夢路いとし・喜味こいし「審査員の心得」
こいし:ちょっと尋ねるけど、君は食べ物にはうるさい方か?
いとし:うるさいですねえ食べ物には
こいし:そんなにうるさいか
いとし:食べ始めから終わりまで喋りまくりながら食べますね。行儀悪いけど、うるさい方がつばがよう出て消化にはいいんですよ
こいし:そのうるさいと違うねん!つまり、グルメ人間かと聞いてるねん
いとし:いえ、私は大阪人間ですよ、久留米には叔父が住んでるだけですが
こいし:違うねん!君は食通やろ!?
いとし:いえ、神経痛ですが
こいし:なめとんのかい!子供やあるまいし、私の言うてることがわからんわけがないやろ
いとし:つまり君は私に、舌が肥えているかどうかを聞きたいんでしょ
こいし:そうそう、で、どうやねん、君、舌肥えてるねやろ?
いとし:やせてますわ。細いねん、私の舌
こいし:まだ言うとんのかい!
いとし:私、舌はやせてるけど、味に対しては肥えてまして
こいし:つまり、味がわかるわけやな
いとし:わかりますねえ、塩は辛い、薬は苦い、君の人生は甘い
こいし:なんで私の人生がここで出てこなあかんねん
いとし:酢はすっぱい、砂糖は甘い
こいし:そんなん誰でもわかるわ!もっと微妙な味のこと言うてるねん
いとし:わかりますよ。昨日の晩でも家帰ったら、八宝菜が作ってあるねん。それ食べて「うん、これは嫁はん違ごて娘が作ったな」とすぐにわかったで
こいし:ホー、どういうとこで?
いとし:嫁はん一昨日から九州旅行に行って、家におれへんねん
こいし:そらわかるわ!
いとし:しかし、なんで君、私にそういうことを聞くの?
こいし:実は、今度うちの町内で、主婦の料理コンテストがあるねん。私が司会進行を頼まれてるんやけど、君に審査員をやってもらお思てね
いとし:やってもええけど、何人の主婦がコンテストに参加するの?
こいし:約20人が料理を作るねん
いとし:20人?私、そんなようけ食いきれるやろか
こいし:別に皆な食べてしまわんでええねん!
いとし:審査員、引き受けましょ
こいし:引き受けてくれるのはありがたいけど、審査員の心得の基本は守れよ
いとし:審査員の心得の基本と言うと?
こいし:いかなるコンテストでも、公平な審査をすること、相手が美人やからいうて、点を甘くすることはもってのほか
いとし:美人コンテストでもか?
こいし:美人コンテストは別や!
いとし:美人コンテストと言えば、私、昔その審査員やったことあるねん
こいし:美人コンテストの?
いとし:優勝したんがうちの今の嫁はんでして
こいし:・・・君、あのイノシシを優勝させたん?今度の審査員、頼むのやめるわ
いとし:何言うてるねん。今は嫁はん体重68キロやけど、当時は42キロやで
こいし:考えられんねえ
いとし:今は嫁はん身長158センチやけど、当時は168センチやで
こいし:そないに変わったりするかい!
いとし:私は審査員の経験は豊富でして
こいし:素人の漫才コンテストの審査員は二人でようやりましたね
いとし:ようやったね。私は決して小さく器用にまとまってるコンビを選んだりはせなんだね
こいし:どういうコンビを選んだ?
いとし:司会に「好きなコンビは?」と聞かれて「いとし・こいしさんです」と言うコンビを選んだね
こいし:私情を挟み過ぎや!
いとし:歌のコンテストの審査員もやったことあるね
こいし:君に、歌の上手い下手がわかる?
いとし:わかりますよ。美空ひばりかうちの嫁はんか、どっちが歌うまいかそんなんすぐわかるで
こいし:そんなん歌聴かんでも誰でもすぐわかるわ!
いとし:小節の回し方のところで、うちの嫁はんの方がややうまいんです。・・・夫の欲目でしょうか
こいし:欲目過ぎるわ!
