『IPPON!』脱稿まで打ち合わせあと何本!?(1)|原作付きマンガ一緒につくろう計画
*バラでも購入できるようにしていますが、マガジンを1回購入してもらうと今後追加される全てのノートが課金1回で読めます!
ダビデの肉体に憧れ…
筋肉は、すべてを、解決する。
2年前からのなりゆき
体重120kgから約40kgの減量を果たし、スリムになった体で医療デマや医療福祉問題と向き合い続ける医療記者・朽木 誠一郎は、「#インターネット陸上部」なるものをやっている社会人陸上競技者だった。
そんな記者・朽木 誠一郎から、漫画家・中村珍のもとへ一本のマンガ原作が届く…。その名も『IPPON!!!』!
(しかしビックリマークは3本あった!!!)
「ダビデ像のような肉体に憧れ陸上競技に関心を持つ主人公・通称“アーヴィー”。医学部に通う大学生たちのスポーツマンガ!!!」…だ…!!!
競技知識もスリムな体も持たない中村は「ずっと放置してきた人体デッサンを練習せざるを得なくなる好機では?」「このまま私のダイエット企画に移行してしまうのでは?」という興味本位で、なんとなく共作することに!!!
しかし!二人とも仕事の合間にやっていたので形になるまでにビックリするほど時間がかかっている!!!
原作者、朽木 誠一郎…!!!
マンガ化担当、中村珍…!!!
企画立ち上げから苦節2年半!!!
こうして二人は座り込んだ!!!
(「立ち上がった!」みたいな意味で…)
※この連載で構築されていく物語『IPPON!!!』はフィクションです。物語を創作・構成するにあたり、実在の人物・街・店舗・組織・事象等の取材を行い、参考にしている部分もありますが、取材内容をすべて事実とする実録作品ではありません。
*今回の「TO DO」リスト
(1) イメージをアウトプットし合う
(2)ストーリーについて確認を重ねる
(3)原作の確認すべき箇所をほぐす(全体編)
(4)原作の確認すべき箇所をほぐす(シーン別編)
(1)
とにかくイメージをアウトプットし合う
(原作者による1) とにかくイメージをアウトプットし合う
まずは原作を作ります。
…と、「作ります」なんて一言で片付けてしまいますが、ここで物語作りについて解説してしまうといつまで経っても共同制作に触れられないので、原作づくりについては割愛します。(実在する設定をベースにして原作を書くことについては、そのうち原作者の朽木さんに単独で書いてもらうとしましょう…。)
「原作者と作画者で組む場合、原作の書き方の決まりはありますか?」という質問を受けることがありますが、伝わればどんな形式でもOKです。本作についても原作者が自由に書いたものに対して、マンガ担当が自由に打ち返しを重ねています。(もちろん届いた形式で不自由があれば意見や要望を出し合うことも大切です。)
それでは、実際に原作者が書いた原作テキストを読んでみましょう。マンガ担当者の手元に届いたものとまったく同じ、実物をコピー・ペーストした、そのままのものです。
▼原作者による原作
(プロローグ 1話分)
第0本(プロローグ)原作テキスト
IPPON!!!(イッポン)
第0本(プロローグ)筋肉はすべてを解決する
登場人物
花本・アーヴァイン“アーヴィー”・賢治(18) 北関東大学医学部の新入生。アメリカ人と日本人のハーフ。「ダビデ像のような肉体」に憧れ、投てき競技に興味を持つ。
野口(27) 北関東大学医学部の6年生。陸上部の創設者。専門は砲丸投。筋肉質で、他部活からは「トレーニングルームのヌシ」と呼ばれ、畏れられている。
佐藤うた(22) 北関東大学看護学部の4年生。専門は400m。小学生の頃から陸上をしており、陸上が生きがい。よく男の子とまちがえられるが、性別は女性。
近藤たつき(20) 北関東大学医学部の2年生。専門は100m。元インターハイ入賞者だが、大学では陸上をするつもりはなかった。天パ。
本編
◯熊谷スポーツ文化公園陸上競技場・砲丸ピット
