若井小づえ・みどり「旅はミステリー」
みどり:羽昨の町へやって参りまして
小づえ:私、この町とはすごく縁が深いんですよ
みどり:どう縁が深いの?
小づえ:この町、羽昨(はくい)でしょ?私、面食い、すごく縁が深いでしょ
みどり:どこが縁が深いねん!羽咋と面食いと、くいが同じなだけやがな
小づえ:そんな言い方せんでもええでしょ。あんたちょっと自分が面食い違ごて、面食われや思て威張ってるでしょ
みどり:面食われてなんやねん!
小づえ:私、この町初めてですねん
みどり:私も初めてや
小づえ:初めての町て、見るもの皆なが新鮮に見えますね
みどり:見る物皆なが新鮮に
小づえ:あの婆ちゃんかて、すごく新鮮に見えるの・・・お婆ちゃん、まるで昨日産まれてきたみたい
みどり:しらじらしいな!
小づえ:しかし、知らない所を旅するのっていいもんですね
みどり:よろしいね
小づえ:♪知らない町を、歩いてみたい♪
みどり:おっ、歌が出たがな
小づえ:♪後の歌詞は知らなーい♪
みどり:なんじゃそれは!
小づえ:私って、旅の好きなお嬢さんですのよ
みどり:自分でお嬢さんて言うてどないするのよ
小づえ:人が言うてくれなんだら、自分が言わなしょうがないがな。皆さん、人は皆な私のことを行けず後家というのよ。確かに私、正真正銘の行けず後家よ、JASマーク付きの行けず後家よ
みどり:完全に開き直ってるがな!
小づえ:行けず後家でも、旅はできるでしょ。だから私、旅が好きなんです
みどり:変わった理由で旅が好きなんやね
小づえ:旅いうても、私に似合う旅は一人旅なんです
みどり:それは言える。新婚旅行はあんたには似合わん、一人旅が似合う
小づえ:そんな言い方ないと思うわ。あんたちょっと、自分が地下足袋が似合う女や思て威張ってるでしょ
みどり:地下足袋て・・・
小づえ:あんた、旅とは一言でいうとなんやと思う?
みどり:旅、そうね、一言でいうと、心の洗濯違うやろか
小づえ:・・・あんた、心の洗濯する前に、顔の洗濯しいや
みどり:いちいち気に障ること言う女やなあ
小づえ:心の洗濯も旅でしょう。でも皆さん、自然と人情との優美なる出合いこそ、旅の真髄やと思われませんか?
みどり:ええこと言うがな。で、それをやさしく説明すると?
小づえ:旅に出ると、自然がありまして、人情がありますね
みどり:優美なる出合いいうのは?
小づえ:皆さん、旅に出ると、夕焼けに飛ぶトンビに出合いますね
みどり:夕焼けに飛ぶトンビやから、ユウビかいな
小づえ:素晴らしい思いませんか?
みどり:・・・さっき、それが旅の真髄やなんて言うたわな。真髄てどういう意味?
小づえ:皆さん、海へ旅に出るとゴンズイという魚に出合いますね・・・真髄というのは、そのゴンズイの・・・
みどり:もうええもうええ!ええ格好して難しい言葉を使おうとせんでええねん!
小づえ:旅というても、私、型にはめられた旅は嫌いですねん
みどり:パックツアーとか、ああいうのが嫌いなわけやね
小づえ:旅に限らず、私は型にはめられることが嫌いなんですよ
みどり:旅に限らずというと?
小づえ:例えば、たい焼きよりも、私はお好み焼きの方が好きなんです
みどり:なるほど、たい焼きいうのは、鯛の型にはまってるわな
小づえ:お好み焼きははまってへんでしょ。そやから、なんぼでもコテで押さえて伸ばしたら大きできるでしょ。そんなん好きなんです
みどり:なんぼ型にはまってなんでも、押さえて伸ばしゃええいうもんと違うで
小づえ:私、͡コテで押さえ倒して、鉄板より大きいお好み焼き作ったことあるよ
みどり:なにするねん!
小づえ:その代わり、ソース沢山いりました
みどり:もうええねん!
小づえ:型にはまることが嫌いやから、私、結婚もしないんですよ
みどり:なるほど
小づえ:女の結婚て、結局は子供産んで子供育てて、あとは亭主の保険金を待つだけの型にはまったもんでしょ
みどり:恐い女やなあ!