いとし:昔は頼まれたら、なんでも審査員を引き受けてましたけど、今はもう引き受ける基準を設けまして
こいし:ええこっちゃ、何でもかんでも引き受けたら値打ちが無くなる。で、君の審査員を引き受ける基準は?
いとし:謝礼をもらえるかタダかですが
こいし:・・・あのな?
いとし:で、今回の料理コンテストですが、謝礼の方は?
こいし:なんとか出してもろたる!
いとし:やっぱり、我が家が一年間なんとか食べていけるぐらいのもんは出るんでしょうね
こいし:誰が出すか!町内の料理コンテストやで、予算があるわけないやろ、謝礼いうても薄謝程度や
いとし:わかった。その分、作られた料理は皆な持って帰るで
こいし:恰好の悪いことすな!
いとし:どういう料理コンテストになるか楽しみやね
こいし:(司会になって)「皆さん、これより町内料理コンテストを始めますが、その前に審査員長の、夢路いとしさんに一言あいさつを頂きましょう」
いとし:「お集まりの主婦の皆さん、審査員長として私、一こと言わしてもらいます。今日の料理の材料には、ピーマンとニンジンは使わないようにしましょう」
こいし:なんでや?
いとし:「私、大嫌いなんです」
こいし:そんなもん知るかい!
いとし:「皆さん、料理は愛情と申します。だから私の審査の基準は、愛情に置きます」
こいし:ええこっちゃね
いとし:「さっ、この中のどなたが私との愛が芽生えるのでしょうか」
こいし:愛が芽生えてどないするねん!
いとし:「あっ、それから皆さん、調味料のお砂糖やミリンは控えめでお願いします」
こいし:なんで?
いとし:「私、糖尿病の気がございまして」
こいし:難儀な審査員やなあ!
いとし:「ゴボウや豆はじっくり煮るようにしましょう」
こいし:どうして?
いとし:「私、歯が悪いもんですから」
こいし:勝手にせい!
いとし:「それから、香辛料は控えめにお願いします。というのは香辛料は神経痛に良くないと、医者から止められてまして」
こいし:えらい審査員呼んだなあ!
いとし:「それから・・・」
こいし:まだあるんかい!
いとし:「私今、油気のものと塩分を医者から止められていて、冷え性で猫舌です。私の体にさしさわるものを作ると損ですよ」
こいし:作るもんあれへんやないか!・・・「さあそれでは、いよいよ開始して頂きますが、作る料理の予算は二千円以内ですよ、いいですか」
いとし:「邪魔くさかったら、現金で二千円、皿の上に置いて頂いても結構ですよ、私、そういう料理大好きですよ」
こいし:アホなこと言うてるのやないで!・・・「さあ、始め!・・・さあ、一斉に開始されました。制限時間の30分以内にどんな料理が出来上がるのか大変に楽しみです」
いとし:「山本さんの奥さん、ガスに火がまだ付いてない、火付けるのはそうと違う、つまみをカチャっと回して!カチャっと!」
こいし:「・・・さあ、いかなる料理ができるでしょうか」
いとし:「田中さんの奥さん、醤油が漏れてるんちゃうか!」
こいし:「がんばっております」
いとし:「鈴木さんの奥さん卵に殻が混ざってる!山田さんの奥さん油引き過ぎや!吉田さんの奥さんそないにバター入れな!北村さんの奥さんエプロンに火が付いてる!」
こいし:やかましい審査員やな!・・・「でも審査員長、奥様方の一生懸命に料理を作るこの姿、男として何か心を打たれるものがありますね」
いとし:(涙をぬぐう姿)
こいし:「泣いておられるようですが、どうしたんですか?」
いとし:「うちの嫁はんも、私に出す料理をこんなに一生懸命に作ってくれたらなあと思うと、泣けて泣けて・・・うちの嫁はん、おかず作るのに10分以上かけへん」
こいし:「こんなとこで情けないこと言いなはんな!さあ、時間はあと10分、後半に差し掛かって参りました。場内は美味しそうな匂いがいっぱいに漂っております」
いとし:(鼻をくんくんさせ)「ステーキの匂い、野菜炒めの匂い、冷ややっこの匂い」
こいし:冷ややっこが匂うか?
