夢路いとし・喜味こいし「言い訳相談所」
いとし:君に頼みたいことがあるんですけどね
こいし:頼みたいことて?
いとし:これからうちの嫁はんに電話かけて、言うて欲しいねん
こいし:嫁はんに電話で何を言うの?
いとし:たいしたことやないんやけどな
こいし:そやから何を言うの?
いとし:「奥さん、申し訳ありません。何もかも私が悪いんです!」
こいし:あのな・・・
いとし:「私が馬鹿だったんです、愚かだったんです。私は日本一のアホです。情けない男です」・・・これを言うてくれたらええねん
こいし:・・・何のために私がそんなこと言わないかんねん!?
いとし:理由は聞かんといて、別に君に関係ないことやし
こいし:関係ないこと無いやろ!私は「馬鹿だったんです、愚かだったんです、情けない男です」なんて言わされてるんやで
いとし:「日本一のアホです」が抜けとる
こいし:理由を聞かんことには、そんなことはいそうですかと言える訳無いやろ
いとし:実は私、昨日嫁はんに大阪へ出るついでに「電気冷蔵庫を買うといてくれ」と十万円預かったわけや
こいし:それで?
いとし:ところがその金、絶対に勝てると思てた競馬に使こて、スッカラカンになってしもたんや
こいし:そんなこと知ったら、あの嫁はんやったら只では済まんやろ
いとし:それそれ、嫁はんが怖おうて、正直なこと言えるかいな。言うたら最後、この世とあの世の間をさまよわならんがな
こいし:で、嫁はんにはどんな言い訳したんや
いとし:「小百合・・・実はな」
こいし:待て待て、君とこの嫁はん正子と違ごたか
いとし:吉永小百合に似たとこあるて、いっぺん人に言われてから、小百合と呼ばな聞きよらんねん
こいし:アホな!正子でええねん
いとし:「正子、実はな。君に頼まれて冷蔵庫を買いに行ったんやけどな。その途中でこいし君にバッタリ合うたんや。ところがこいし君、青い顔して道頓堀川へ飛び込みかけてるねや」
こいし:・・・なんで私が道頓堀川へ飛び込まないかんねん!
いとし:「こいし君から事情を聞いてみると、あの男、嫁はんからビデオデッキ買うようにと頼まれた十万円、競馬に使い果たして、家によう帰らん。死ぬしかないとこうや。あいつってホンマにアホやろ」
こいし:競馬に使い果たしたん、君やないか!
いとし:「余りにもこいし君が哀れで可哀そうやったから、君から預かった十万円をやったんや。君には悪いけど、今回は勘弁して、人助けやねん」
こいし:何が人助けや!
いとし:な、頼むわ。うちの嫁はんに電話しといて。ほな嫁はんの気も治まるし、私も助かるし、君も十万円貰ろて得やし
こいし:貰ろてへんちゅうねん!
いとし:でも、君は電話かけるだけで損はせえへんのやで
こいし:何言うてんねん、私がそんな電話かけたら、私に対する君とこの嫁はんの信用が落ちるやないか
いとし:元々君には信用無いんやからええやないか
こいし:・・・元々信用無いて、君とこの嫁はんに今まで私、一回でも信用を無くすようなことしたか?
いとし:してへんよ
こいし:ほななんで私が君とこの嫁はんに信用無いねん
いとし:去年の十月と今年の二月に私が嫁はんに出してもろてスナックで大騒ぎした金。名目上は、君が不祥事を起こして、私が尻ぬぐいをさせられた金いうことになっとんのやで。君の信用、うちの嫁はんにあるわけ無いやろ
こいし:勝手にせい!
いとし:そういうことやから、うちの嫁はんに電話頼むわ
こいし:しかしやねえ
いとし:その代わり、立場が反対になった時は、私が君とこの嫁はんに電話するがな
こいし:ほな、私が嫁はんから預かった十万円を使い込んだりした場合は、君がうちの嫁はんに電話して?
