なかゆり

雪国新潟で3歳児男子を育てる母です。暮らしの中で考えたことを文章にしています。

なかゆり

雪国新潟で3歳児男子を育てる母です。暮らしの中で考えたことを文章にしています。

最近の記事

保活・幼活中の就活。頼れる物は全部頼って、使える物は全部使おう。

前回は保活・幼活について書きましたが、それと並行して進めていた自分自身の就職活動についてです。 以前勤めていた会社を6月に辞めました。その後、いろいろな事情があって就職活動をできる状態じゃなかったのが引っ越し前の3月まで。つまり9ヶ月間は雇用保険をもらえず、事情あって旦那なんとは離れて暮らし、実家で初めての専業主婦をしていました。 今思えば、関東に引っ越しをして落ち着いた後、すぐやるべきだったのはハローワークに行くことでした。なんだけど、やっぱり第1に保活が頭を占めていて

    • 引っ越しによる時季外れの保活・幼活の大変さの実体験

      2021年3月20日に引っ越しをして、再び関東在住となりました。 我が家には3歳の息子がいますが(今年4月から年少さんの学年)、いろんなことが未確定すぎて、引っ越し前の新潟にいる間に4月からスタートする新天地の保活なんて全くできなくて、保育園探しは引っ越し後からのスタート。 我が家は以前、東京で保育園に通っていた経験もありますが、今回は体験した時季外れの保活・幼活についてまとめたいと思います。 私たちの住む市では、周りの子たちは去年の10月には保育園の申し込みが始まり、

      • 【独学主婦の感想】フランス語。発音の学習は動画が一番いい。

        フランス語の学習を初めて数週間ほどですが、テキストの最初の方で発音のルールのページがありました。アルファベはまだCDで真似できる範囲だったけれど(いや、Rは??だけど)、綴り字記号のある母音、複母音、鼻母音、子音が2つ繋がっているものなんかは、CDを聞いても、口の動きがさっぱり不明だし、理解できないものが多すぎて・・・。これとこれは一体なにがどう違うのか??とか、どっから音出したらこうなるの??って感じで、CDをいくら聞いても頭の中は『???????』 まぁまぁ、ページが進

        • 赤ちゃんのように学びたい

          大寒波により雪に閉ざされ、数日間一歩も外出せず生きていました。ホント、コロナなくとも外に出られないのが雪国の暮らし。それにしても、この冬はひどい大雪です。 さて、フランス語学習ですが、熱い気持ちで本屋さんへ行ったは良いけれど、目星をつけていたテキストは置いていなくて(泣)、いろいろと立ち読みしてみたけれどピンとくるものがなく・・・。結局ネットで購入したのがこちら↓ 超基礎からの個人授業。この文章が決めて。 仕事をしていない主婦とは言っても、小さな子どもと丸1日一緒に生活

        保活・幼活中の就活。頼れる物は全部頼って、使える物は全部使おう。

          寒波が私の邪魔をする。いつできるのよ、フランス語。

          先日、フランス語をやるぞ~っ!と意気込んで、早速テキストを買いに行きたい衝動に駆られたが、金曜日から猛烈な寒波がやってきて、ニュースでもしきりに不要不急の外出自粛を警告していた。ここ新潟の真冬は、コロナでなくとも不要不急の外出は危険。いったいなんてところだ・・・ 現在も雪はしんしんと降り積もり、やむ気配は全くない。かなり溶けて無くなっていた路面の雪も、あれよあれよと積もっていく。こうなると運転はかなり怖い。道路は雪の壁だらけで視界は狭いし、ハンドルは取られるし、ちょっと外に

          寒波が私の邪魔をする。いつできるのよ、フランス語。

          主婦、ゼロからフランス語始めます。

          去年の初夏に正社員の仕事を辞めて依頼、毎日を3歳児の育児と家事と、そして大半ダラダラとしながら漠然と過ごしてきた私。コロナで外出がままならなかったというのもあるけれど、人生の目標や情熱を失ってしまい、時折すごくネガティブになって、夜中に目が覚めて今後の不安で眠れなくなったり。自由な時間があるほど、自分が今すべきことやしたいことが分からない。働いていたときは欲しくてたまらなかった時間が手に入ったとたん、逆に辛くなってしまった感じがする。2020年ほど、人生や生きる意味について真

          主婦、ゼロからフランス語始めます。

          ケチは受け継がれる

          お金の使い方は、親から子へ受け継がれるものなのだと、最近改めて思う。 私の父は私が中学生の頃に総合病院の勤務医から開業医になり、母はずっと専業主婦だった。小さい頃から、やりたいことはお金のかかることでもほぼやらせてくれたし、必要なものも必要なときにほとんど買ってもらっていて、『うちにはお金がない』と思ったことはない。お金を稼ぐ大変さを身をもって知った今、本当に自分は恵まれていたと思うし親へは感謝しかない。 仲の良い家族だったので、一緒に暮らしていた高校卒業頃まではスーパー

          ケチは受け継がれる

          絶対に忘れられない食の記憶

          私が中学1年の頃に、家族でシンガポールに旅行に行った時の強烈な食の記憶。物心ついて始めての海外旅行だったため、外国って街も家も車も人も、とにかく全てがすごくクールでカッコよくて、映画の中の世界ってホントにあるんだなって思った。いつか自分もこんな世界に住んでみたいから、とりあえず英語の勉強はがんばろうって決めた。 雪国生まれの私には見たこともないような亜熱帯の植物が街中に溢れていて、『まんま自然』とは全然違うんだけれど、でも、人工的な道路や建物と、草花や木々がそれぞれダイ

          絶対に忘れられない食の記憶

          山田詠美さん著「ぼくは勉強ができない」 小説で心が少し軽くなったこと

          現在3歳の息子は、生後8ヶ月の頃から保育園に通っていましたが、親である私が会社を退職したのもあって(引っ越しなどの家族の事情のため)、約2年間通った保育園も辞めてしまいました。 保育園に通っていた最後の半年は、毎朝のように号泣し「保育園に行きたくない!!」と言い張って、必死に抵抗する息子を置き去るように預けていました。それでも、迎えに行く頃には毎回ケロッとした顔で、友達や先生とそれなりに楽しんで過ごした様子で、これは朝だけのちょっとした苦行なのだと自分に言い聞かせていま

          山田詠美さん著「ぼくは勉強ができない」 小説で心が少し軽くなったこと