夢路いとし・喜味こいし「交換しませんか?」

こいし:兵庫県の波賀町へ参りました

いとし:車でここへ来る途中、あそこへ寄りましてね

こいし:あそこと言うと?

いとし:あそこやないか

こいし:あそこではわからんねや!

いとし:君とこに不細工な嫁はんいるやろ

こいし:・・・うちの嫁はんがどうしたんや?

いとし:あの嫁はん、名前なんやった?

こいし:ミチや

いとし:途中、道の駅に寄りましてね

こいし:・・・そう言えば、ここへ来る途中に、みなみ波賀道の駅いうのがあったな

いとし:あそこで、嫁はんへの土産物を買いましてね

こいし:甘いものでも買うたんやな?

いとし:甘いものあかんねん、今、うちの嫁はんあれやから

こいし:あれというと?

いとし:あれやないかほら

こいし:あれではわからんねや!

いとし:ここどこやったかな?

こいし:波賀町(はがちょう)や

いとし:歯が痛いねん嫁はん

こいし:・・・医者へ行っとんのかい?

いとし:いや、行ってないみたいやね

こいし:医者へ行かせてやらんかい。君とこの家の向かいにあるやろ

いとし:アホな!うちの嫁はん、もう70歳越えてるんですよ

こいし:それがどうしたんや

いとし:・・・向かいの産婦人科へ行って何するのん?

こいし:あそこ産婦人科やったんか、歯医者違ごたんかい!

いとし:しかし待てよ、嫁はん「甘いものはあかんから、すっぱい物が食べたい」言うてたなあ

こいし:「すっぱい物が食べたい」てか

いとし:嫁はん、向かいの産婦人科に行かします。どうやらおめでたですわ

こいし:アホな!・・・まあしかし、我々のように年齢を取ると、欲というものがだんだんと無くなってくるね

いとし:ホー、君は欲が無いか?

こいし:無いねえ

いとし:・・・欲が無いのは、よくないよ

こいし:なんやそれ!

いとし:人間はいくつになろうと、欲は持ってないかんねん

こいし:そういえば君は、いまだに金銭欲も物欲も強いなあ

いとし:その代わり、入浴と海水浴が嫌いでして

こいし:ヨクの意味が違うねん!・・・君は近所では、欲張り爺さんで通ってるらしいやないか

いとし:それが嬉しいてね。それもこれも、鈴木健二さんの書いた「欲張りのすすめ」を読んだおかげですわ

こいし:それ「気配りのすすめ」やろ!”よ”と”き”ではえらい違いやねん

いとし:よきに計らえ三太夫

こいし:誰が三太夫やねん!君は物欲が強いから、物をよう捨てんやろ。その為に、君とこの家は物であふれかえっとるやないか

いとし:物であふれ返るのはまだましやないか。君とこの家は化け物であふれ返っとるやないか

こいし:うちに化け物がいるてかい!?

いとし:嫁はん・・・娘。どう見ても化け物

こいし:やかましいわ!とにかく、使わんような物をいつまでも大事そうに持ってんと、捨てたらどうやねん

いとし:そやからこの前、使えんようになった水屋を思い切って、粗大ごみの日に捨てましてね

こいし:それでええねん。例え水屋一つでも、ちょっとは家の中が広くなったやろ

いとし:それが家が狭まなったんや

こいし:なんでや?

いとし:捨てに行ったゴミ置き場から、まだ使えそうなタンスと本棚、拾ろて帰ったから

こいし:拾ろて帰るな!

いとし:まだ使える物は、どうしても勿体なくなってしもてね

こいし:それがいかんねん!しまいに近所からゴミ屋敷て言われるぞ

いとし:それは嫌やねえ

こいし:ほな、まだ使えても、思い切って捨てる勇気を持て

いとし:思い切って、まだ乗れる自転車、明日捨てますわ

こいし:そうせい、その思い切りが大切や

いとし:君とこから借りてる自転車やで

こいし:捨てるな!人から借りてるもんを捨ててどうするねん

いとし:やっぱり、まだ使える物まで捨てることは出来ませんね

こいし:あかんか

いとし:僕のように、物の無い時代に育った人間はそれが出来んね

こいし:そう言えば、君の育った応仁の乱の時代は、焼け野原で何もなかったいうからね

いとし:アホな!

