。不安が僕らを包み込んだ。

高速を降りて、10kmで公園に着く。5km走ってもコンビニは見えてこない。終わった。俺達は餓死するんだ。みんな今までありがとう。意識が朦朧としだしたその時だった。見慣れた青い牛乳瓶のマークが見えた。ローソンだ!!

車を停めて、コンビニに入った。イートインスペースもあるではないか。天国のような場所だ。弁当も半額になっていたので、僕は炒飯弁当とどん兵衛を持ってレジに行った。どうやら店員は1人らしく、奥で皿を洗っている店員を呼んで、会計してもらった。これだけ食べて450円程度。良い。

さっそく弁当を温めていると、店内に「すいませーん、すいませーん!」と良く聴き慣れた声が響いた。店員さん1人だから呼んでるんだなと思っていた。

「あはははは!すいませーん!」

なぜ笑っている。店員がこないのもすごいが、なぜ笑える。

きっと、食べることが使命と日々豪語している彼女にとって、飯が食えないかもしれないという絶望感が、急にコンビニが現れて大きな安堵感に変わり、精神をおかしくさせたのだろう。

第3話 眠りにつくまで

晩飯をたいらげた僕たちは、目的地であり、宿泊地でもあるフルーツ公園に向かった。公園に到着するとすでに車が何台も停車していた。中には窓を全てカーテンで隠している車も何台かあった。おそらく車中泊だろう。

ここでいくつか問題がある。まず、僕の車にはカーテンがない。外から丸見えである。次に、僕の車は軽自動車である。寝るには狭いかもしれない。

2つ目の問題点を解消するために、前のシートを極限まで前に出して座席を倒して見た。すると、頭の部分を取ってしまえば後部座席と合わせて完全に平らになることがわかった。ライトも使えば本も読める。

すごい快適だ!!!! 2人して感動した。

せっかく来たので公園を散策してから寝ることにした。

車に戻って来て、いよいよ寝ようと思って毛布を分けた。さっそく寝転がるのだが、ここでも問題が発生する。僕は寝る時の基本姿勢はうつ伏せである。彼女は仰向けなのだ。価値観の違い。この違いは今後大きな問題になるかもしれない。

うつ伏せで寝る僕を罵る彼女。別にうつ伏せで寝たっていいじゃない。

この価値観論争が終息したと思ったら、今度は斜め前にヤンキーの車が停まった。ライトでこちらを照らしている。

「絶対笑い者にされてるよ… 軽自動車のくせに車中泊してるぞって。じゃんけんして負けたやつがあの雑魚車ひっくり返すみたいな遊ばれ方するんだ。」

僕の中の草薙が言っている。

同伴者もさぞ怖がっていることだろう。横に目をやると、なんとうすら笑みを浮かべながら相手の車を見つめている。

なんという強心臓。毛布とライトがあれば倒せるとでも思っているのだろうか。

僕は関内駅のマリナードを通る時の子連れの母親のように、「見ちゃダメ」と言った。

やっとヤンキー達が帰り、これで眠れると思った。

その時、遠くの方から歌声が聞こえた。男が5人くらいで円になって歌っている。もしかしたらゴスペラーズなのかもしれないとすら思うくらい、自信ありげに歌う彼らを見てなんだか羨ましくなった。

このままゴスペラーズを聞いていては眠れないので、駐車場の奥の方へ車を移し、やっと眠りについた。毛布がこれだけあれば死ぬことはないだろうと思って、無防備に爆睡した。

第4話 朝

翌朝は6時に目が覚めた。隣をみると、毛布に包まっている物体があった。首のあたりを触ってみると冷たくなっている。

「さむい…」

かすかに聞こえた。やばい、このままでは確実に死んでしまう。でもなんだか可笑しかった。数時間前までこれだけ毛布あれば余裕だろ、とかほざいていた人間が、翌朝、見たことないくらい小さく縮こまり冷たくなっている。

とは言っても死なれては困るので、エンジンをかけて暖房をつけた。

「さ…むい」

”む”にアクセントのついた寒いは本当に寒いときのやつだ。これはまずい。頼むから生きててくれよと願っているうちに僕も眠りについていた。

目がさめると、9時になっていた。横には朝とは見違えるほど気を取り戻した彼女がいた。

しかし、僕の喉は死んでいた。暖房の中で寝ると乾燥で死ぬ。魔女からもらったスポンジもからっからになっていた。最善を尽くしてくれていたらしい。ありがとう、スポンジ。

とにもかくにも、2人して脈のある状態で次の日を迎えることができたのはいいことだ。

魔女からもらったタオルで車の結露を拭き取り、車を出発させた。

第5話 信玄餅

2日目は、信玄餅の工場に行って帰宅するという予定だった。

信玄餅工場では、220円で信玄餅詰め放題ができる。僕たちのために作られたかのようなサービスだ。

工場に着くと、駐車場は満車。臨時の駐車場に案内され、工場に行ってみると信じられない人だかり。山梨県民よりも多かったかもしれない。

信玄餅の詰め放題の整理券の配布は終わっていた。クソ。

工場の中にはアウトレットがあり、格安で買える。よって見ることにした。そこにはキラキラ輝く信玄餅と煎餅が並んでいた。

前日あまり予算を使わなかった僕たちは、ここぞとばかりに財布の紐を緩めた。

「お母さんの喜ぶ顔が見たい。だからお土産を買う。」

そんな心にも思ってないことを大義名分に、馬鹿みたいに信玄餅や煎餅を買った。信玄餅アイスも食べた。

大満足の僕らは山梨を後にすることにした。

エピローグ

帰り道今回の旅で使った額を計算した。

彼女はお土産代込みで2000円。

僕はお土産代を除いて2000円。

言葉のトリックに引っかかっていただければ、今回の旅行は2000円以内に収まったことがお分かりいただけると思う。

新型コロナウイルスの影響で、バイトが削られてしまってお金がない…

でも学生として春休みの思い出を作りたい!!

そんな人はぜひやって見てください。

楽しさを決めるのは使った額じゃない。体験とハプニングなのだ。



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