いとし:何言うてるねん。うちの嫁はんが出してくれる冷ややっこ、いつも匂うのばっかりやで
こいし:そら腐っとんねや!・・・「はい、制限時間が参りました。そこまで、皆さんきれいに盛り付けしております」
いとし:(涙をぬぐう姿)
こいし:「何を泣いてるんですか?」
いとし:「うちの嫁はん、こんなきれいに盛り付けしてくれたことない。出すのいつも鍋のまま」
こいし:「泣くな!さ、それでは順に見て参りましょう。山本さんの奥さんは酢豚ですね、審査員長、どうぞ召し上がってください」
いとし:(食べる恰好をして泣く)
こいし:「どうしました?」
いとし:「こんな旨い酢豚、うちの嫁はん一回も作ってくれたことあれへん。こないだなんかミートボールや思たら、間違えてゴルフボールが入ってまんねん」
こいし:なんちゅう嫁はんや!
いとし:「もっと頂こ、美味しいね」
こいし:「ちょっと待ってください。今あんまり食べ過ぎると、他のが食べられんようになりますから、酢豚はそれぐらいにしてください」
いとし:「ほなこの酢豚、ビニール袋に入れて持って帰るから、自分ら絶対食べたらいかんで」
こいし:やらしいな!
いとし:「ほな次いこ」
こいし:「中村さんの奥さんは、ちらし寿司です。錦糸卵とエンドウ豆、そして紅ショウガの色合いが何とも言えません・・・どうしたんですか?また泣いてますね?」
いとし:「うちの嫁はんがこの前作ったちらし寿司、エンドウ豆や思たらパチンコの玉や」
こいし:よう間違える奥さんやなあ!・・・「さあ次は山田さんの奥さん、美味しそうなビーフカツが出来ました・・・また泣いてるがな」
いとし:「この前、うちの嫁はん久しぶりにカツを揚げよった思たら、靴の中敷きを間違えて揚げよって、堅い堅い」
こいし:嫁はんの話はもうええねん!・・・「さあ、一回り見て試食して参りましたが、審査員長、今日の優勝の料理はなんだったでしょうか、発表をお願いします」
いとし:「発表いたします!!ドドドドドドドドド!」
こいし:なんやそれ?
いとし:ドラムが鳴って照明が回ってるの
こいし:レコード大賞の発表やないねん!町内の料理コンテストでそんなたいそうな用意が出来るかい
いとし:「発表します。鈴木さんの奥さんの特製天丼!・・・もおいしかったけど吉川さんの奥さんの柳川鍋!・・・これもおいしかったけど、中村さの奥さんのちらし寿司が一番おいしかった!・・・と思ったんやけど、近藤さんの奥さんのエビのサラダ!・・・が一番やと思たんやけど・・・」
こいし:はよ決めんかい!
いとし:「優勝は山本さんの奥さんの酢豚と決定致しました!」
こいし:「山本さんの奥さん、おめでとうございます!」
いとし:「・・・やっぱり、優勝は違うのにするわ」
こいし:「なんで?」
いとし:「思い出した」
こいし:「何を?」
いとし:「山本さんの主人がこの前教えてくれた競馬の馬券、ひとつも当たらへんかってん」
こいし:そんなこと奥さんと関係ないやろ!
いとし:「優勝は中山さんの奥さんの中華丼に決定しました!」
こいし:「気の毒やないか、山本さんの奥さんが!」
いとし:「中山さんの奥さん、おめでとうございます!」
こいし:「審査員長、中山さんの奥さんの中華丼が優勝となった決め手はどこでしょうか」
いとし:「さっきから中山さんの主人がこっちずっと睨んでるねん」
こいし:「・・・そういうことで決めてもらったら困りますねえ」
いとし:「そやけど私、あの主人に借金あるねん」
こいし:もうええわ!