こいし:捨てるのが嫌ならこうせい、不用品を売ってしまえ

いとし:売るて、どこで売るの?

こいし:最近はフリーマーケットいうのがあるねん。そこで売れ

いとし:フリーマーケット

こいし:うちの嫁はんも、年に一回フリーマーケットを出しよんのやけど、不用品は全て売り切りよるからね

いとし:それはおかしいやないか

こいし:何がおかしいねん?

いとし:不用品は全て売り切っていて、なんで君がまだ家にいるの?

こいし:わしゃ不用品か!

いとし:フリーマーケットに出すのはええけど、店番は誰がするの?

こいし:君の嫁はんにさせんかい

いとし:それは心配ですわ

こいし:何が心配やねん?

いとし:客が来て、品物はいらんけど嫁はんをうちの息子の嫁にほしいて言われてみい。僕、どないするねん

こいし:そんな客おるわけないやろ!そんなに心配やったら、君自身が店番をせんかい

いとし:けど、フリーマーケットいうのは、外でやらなあかんのやろ

こいし:当然、外でやる店やわな

いとし:それあかんねん、僕、太陽に当たると乾燥してしまうんです

こいし:・・・スルメみたいな男やな!

いとし:フリーマーケットは駄目です

こいし:ほな、品物の交換をしてもらう方法をとったらどうや

いとし:品物の交換いうと?

こいし:情報誌なんかによく、スキー道具一式あり、ゴルフ用品と交換して下さい。なんて出てるやろ。ああいう方式で交換してもらうねん

いとし:それいいね。早速情報誌に出しますね・・・古くなったベッドあり

こいし:古くなったベッドあり

いとし:新品同様の寝台と交換して下さい

こいし:誰が交換するか!ベッドも寝台も同じやろ。古くなったもんより新品同様の方がええねん

いとし:無理ですか

こいし:君が新品同様の物を出さな、相手は食いつくかい。それも、同じ大きさの物と交換したんでは、君とこの家の整理が出来んやろ。小さい物を交換してもらえ

いとし:新品同様の段ボール箱あり

こいし:新品同様の段ボール箱あり

いとし:古くなった一万円札と交換して下さい

こいし:せえへん!

いとし:新品同様の骨董品あり

こいし:はあ?

いとし:古くなった骨董品と交換して下さい

こいし:新品同様やったら骨董品と違うねん!そんなもんと交換してくれるわけがないやろ

いとし:情報誌で交換してもらうというのも、色々と難しいな

こいし:よしわかった。私が直接君と物々交換してやろう。それの方が手間がいらんからええやろ

いとし:君の物と僕の物との交換ですか?

こいし:君の家の整理の為に、協力をしようやないか

いとし:それは有難いんですが、ただ一つだけ断っておきますよ

こいし:なんやねん

いとし:君とこの嫁はんと、うちの嫁はんの交換だけは絶対嫌ですよ

こいし:こっちが嫌じゃ!・・・実はいまうちにパソコンが二台あるねん。一台は不要やから、そのパソコンを君とこの交換に出そやないか

いとし:パソコンですか・・・パソコンとなら、うちは冷蔵庫

こいし:冷蔵庫と交換してくれるか

いとし:いや、冷蔵庫は一台しか無いから、交換できんねん

こいし:ほな、パソコンと何と交換してくれるねん?

いとし:冷蔵庫の中の、レンコンと糸コンでどうや

こいし:レンコンと糸コン!?

いとし:嫌ならダイコンも付けよ、もってけ泥棒!

こいし:いらんわ!そんなもん、値打ちが全然違うやろ。うちはパソコンやぞ

いとし:(ブツブツと喋る)パソコンや言われても、僕はパソコンの打ち方知らんし、今更覚える気も無いし、無理して覚えても目が疲れるだけやし

こいし:何をブツブツ言うとんねや!?