いとし:嫁はんに言うたるがな・・・「あんな男と早よ別れなさい」て
こいし:アホな!しかし考えてみたら、君は何事につけても言い訳の多い男やね
いとし:確かに多いですね
こいし:こないだも、仕事にこの人遅れて来て、その言い訳が「いやいやどうもどうも、85歳になるうちの親父が脳卒中で倒れましてねえ」や
いとし:向こうの人、それを聞いて怒らずに納得してくれたがな
こいし:僕は弟やで、君に親父が脳卒中と聞いて、飛んでいったら、親父、卒中どころか元気に体操中やったやないか
いとし:考えてみたら、遅刻の言い訳では、今まで親父には14回脳卒中になってもろてますわ
こいし:奥さんが急に産気づいてという言い訳も、ようやってたわな
いとし:考えてみたら、嫁はん今まで26人子供産んでますわ
こいし:無茶苦茶やないか!・・・まあしかし、デタラメだらけの言い訳なんてやめとけな。昔から男が言い訳なんかしたらいかんと言うやろ
いとし:けど、例えデタラメでも、言い訳することで物事がお互い丸くなることかて多いんですよ
こいし:言い訳で物事が丸く治まるて?
いとし:そう、例えば君が朝帰りをして、嫁はんにその訳を問い詰められるとするわな
こいし:朝帰りして嫁はんに問い詰められたら?
いとし:君、正直に「お前の顔夜中に見るの怖いから、朝帰ったんや」なんてよう言わんやろ
こいし:・・・うちの嫁はん化け物か!
いとし:「仕事の付き合いで遅うなった。電話入れよ思たんやけど、ついうっかりしてしもて」と言い訳するやろ
こいし:そらする。例えその夜は女性と一緒にいようとも
いとし:なんやて?
こいし:例えその夜は女性と一緒にいようとも
いとし:見栄を張るな。夜中にあんたの横に一緒におれるほど恐いもの知らずの女性がおるわけないやろ。嫁はんならこそ、慣れだけで一緒におれるんやで
こいし:うちは化け物夫婦か!
いとし:こないだでもええ恰好で私に「今日は朝帰りしてねえ」て威張ってたけど、あれよう調べたら、あんた酔っぱらってドブにはまって、足がもつれて、酔いがさめる朝までよう這い上がらなんだだけやがな
こいし:いらんことを言うな!
いとし:君、もし息子から「お父さんは男のくせに、なんでいつもお母さんに頭が上がらへんの?」と尋ねられたら、どう答える?
こいし:「ほんまはお父さんの方が強いけど、女にまともに相手してもしょうがないから、お母さんに威張らせてるねん」て答えるやろね
いとし:そやろ、君かて言い訳してるがな
こいし:言い訳やて
いとし:そうや、その言葉、嫁はんの前ではよう言わんやろ?
こいし:まあな
いとし:でも息子には「体力、腕力、生活力、どれをとってもお母さんに負けるからや」と事実はよう言わんやろ
こいし:・・・確かに言い訳て、周りを丸く収める効果あるねえ
いとし:そやから私、言い訳相談所を作って、そのインストラクターをやろかなと思てるねん
こいし:言い訳相談所?
いとし:つまり、失敗して言い訳したいんやけど、ええ言い訳が見つからん人に、言い訳のアドバイスをしてあげるねん
こいし:(客になって)「あの、今度出来た言い訳相談所というのはここですか?」
いとし:「そうです、私が言い訳インストラクターの夢路いとしですが」
こいし:「相談に乗って欲しいんです」
いとし:「よろしい、では相談金として三千円頂きましょう」
こいし:「お金いるんですか?」
いとし:「ほんまは私、お金取りたないんです。けど、無料では相談に来た人がいらん気遣いますやろ。お金取った方が気楽に相談できる。ま、こういうことでお金頂きます」
こいし:「言い訳インストラクターだけあって、言い訳うまいなあ!」
いとし:「で、相談事というのは?」
こいし:「これ見て下さい」
いとし:「ホー、松の木の盆栽ですか。枝が折れてますね」
こいし:「実はこれ、うちの親父が一番大切に育ててたもんですけど、私の注意で折ってしまいまして。親父にどない言うて言い訳したらええもんか、相談に来たんですわ」
いとし:「なるほど、ええ言い訳がありますよ。隣の猫が屋根から飛び降りる時に折ってしもた。こう言い訳しなさい」
こいし:「・・・隣、猫いまへんねん」