小づえ:そやから、私は旅をする時でも、プランなんかたてませんねん
みどり:行き当たりばったりかいな
小づえ:そう、心の向くままゼニの向くままですねん
みどり:ゼニの向くままて・・・気の向くままと違うんかいな
小づえ:あんた、アホと違うか!今の世の中、なんぼ気が向いても、ゼニが無かったら旅出来へんのよ。今、国鉄の切符、百グラムなんぼするか、あんた知らんのやろ
みどり:・・・国鉄の切符て、あんなもん目方で買うもんか!?
小づえ:私、旅に出てやろうと心が向いたら、まず、持ってるお金を皆な百円玉に替えますねん
みどり:持ってるお金を百円玉に
小づえ:それをリュックに詰め込んで、駅へ行きますねん
みどり:百円玉をリュックに入れて?
小づえ:ほんで、百円玉をリュックから掴み取って「おっちゃん、こんだけで行けるとこまで切符ちょうだい」言うて買うねん
みどり:変わった切符の買い方やなあ!
小づえ:ほんでホームへ行って、来た電車に適当に乗りますねん
みどり:ええ加減な旅やなあ!
小づえ:でも、こんな旅ミステリーや思いませんか?
みどり:なんぼミステリーでも、そんなええ加減な旅、私ようせんね
小づえ:なんでようせんの?
みどり:(可愛子ぶって)だって私、女の子だもん
小づえ:・・・皆さん、この人女の子やったんですって。ミステリーってあるんですね
みどり:やかましいわ!
小づえ:でもなんで女の子やったら、そんな旅をしたらいかんの?
みどり:親が心配するでしょ
小づえ:親が何を心配するの?
みどり:女の子の場合、どこで何が起こるか分からんでしょ
小づえ:あんたの親、それを期待するの違う?
みどり:するかい!親はともかく、女の一人旅の場合は、ある程度のプランはたてないかんねん
小づえ:またそんな型にはまったことを言う。この人、ものすごい型にはまり人間なんですよ。顔かて、便所のボールを作る型にはめて作ってもろたんですよ
みどり:・・・そんなもんで、どないして顔が作れるねん!
小づえ:あんたね、人生なんて、何が出るかわからんから楽しいのよ
みどり:そらそうやけどね
小づえ:人間明日のことが分かってたら、ちっとも面白ないよ。もしかしたら、明日私が浩宮様夫人に迎えられているかもわからんから、人生楽しいのよ
みどり:そんなこと考えられん
小づえ:もしかして、明後日のあんたの顔が、ボーリングのボールに採用されているかもわからん、それが人生楽しいのよ
みどり:どこが楽しいねん!
小づえ:人生はミステリー、旅もミステリーですよ
みどり:わかったわかった、ほなあんたの好きなような旅をしたらええねん
小づえ:知らない駅に列車は着きます。そこで私は降ります
みどり:それが田舎の駅やったら?
小づえ:その田舎がええのよ。都会的センスしか持たない私には、田舎が魅力なのよ
みどり:・・・あんたのどこに都会的センスがあるねん!
小づえ:そんな言い方ないと思うわ。あんた、ちょっと自分が下へ落ちかけの柿の実に似てる思て、威張ってるでしょ
みどり:・・・勝手にせい!
小づえ:駅を降りた私は、田舎の道を歩きます
みどり:好きに歩け
小づえ:私は、道端に咲く野の花を見つけて、すごく感激するの
みどり:道端で野の花を見つけて感激するやなんて、あんたの心ってデリケートやね
小づえ:道端で財布見つけたら、もっと感激するよ
みどり:財布はええねん!
小づえ:マー、こんなところに野の花が、(花を摘み取る恰好)・・・マーかわいい
みどり:あんたにそんな心があったとはねえ
小づえ:(花を食べる恰好)マー、おいしい
みどり:食べるな!
小づえ:私はこういう旅がしたいんです
みどり:けど、田舎なんか、ホテルも何もないねんで、どないしてその日泊まるの?
小づえ:私、旅に出てもホテルに泊まったことありません
みどり:どうして?
小づえ:ホテルてほっといても部屋に鍵がかかってしまうでしょ?男の人に忍び込まれる心配が無いでしょ?