いとし:ブツブツ言うのはしょうがないやろ。ブツブツ交換するんやから

こいし:アホな!わかった、パソコンはやめとこ、君には無理や

いとし:他に何かないんかい?

こいし:うちに、九官鳥が一羽おるんやけどね

いとし:九官鳥いうたら、君とこの嫁はんみたいによう喋る?

こいし:・・・よう喋るわな

いとし:君とこの嫁はんみたいに真っ黒けの?

こいし:いちいちうちの嫁はんを出すな!・・・孫が世話してたんやけど、その孫が東京の大学に行ったもんやから、世話する者がおらんねや

いとし:その九官鳥、どんなこと喋るの?

こいし:「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」やろ

いとし:ホー、それと?

こいし:「ようこそいらっしゃいませ」

いとし:「ようこそいらっしゃいませ」

こいし:「いとっさんてちょっとアホやで」

いとし:・・・君、そんなことまで九官鳥に教えてるんか

こいし:これは教えたんと違うねん。私と嫁はんの会話を勝手に九官鳥が覚えよったんや

いとし:余計悪いわ!・・・あと、どんなこと喋るわけや?

こいし:「行ってらっしゃい!」

いとし:「行ってらっしゃい!」

こいし:「いとっさんの奥さんに、男が出来たみたいやで」

いとし:待て!君とこの夫婦は、そんな会話をしとるんか!?

こいし:これは会話と違ごて、私が九官鳥に教えたんや

いとし:教えるな!

こいし:どうや、九官鳥いらんか?

いとし:面白いから飼うてみるわ

こいし:ほな、九官鳥の交換として、君は何を出してくれる?

いとし:百科事典はどうや?

こいし:百科事典ねえ・・・言うとくけど、九官鳥いうのは値段高いねやぞ

いとし:何を言うとるんですか、九官鳥より、うちの百科事典の方が一つ上なんやから

こいし:九官鳥より一つ上いうと?

いとし:全十巻やねん。キュウカンより一つ上や

こいし:カンの意味が全然違うやろ

いとし:あっ、そうか・・・これがホンマのカン違いでした

こいし:しょうもないシャレを言うな!

いとし:百科事典が嫌なら、うちで飼うてる犬と交換しよか

こいし:犬?

いとし:そう、うちの犬は賢うて、よく喋る犬ですよ

こいし:ちょっと待てや、九官鳥が喋るのは分かるけど、犬が喋るわけがないやろ

いとし:それがちゃんと喋るんですよ

こいし:どんな言うて犬が喋るの?

いとし:お腹が減った時には「ゴハン!ゴハン!」言うて喋るからね

こいし:それ、飼い主の欲目で聞くから「ゴハン!ゴハン!」に聞こえるだけ違うか?

いとし:いえ、はっきりと「ゴハン」と言いますからね、うちの嫁はんよりも発音はええのやから

こいし:嫁はんよりも発音ええ言うと?

いとし:うちの嫁はんはいつも「あんた、グアン出来たよ」やからね「ゴハン」やなしに「グアン」言いますからね

こいし:品の無い言い方する嫁はんやなあ

いとし:その犬に「ドッグフードを食べるか?」と聞くと「クークー!」て返事しよるからね

こいし:それは、ただ「クークー!」て鳴いとんねや

いとし:そんなことあるかいな。腹がいっぱいの時は「クアン!クアン!」て言いよるのやから

こいし:鳴いとんねや!

いとし:違います「ご飯食べせてやるから、何に入れて欲しい?」て聞いたら、ちゃんと「オワン!オワン!」て喋りよったんやから

こいし:喋べっとんのと違う、鳴いとんねや!・・・とにかく、そんな犬とは交換していらんねん

いとし:交換駄目ですか

こいし:喋る犬なんかいらんわ。うちの家は、嫁はんの喋りだけでもやかましいて困っとんのやから

いとし:喋るのが嫌なら、わかりました。ほな、うちにあるラジオと交換しましょう

こいし:ラジオ!?

いとし:昔はラジオよう喋ってたけど、最近はうんともすんとも喋らんようになったんや

こいし:壊れとんねや!

いとし:静かでもラジオですよ

こいし:もう交換はいらんわ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?