対向車
BFC5選考ありがとうございました。
ブンゲイファイトクラブは小説を書くのって読むのって小説のおはなしをするのって楽しいなあやっぱり好きだなあって思い出させてくれる特別なイベントです。
それから、小説がうまくなりたいなあって1番思う場所です。うまいのがよいのか、よいのがうまいのか、小説の優劣って、なんか難しいですけど、でもやっぱり、いい小説ってあって、いい小説を書きたいと思って書くのはどうなのかわからないけれど、でもいい小説が書きたいって思うし、良くも悪くも欲が出る。なんていうか、向上したい。
それには、書かないと。
小説を書かないとね。
で、BFCは、小説を書きたいって思わせてくれるイベントで、それはつまり、小説を向上させているんですね。この場を提供すること自体で。なんか、そんなふうに思いました。
小説を書きたいと思います。
中野真
以下横書き本文。
十月十五日、今日は助け合いの日です。エンジンをかけるとN-BOXはそう呟いた。どうして戦争は止められないんだろうなあと思いながらアパートの駐車場からゆっくりと車を出す。今の時代でたとえば日本が完全に武力を放棄したとして、本当にどこかの国が侵略してきたりするだろうか。そんなふうに思ってしまう自分の無知な特権にいちいち傷つく傲慢さ。『ハンチバック』を読んで想像すらできていなかった自分の差別意識に傷ついたときと同じ。いちいち何かを意識すると、いちいち自分が嫌いになる。運転中なんかはとくに。
『アミ 小さな宇宙人』という童話を図書館で借りてきて読んだのは先週のこと。名作百選などのネット記事をうつろっている中で見つけた本。絶版なのか、価格が妙に高騰していたので気になった。
別に、なんてことない本だった。さくらももこのイラストがちりばめられたかわいらしい本ではあるが、ぼくは何かを期待しすぎていたのだろう。価格によって抱いてしまった幻想がなければもっと素直に楽しめたのかもしれない。あたりまえの理想を語るアミの言葉を。あたりまえの優しい世界が実現しない現実。仕方ないよなあと思っている自分。宇宙人のアミたちが到達した、全員が他者を絶対的に信頼する優しい世界。それは実際、どうなんだろう。馬鹿みたいな気がする。けれど、みんなでそんな馬鹿になれば戦争がなくなるなら、それでいい気もする。とにかく、ぼくは人類が自滅するようなとき、アミに連れて行ってもらえるような優しい生物ではない。どうでもいいけれど「優しい」と「優れる」が同じ漢字なのはなんとなく嫌な感じだ。
日曜日の仕事はどことなく気が抜けていて楽だから、実はそんなに嫌いではない。訪問する先々で平日よりもほんのわずかに優しくされる。ナビにいちいち住所を入れずなんとなくの方向感覚だけで訪問先の近くまで向かう、そういう運転が少し好きだ。行きたい方角から道がそれていって時間をロスすることとか、通れるのか分からない細道にチャレンジして成功したり失敗したりすることとか。ぼくはたぶん運転ではなく移動することが好きなのだろう。まあ、そうやって気楽に仕事をしていると、気を抜きすぎてこういうことになる。
幹線道路に戻りたいだけだったのだ。脇道からショートカットしようとして、気がつくと後戻りできない山の中の細道を随分と長いこと進んでいた。そろそろ戻ったほうがいいよなあと思ったのはもう二十分も前で、進み切るしかないと諦めて薄暗い道の奥へ奥へと。で、対向車。ランドクルーザー。予想はできたはずだ。すれ違う幅はあるのかないのか、微妙。舗装が中途半端な山道で、左に寄りすぎると向こうは山の斜面に擦るし、こちらは崖を転がり落ちてしまう。下手したら死ぬ場面は意外と簡単に訪れるんだ。バックで戻るにも退避のスペースがあった記憶もないし、曲がりくねった山道をどれだけ戻ればいいことか。対向車が戻ろうとしないということは、向こうも同じような環境を進みここにいるのだろう。なんでこんな道を通ろうと思った?
こう着状態はどれほど続いただろう。お互い引く気にはなれず、エンジンだけがまぬけに震えている。と、ランクルの窓が下り始めた。下がれと言われるのだろうか。手に汗が滲む。窓の隙間から出てきたのは声ではなく、青白い煙だった。ぼくは少し、笑ってしまいそうだった。お互い、何も急いでいないのだ。めんどうだけれど、まあいいやと思っている。いずれどちらかが折れなければならないけれど、別に今すぐどうこうという話ではない。ぼくも窓を少し下げ、煙草に火をつけた。不思議な連帯感が芽生え、緑に囲まれ静かなここは素敵な場所だと感じ入った。
しばらくぼくらは煙草を吸っていた。先に煙草を切らしたのはぼくだった。ランクルはそれに気づき、一本掲げて見せた。ぼくは首を振ったが、ランクルは笑って外に手を伸ばした。ぼくらはお互いに少しだけ左に寄りつつにじり寄った。タイヤが驚いたように軋む。ヘッドライトが触れそうな距離ですれ違い、そしてぼくらはほんの至近距離で顔を見合わせた。あざす。いいよ、何吸ってんの。ピースです、セッター久々です。ピースて、じじいかよ。ランクルは機嫌良く笑ってライターを差し出した。もらった煙草を咥え、口を突き出す。眉根にぽっと熱を感じる。このまますれ違えそうやね。ですね。がんばろうぜ。はい。
かたく握手をかわしたような気持ち。そのとき、後ろから無遠慮なヘッドライトが現れたのだった。
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