みどり:そうそう
小づえ:それが苦痛なの
みどり:何ちゅう女や!
小づえ:私は、旅に出ると必ず普通の民家に泊めてもらいますねん
みどり:普通の民家に
小づえ:良さそうな民家があるでしょ。ほな表の戸をドンドンと叩くねん
みどり:ほな、中から人が顔出しますわ
小づえ:あの、わたくし若い娘の一人旅でございますが、日が暮れて難儀しております。どうか一夜の宿を所望できないでしょうか
みどり:・・・えらい丁寧な頼みかたするねんな
小づえ:ほな家の人が「それはお困りでしょう、些末なあばら家ですが、こんなところでも、雨露しのぎにはなりましょう。どうぞお泊り下さい。外は寒かったでしょう。もそっと火のおそばへ、もそっと火のおそばへ」
みどり:・・・あんた、しょうもない時代劇の見過ぎ違うか!?
小づえ:こうやって民家に泊まるんです
みどり:そやけど、普通の民家がそう簡単に泊めてくれへんの違うか
小づえ:ちゃんと身分証明書も見せるのよ
みどり:なんぼ身分証明書見せてもやで・・・
小づえ:私の身分証明書には、東京都千代田区皇居内、若井美智子妃殿下て書いてあるのよ
みどり:・・・そんなええ加減な身分証で泊めるかい!
小づえ:それでもあかなんだら、リュックの中から、百円玉を掴みだして、こんだけがとこ、一晩お願いします言うねん
みどり:またかいな!
小づえ:ゼニを目の前に見せられたら、皆な泊めてくれるねん。(場内へ向かって)お客さん、泊めるでしょ!?
みどり:お客さんに聞くな!とにかく、泊めてもろたとしよ
小づえ:私がなんで旅に出て普通の民家に泊まるかいうと、家のお年寄りに、土地の民話を聞くのが楽しみなんです
みどり:なるほど、それは旅の味やね
小づえ:「ねえ、おばあちゃん、この土地の民話聞かせてくれはる?」
みどり:(お婆さんになって)「そうじゃのう、そんなに聞きたければ、一つこわーい話を聞かせてあげよう」
小づえ:「マー、私こわーい話大好き。おばあちゃん、私が若井みどりちゃんという子と出合ったんも、恐いもの見たさやったのよ」
みどり:・・・いらんこと言いな!
小づえ:「おばあちゃん、こわーい話てどんな話?」
みどり:「マーマー、そう慌てずに聞きなされ、夜も長いことじゃて、まずたばこでも吸わせてもらおうか」
小づえ:あんた昔、田舎のお婆さんやってたん違うか、うまいわ
みどり:「それではお話しましょう。昔、この近くの山に、お寺があってのう」
小づえ:「ヘッ!お寺がやて!」
みどり:「小さなお寺でのう」
小づえ:「ヘッ!小さなお寺やて!」
みどり:「そのお寺に、小坊主がいてのう」
小づえ:「ヘッ!小坊主がやて!」
みどり:「そうじゃ」
小づえ:「ヘッ!そうじゃやて!」
みどり:「やかましいな!静かに聞きなされ・・・そのお寺の小坊主さんが、山奥に栗拾いに行ったとな。ところが、道に迷ってしまってのう」
小づえ:「可哀そうに」
みどり:「小坊主さんが困っているところへ、一人の婆っ様が現れてのう」
小づえ:「婆っ様というのは、漫才弁で言うと、オバンでしょ?」
みどり:「そうじゃ、その婆っ様はのう」
小づえ:「その婆っ様、絶対ヤマンバや、私妖怪には詳しいねん。絶対ヤマンバや、ヤマンバいうのはお婆さんの姿をしてるねん、ほんで座敷童子いうのこんな恰好してるねん」(とみどりを指刺す)
みどり:「なんで私が座敷童子や!・・・そして、その婆っ様はのう」
小づえ:「やめて!私ヤマンバの話恐いねん。やめて、私ヤマンバ恐い!」
みどり:「・・・あんたの声の方がよっぽど恐いがな!」
小づえ:「恐い!ヤマンバ恐い!」
みどり:「恐いて、あんた旅はミステリー言うてたがな」
小づえ:皆さん、旅はヒステリーで行きましょう
みどり:あかんわ!
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