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怪異蒐集 『𡚴(やまめ)』

■話者:Tさん、組合員、30代
■記述者:八坂亜樹

 森林組合に所属するTさんは、日常的に山に入って現状調査や測量を行っている。山ではビニールテープやペンキで木に印がつけられていることがある。多くは林業関係者のものだが、登山者や狩猟関係者のもの、中には一般人がつけた山菜等の目印もある。だが稀に、どれとも判別できないものもあるそうだ。

 組合で働き始めて間もないころ、Tさんは測量のために同僚と山に入った。しかし作業を始めてすぐ測量機器が故障してしまい、代替器を取りに事務所に戻ることになった。組合では安全上の理由から、山では必ず二人以上で行動するように言われている。しかし当時付き合っていた女性と電話をしたかったTさんは、ひとりで山で待つことにした。

 女性の都合で電話は早々に終わり、手持ち無沙汰で同僚の帰りを待っていると、近くの木の幹に赤い塗料で「四十九」と書かれているのを見つけた。少し斜面を上ったところに「四十八」、さらに上った場所に「四十七」と書かれた木が見える。誰が付けたものかわからないが、何かの目印のようだ。Tさんは同僚が戻るまでの時間潰しに、目印の先を確かめることにした。

 減っていく数字を辿って山奥へ進み、三十分ほど歩いた頃に「一」と書かれた木を見つけた。木の先には小学校の教室ほどの広さの草地があり、その中央に大きな平石があった。石の上には、白いゆったりとした服を着た女性が横になっている。何をしているんだろうと訝しんでいると、女性が首を起こして手招きをした。

 なぜか急に女性の隣に寝たくなって、Tさんはふらふらと石に近づいた。だが、石の縁に手をかけたときに、遠くから同僚が呼ぶ声が聞こえてきた。仕事中だったことを思い出し慌てて振り向いたTさんは、目に入った光景にぎょっとした。

 草地に面したすべての木の根元に、赤い塗料で「〇」と書かれていた。

 石を見ると、さっきまで寝ていた女性がいなくなっていた。怖くなったTさんは慌てて広場を出て、同僚との待ち合わせ場所に戻った。

 同僚は話を聞くと作業を中止して、Tさんを事務所に連れ帰った。事務所で先輩に仔細を話すと、お前には伝えるのを忘れていた、と謝られた後で、
「山で赤い数字を辿るな。ヤマメに命を取られる」
と教えられた。

 後日、Tさんが入った山で自殺者が見つかった。登山者が石の上で並んで寝ている複数の男性を見つけ、不審に思い声をかけたところ、既に亡くなっていたそうだ。集団自殺として処理されたが、Tさんは、あの赤い数字を辿ったのではないか、と思ったという。


■メモ
・山で測量っていうと、どうしても「山の測量」の話を思い出す(朱音)
・自己責任!懐かしい(水鳥)
・木に書かれてたのって、ゼロ?それともマル?(朱音)
・マルって言ってたけど、カウントダウンしてるからゼロかもね(亜樹)
・同僚の声に助けられてんね(水鳥)
・怪異に絡め取られる一歩手前で人の声に救われるってのは、割とある気がする(朱音)
・境界にいたってことだな(水鳥)
・「四十九」って験の悪い数字から始まってるけど、𡚴が出てくるときはいつもこの数字なんだろうか(朱音)
・あからさまっていうか、それだと逆に避けやすいね(亜樹)
・三珠山でもピンクとか赤のテープ見かけるね(水鳥)
・作業用の経路とか境界とか何らかの目印なんだろうけど、色や使い方がちゃんと決まってるわけじゃないからパッと見で判断できないね(亜樹)
・何かある、ってことしかわかんないのか(朱音)
・そう考えるとこの数字怖いな。迷ってたらとりあえず辿りそう(水鳥)
・ところでこの漢字、「やまめ」って読むんだ(朱音)
・話してくれた人は漢字はわからないって言ったけど、語源的にこれかなあって思ってこれにした。山女かも(亜樹)
・山で人(の形してるけど人かよくわからないもの)に遭遇する話は頻出だよね。特に三珠山は(水鳥)
・あるある。巫女(イミコサマ)とか死んだ知り合いとか、あと声だけ聞こえる話も多かった気が(朱音)
・あったあった。男の声を聞いたら引き返せ、女の声を聞いたら振り返るなとかパターンあって、対策も色々聞いた(水鳥)
・上を見るなとか、目を閉じろとか、鈴を鳴らせとか、握り飯1個置いていけとか。パターン多いな(朱音)
・最後は狐か狸だな(水鳥)
・一概に怪異ってわけじゃなくて、熊だったり猿だったり、声の主から逃げる・避けるための注意もあるんだろうね(亜樹)
・鈴って普通は熊対策だと思うけど、三珠山の場合はイミコサマと関係ありそう(水鳥)


怪異を蒐集&コメントを書いている大学生たちが主役の夜話、「眠らない猫と夜の魚」もお読みいただけると喜びます!


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