いとし:「ほな、近所の猫でよろしいがな」
こいし:「近所にも猫いまへんねん」
いとし:「ほな、なんとか近所に頼んで猫飼うてもらうとか・・・」
こいし:「今からでは遅いわいな!」
いとし:「わかりました・・・突然の突風でズレてた屋根瓦が落ちて来て、それが運悪く盆栽に当たって枝が折れた。こういう言い訳でどうでっか。うん、これはええ言い訳や」
こいし:「うちの家、屋根瓦違ごてスレート屋根でんねん」
いとし:「・・・お父さんの隙を見て、屋根瓦にふき替えるとか」
こいし:「遅いちゅうねん!」
いとし:「わかりました・・・鳥が飛んできて、松の枝を折ったいう言い訳はどうでっか」
こいし:「鳥て?」
いとし:「例えば、スズメが飛んできてとか」
こいし:「スズメの重みで松の枝は折れまへんで」
いとし:「コンドルが飛んできたことにしたらどうでっか」
こいし:「うちはジャングルに住んでるのやおまへんねん!」
いとし:「そや、物凄くいい方法がありますわ」
こいし:「と言うと?」
いとし:「お宅、お父さんの怒りに触れるようなこと、他にしてまへんか」
こいし:「してまんのや。実は未だに隠してるんですけど、私、先月親父が大切にしてる壺を割ってますねん」
いとし:「その壺の問題も解決しましょ」
こいし:「と言うと?」
いとし:「まず割れた壺をお父さんに見せまんねん」
こいし:「見せたら親父、びっくりしまっせ」
いとし:「そこで言うんです『お父さん、大切な壺を割ってしもた、お父さんに申し訳がたちまへん。死んで詫びよ思てこの松の木で首吊ったら、折れてしまいました』」
こいし:「あんたホンマに言い訳インストラクターかいな!盆栽の松の木でどないして首吊れまんねん!」
いとし:「ほなこんなんはどうや。盆栽の松の木に向かって『立派な松の木や、さすがお父さんの育てた盆栽は凄い』と言うたところ、松の木が『誉めてもろておおきに!』とおじぎしよって、その時、おじぎしすぎて折れてしもたいうのは?」
こいし:「私、帰らせてもらいますわ」
いとし:「お次の相談者の方、どうぞ」
こいし:「よろしくお願いします」
いとし:「あなたの相談事は?」
こいし:「私、ある会社の部長をやってるんですけどね」
いとし:「部長さんでっか」
こいし:「実は昨日、部下の結婚式があって出席せないかなんでしたんや。ところがコロッと忘れしもて、朝から釣りに行ってしまいましたんや。どない言い訳しまひょ」
いとし:「これは私の最も得意とする相談でんな。こない言いなはれ。新婚旅行から帰ってきたらすぐに電話入れましてね」
こいし:「親父が脳卒中いうのあきまへんで」
いとし:「・・・なんであきまへんねん。この手は相手を納得させる一番ええ手でっせ」
こいし:「うちの親父、十年前に死んでまんねん」
いとし:「・・・ほな、この手があります。奥さんが」
こいし:「急に産気づいたいうのあきまへんで」
いとし:「・・・なんで?」
こいし:「うちの嫁はん62歳、もう産気づかん」
いとし:「・・・ほな、この手はどうでっか。結婚式に車で行く途中ですね」
こいし:「交通渋滞に合うて間に合わなんだいうのあきまへんで。その手、他の言い訳の時使こてまんねん」
いとし:「・・・ほな、あんたが前の晩、荷物を担いで」
こいし:「ギックリ腰になって動けんようになったいうのあきまへんで。他の時に三回使こてまんねん」
いとし:「・・・ほな」
こいし:「家が火事になったいうのあきまへんで、五回使こてまんねん」
いとし:「・・・あんたもよう言い訳の手使こてまんなあ。それやったら、もう正直にコロッと忘れてしもてたと言ったらどうでっか?」
こいし:「そういう訳にはいきまへんねん。その結婚式にはどうしても私が出席せな、人から笑いものになるという、深い事情がありまんねん」
いとし:「難儀やなあ・・・ところでお宅、お子さんは?」
こいし:「娘が一人いてます」
いとし:「娘さんが交通事故で行かなんだいう手はどうでっか?こらええ」
こいし:「でも、その手は信用してもらえまへんで」
いとし:「なんで信用してもらえんの?」
こいし:「部下と結婚したん、うちの娘でんねん」
いとし:こらあかんわ!