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パンフレットの表紙は仮定法

「母が大手術」「『ちょっと物忘れ激しくなってきたな』」と思っていた同居のばあちゃんが、なんか、一気にやばいことになった。」「ダウン症の弟」「10年以上安定して入院していたはずのじいちゃんが、ぽっくり亡くなった。」などなど「現代社会が抱える闇の全部盛り」状態にある岸田奈美さん。

よく、介護のパンフレットの表紙の写真なんかには、祖父母に優しく笑って語りかけているシーンがある。


あんなもん、実際は無理やて。
少なくともわたしは。


家族だから無理だ。愛しているから無理だ。
あんなふうにいつも優しくできない。

出典:「もうあかんわ日記」をはじめるので、どうか笑ってやってください

無理だと思います。無理なのは岸田さんだけではないです。無理な人のほうが圧倒的に多いはず。

というのは、パンフレットの表紙というのは仮定法だから。

仮定法は英語の授業で習ったこんなやつ。

   If I were a bird, I would fly to you.
  (もし鳥だったら、君のところへ飛んでいくのに)

仮定法の肝は If I were a bird のところにあって、「もし鳥だったら」っていう日本語は軽すぎる。ここは「おれ、鳥じゃないんだけどさ、もし・・・もしもだよ、違うんだけど、もしおれが鳥だったらさ、」ぐらいの溜めがほしいところ。

「現実はそうではない」とわかっているからこその仮定法。

多くのパンフレットの表紙では「現実はそうではない」とわかっておりつつ、仮定法を使って「こうだったらいいな」という演出が施されている。介護に限った話ではなくて、普通の会社案内のパンフだって、バイトの求人広告だって、食品のパッケージだって、基本的には仮定法。

だから、「あんなもん、実際は無理やて。」というのは当然のこと。表紙を実現できるような環境が整っていないのだから「あんなふうにいつも優しくできない。」のは当たり前。家族のあれこれを背負って生活を回して行けているだけで十分すごい。

ここからは、岸田さんの話ではなくて、パンフレットの表紙をどう捉えるかという話。

「現実はそうではない」から現状を肯定するのか、「現実はそうではない」から理想に近づけようとするのか、どちらのスタンスをとるかで今後やるべきことは変わってくる。それは、岸田さんがやるべきことではなく、岸田さんのような方を含む社会全体でやるべきこと。

岸田さんやそのご家族のような方々に優しくしましょう、という話ではなく、自分が岸田さんやそのご家族の立場だったとしたら、自分をとりまく社会がどうあってほしいか考える。

目の前にない現実を「しかたがない」とあきらめがちに承認するなら、表紙の写真は「絵空事」。現状を受け入れつつも表紙の写真を実現させようとするなら、それは「ビジョン」になる。

仮定法を使い続ける世界に住みたいのか、使わなくても良い世界に住みたいのか。どちらがよいか。

   I will fly to you right away because I am Ironman.
  (すぐに飛んでいくよ。アイアンマンだからね)

・・・なんて言えるとかっこいい。


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