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訪問販売

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『訪問販売』

「ジングルベルがリーンリンリン」
 いい匂いのするサンタコスの訪問販売員がそう言ったかと思うと私はマンション購入の契約書にサインしていた。彼女は書類を受け取ると笑顔で「メリークリスマース」と言って立ち去ろうとするので「ちょっと待って!」と引き止めた。
「なあに?」
「そのベルは売ってくれないの?」
 彼女は口元に人差し指を当て「うーん」と思案した。
「これは結構値が張っちゃうよー?」
「どれくらい?」
 じゃあとりあえずこれを買ってもらおうかな、とサンタは背負っていた白い袋の中からケンタッキーを取り出した。いい匂いの元はこれだったのか。
「いくら?」
「百万円」
 冗談だろうと言う前に彼女がまた「ジングルベルがリーンリンリン」とベルを振るので気がついた時には私は契約書にサインし彼女が高く持つチキンにパン食い競争の要領でかぶりついていた。はっと気づいた私は慌てて支払いを一括から三十六回分割に変更してもらった。
「メリークリスマース」
 彼女が扉の向こうに消えてからしばらくしてチキンを食べ終えた私は「ちょっと!」と叫びあとを追った。通りを走るとサンタはケーキ屋で談笑していた。
「ちょっと!」
「あらら見つかっちゃった」
「そのベルの話はどうなったの」
 じゃあどうしよっかなー、と訪問販売員はケーキのショーウィンドウを眺めてから笑顔で振り向いた。
「ジングルベルが」私は耳を両手で塞いだ。すると彼女の艷やかな唇に目が吸い寄せられた。唇がスローモーションで蠱惑的に動く。リン。リン。リン。
「今度はお正月に来るね」
 笑顔で手を振る彼女を見送った私はケーキ屋のオーナーになっていた。

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