夢路いとし・喜味こいし「ありがた迷惑がいっぱい」

いとし:今日、この阿知須町へ来る時、新大阪でお婆さんに「西大寺へはどう行けばいいんじゃのう?」と尋ねられましてね

こいし:西大寺

いとし:「ああ、西大寺は岡山やから、私と同じ列車に乗りなさい」言うて、切符を買わせて乗せたんや

こいし:そう言えば、岡山に裸祭りで有名な西大寺あるわな

いとし:で、岡山駅に着いて、西大寺までの乗り換えを説明して、そのお婆さんを降ろそ思たら、そのお婆さんが言うねん

こいし:どう?

いとし:「わしゃ、奈良の西大寺へ行きたかったんじゃがのう」

こいし:方向全然違うやないか!

いとし:「奈良の西大寺やったら、そうと何で言いまへんねん」て言うたんや

こいし:お婆さんどう言うた?

いとし:「言う前に、あんた新幹線に押し込めましたがな」

こいし:なんでちゃんと聞いてから乗せてやらんねん!

いとし:お婆さんに言うてやりましたがな、「乗ってからでも、奈良の西大寺やと言うてくれたら、途中の駅で降ろせましたがな」て

こいし:ほなお婆さんどう言うた?

いとし:「わしゃこの新幹線、新大阪発、岡山回り奈良行きやと思とったんじゃ」

こいし:行くかい!・・・で、そのお婆さん、結局どうしたんや?

いとし:ごじゃごじゃ言い合うてるうちに、私らが降りる小郡駅まで着いて来て、今、この会場のどこかで、私らの漫才見てるはずや

こいし:どこまで連れて来てるねん!

いとし:しかし、こっちが良かれと思てしたことが、相手にとっては迷惑やったいうことはよくあるね

こいし:あるね。こないだ私が散歩してたら、人が車の下敷きになってるねん

いとし:交通事故やないか!?

こいし:こら移動せないかんと思て、その下敷きになってる人の両足を掴んで引きずり出したんや。ほな「誰じゃ!人が車の修理をしてるの邪魔するのは!」言うて、怒鳴られたがな

いとし:そう言えば、私が散歩してる時に、人相の悪い男を、渡哲也みたいな顔の男が一生懸命追いかけてるねん、私は、刑事が犯人を追いかけてるねや思てね

こいし:そら思うがな

いとし:私は逃げてる男に思い切りしがみついて、捕まえたがな

こいし:捕まえたか!

いとし:ほな、「こら!誰じゃマラソンの邪魔する奴は!」や

こいし:・・・マラソンやったら、ランニングシャツにパンツ姿やから、それとすぐにわからんかったんかい!

いとし:私、最近めっきり目が悪くなりましてね

こいし:目が悪いのに、後ろの男が渡哲也みたいな男てようわかったな

いとし:なんぼ目が悪くても、自分の顔にそっくりの人の顔は分かりますよ

こいし:勝手にせい!

いとし:本当、良かれと思てしたことが、相手にとって迷惑なことて多いね

こいし:この前、ズボンを履いた女の子がカッターシャツの裾をズボンから出して歩いとんねん。私は、「お嬢さん、シャツの裾が出てますよ」て言うたら、「ほっといて、これはわざとそうしてるのよ!」や

いとし:君は何にも知らんねえ。カッターの裾を外に出して着るのは、今流行ってるねんで

こいし:私はそれを知らなんだんや

いとし:私なんかでも、背広を着た時、時々、カッターシャツの裾がはみ出してたり、ネクタイが襟の上から結ばれてる時あるやろ、あれ流行を追うてるねんで

こいし:嘘つけ!だらしないだけやないか!

いとし:反対に、人が良かれと思ってやってくれたことが、自分にとってはありがた迷惑やいうことも良くありますね

こいし:あるねえ。この前私、カメラ屋のショーウインドの前に立って、カメラをじっと見とったんや。ほな、漫才の若い子が「師匠、カメラやったらあっちの方が安いでっせ」言うて、無理やり私の手を引っ張って連れて行きよるねん。あれ程のありがた迷惑は無かったで

いとし:安い店の方がええの違うか?

こいし:私はカメラが欲しいてショーウインドを見てたんと違うねん。ショーウインドを見る振りをして、落ちてた千円札を靴で踏んどったんや。人通りが無くなるまで待と思て

いとし:・・・そう言えば、私がかばんを体の前に両手で抱えて持ち歩いてた時に「師匠、私が持ちます」言うて、そのかばんを持って行かれた時は、ありがた迷惑やったね

こいし:なんで?かばんを持ってもろたら楽やないか

いとし:私、ズボンの前のファスナーが壊れてたから、それを隠すために、かばんを前に抱えてたんやで

こいし:・・・いろいろありがた迷惑はあるよ

いとし:私が孫をおんぶして散歩から帰る途中に孫が「おじいちゃんしんどいやろから降りる」言うて、そのまま家へ走って帰られた時も、ありがた迷惑やったで

こいし:なんでや?おんぶせんでええのやから楽やないか

いとし:その時、私のズボンのお尻ほころんでたんやで、それを隠すために孫をおんぶしてたんやで

こいし:・・・安物のズボン履くな!

いとし:お尻のほころびを人に見られるの恥ずかしいから、私、家まで塀づたいに、忍者歩きで帰りましたよ

こいし:ええトシして情けないな!

いとし:嫁はんと二人で散歩していた時に「ワァー、美しい奥さんですね!」と人から声をかけられた時、あれも、えらいありがた迷惑やったね

こいし:・・・そんな人ほんまにおったんか?

いとし:いたんですよ

こいし:しかし、あの嫁はん、どっからどう見ても美しくは見えんで

いとし:私もそれは思いますよ

こいし:望遠鏡で見ても、水中メガネで見ても、摺りガラスで見ても、絶対美しく見えんで

いとし:そこまで言われとないわ!

こいし:絶対それ、お世辞ですよ

いとし:そのお世辞がありがた迷惑やと私は言うとるねや

こいし:ええやないか、自分の嫁さんを誉めてもろてるねや、悪い気せんやろ

いとし:そら、嫁はんがおらん時なら悪い気もせんけど、嫁はんの目の前でそれを言うてるねんで

こいし:いかんか?

いとし:今までうちの嫁はん一回もそんなこと言われたこと無いねんで。それを「ワァー、美しい奥さんですね!」と言われたんやで

こいし:どや言うねん

いとし:家帰って、言われたことを親戚中に電話するわ、近所への回覧板に回すわ、どんだけ周りの人が迷惑やったか

こいし:・・・えらいこっちゃする嫁はんやなあ

いとし:君とこの嫁はんが「美しい」なんて言われたら、飛行機からビラ撒いて世間に知らせるの違うか?

こいし:飛行機からどうて?

いとし:でも大丈夫。うちの嫁はんと違ごて、例えお世辞であっても、君とこの嫁はんには、人は「美しい」とは絶対に言わんよ

こいし:ほっとけ!

いとし:まあ私が一番、ありがた迷惑やなあと思うのが、この前、表彰を受けたことですね

こいし:表彰と言うと?

いとし:私らも長年漫才をやらせてもらっているおかげで、いろいろな賞を頂きました

こいし:頂いたね。漫才大賞、お笑い大賞

いとし:放送文化賞、ノーベル賞

こいし:誰がノーベル賞なんかくれるかい!・・・で、そのありがた迷惑な賞いうのは?

いとし:実はうちの町内から、第一回名誉町民賞というのを頂きましてね

こいし:名誉町民賞?

いとし:50年以上も漫才をしてる人がうちの町内に住んでるのは、町内の誇りや言うて

こいし:嬉しいこっちゃないか、なんでありがた迷惑やねん

いとし:賞状だけで賞金なしやで

こいし:せこいこと言うな!町内会には予算無いねん。それより、その気持ちが嬉しいやないか

いとし:気持ちもうれしいけど、やっぱり気持ちよりも現金ですよ

こいし:言うないうねん!

いとし:賞金のことはともかく、そんな賞をもろた為に、町内の人の私を見る目が全然変わってしもてね

こいし:というと?

いとし:昨日なんか、私が散歩してると、親子が私のそばへ来て、「親の言うことを聞くのよ、そーうすればこんな立派な人になれるのよ」

こいし:ホー、そんなことを君に

いとし:賞もらうまでは「親の言うことを聞くのよ、聞かんだらあんな人になってしまうのよ」やったんやで

こいし:違いすぎるやないか!

いとし:今朝でも、私の家に向かって町内の人が、手を合わせて拝んでたで

こいし:手を合わせて拝んでた!?

いとし:君とこの家、やっぱり今でも町内の人、石投げてるか?

こいし:投げてるかい!

いとし:賞をもろた為に、私なんか町内から神様扱いや

こいし:結構なことやないか

いとし:結構なことあるかいな。生活がいっぺんに窮屈になってしんどいで

こいし:どう窮屈やいうねん

いとし:考えてみ、神様がお尻ほころばせて、忍者歩きで家へ帰れると思うか?

こいし:・・・出来んわな

いとし:散歩一つするのにも、気つこてせないかんがな

こいし:なるほど

いとし:家へやって来る人への応対にも、そら気を使いますよ。とにかく、私は神様扱いやから

こいし:「こんちわ、酒屋ですけど」

いとし:「おお、これはこれは、酒屋でごじゃるか。もそっとそばへ、まろは苦しゅうないぞ」

こいし:言葉まで変えんでええねん!

いとし:「そうやね、今日もいつも通りに焼酎一本お願いしよか」

こいし:「へっ、焼酎!?」

いとし:「いかんか?」

こいし:「名誉町民第一号が焼酎ではいけまへんで」

いとし:「そうかなあ」

こいし:「やっぱり、名誉町民第一号には吟醸酒ぐらい飲んでもらわな」

いとし:「そうでっか」

こいし:「名誉町民第一号というのは、町民の鏡であり、神様でもありますねん。そやから奥さんにも言うといてください、これからは安酒に安い米はあきまへんで。肉にしてもスーパーで買うのあきまへんで、本場の松坂牛を取り寄せて食べてもらわな。町民の恥やから」

いとし:「で、それだけの物を食べるに当たって、町内からの援助は?」

こいし:「一切おまへん」

いとし:「・・・あのね」

こいし:「あっ、それから、先月分の代金、お支払い願いますか」

いとし:「いや、それもうちょっと待ってくれますか」

こいし:「アホなこと言いなはんな。名誉町民第一号と言えば、町民の鏡であり、神様でもあるんですよ。そんな人がツケを払わなんだら、町内全体が笑われますがな」

いとし:「・・・私、名誉町民やめさせてもらいますわ」

こいし:「今さらやめられますかいな。名誉ある賞なんやから」

いとし:「名誉いらん、生活の方が大事」

こいし:「言うときますけどね、なんでいとっさんが名誉町民に選ばれたか知ってますか?」

いとし:「漫才を50年以上やったからでっしゃろ」

こいし:「それは建前でんがな」

いとし:「ほな、私が名誉町民に選ばれて、町民の鏡とか神様扱いにされる本当の理由は?」

こいし:「あんたが町内のいろんな店からしてる借金を、全部払わす為でんがな」

いとし:もうええわ!

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