T「現在 東日本医科学生対抗大会(東医体)陸上競技部門 男子砲丸投」
投擲ピットの中のアーヴィー。アーヴィーの左横顔。右首に砲丸を押し付けている。筋肉のつき始めた体に、静かに力を溜める。伝う汗。グッと屈み込み、右足でサークルの縁を蹴り出す。体が後ろ向きに跳ぶ。着地した右足を捻り込む。反転する体。
(アーヴィー視点で)青い空、眩しい光。
響き渡る声「アーヴィー、イッポン!」
(アーヴィー視点で)空にまっすぐに伸ばした左腕を、思い切り体に引きつける。反動を使いつつ、右手に持つ砲丸を思い切り突き出す。手から離れる砲丸。スナップを利かせる手首。
吠えるアーヴィー。
ドッと沸くスタンド。
会場アナウンス「砲丸ピットにご注目ください。ただいまの投てきは、北関東大学医学部、花本選手。好記録が期待されます。結果は……」
◯北関東大学・トレーニングルーム
T「半年前 北関東大学医学部」
トレーニングベンチに座り、20kgのダンベルでアームカールをする野口。俯き、短い息を吐きながら重りを上げる、真剣な表情。
声「野口先輩!」
野口、顔を上げる。視線の先には黒い大きなもじゃもじゃ。
野口「ヤダ……もじゃもじゃが……しゃべってる……(コワイ)」
トレーニングルームの入り口から顔を出す近藤。
近藤「ぼくはたしかに天パですが、天パ=(は)ぼくではありませんよ」
野口「でもほら、天パの下に近藤がいるかどうかはたしかめてみないとわからないわけだから。天パの近藤と、ただの黒いもじゃもじゃ両方の可能性があるっていうか」
野口、わざとらしくあごに手を当てて、真面目な表情ですらすらとしゃべる。
野口「ハッ、これがかの有名な“シュレディンガーの天パ”……?」
近藤、「呆れた」のジェスチャー。大きくため息をつく。
近藤「ほら! 遊んでないで行きますよ!」
◯北関東大学医学部・キャンパス内
野口と近藤、桜の木の中を歩いていく。
野口、「遊んでねーし!」「トレーニングだし!」「おれ6年生だよ? 最高学年だよ?」とぶつぶつ言う。
近藤、「センパイ、いちおうまだ主将でしょう!」「来てくれないと困ります!」と野口を引っ張る。
野口「わたし、このイベント、きらいなのよね」
近藤「ニシンのパイじゃないですか」
近藤、やれやれと野口を振り返る。野口、ヘラヘラとしている。
近藤「“競り”ですよ、競り。一年に一度、われわれ弱小部活にとっては人材確保の生命線。数は力なり、力は正義なり」
野口「でもさー」
野口、一転、まじめな表情になる。
野口「右も左もわからない入学式直後の新入生を、学生会の名の下に半強制的に連れて来て、先輩らが取り囲む中、大声で自己紹介させて、いっせいに勧誘するって」
野口「パワハラじゃね」
近藤、ちょっと驚いた様子で立ち止まる。
近藤「それは……まあ、言われてみれば……」
野口「しかも、それに“競り”って名前をつけるって、どういうセンスだよって。この体育会系ノリ、もう何十年もやってんだろ、この大学」
近藤、少し考えてから、まっすぐに野口の目を見る。
近藤「ぼくも学生会のメンバーですから、パワハラ云々の指摘は、あとでちゃんと話し合います」
野口、(うっ、そこまでさせるつもりじゃなかった)の顔。
近藤「でもね、ぼくは、うれしかったですよ」
近藤「去年の競りで、先輩が他の部活の人を吹き飛ばしながらイノシシみたいに駆け寄ってきて、“陸上やろう!”ってビラを渡してくれたの」
× × ×
(フラッシュ)去年の競り
自己紹介後、新入生の近藤のもとに殺到するバスケ部や野球部、サッカー部の上級生たちを押しのけて、近藤に陸上部のビラを渡す野口。
× × ×
近藤「高校で燃え尽きちゃったし、医者になる勉強は大変そうだし、大学で陸上やるつもり、なかったんですけどねえ。あれ、大事なきっかけだったのになあ」
野口「わーかったって、ごめん、ごめん」
野口、近藤の天パをぽむぽむする。
野口「行くぞ、インハイ4位!」
野口、急にダッシュする。
近藤、「やれやれ」のジェスチャーのあとで、後を追う。圧倒的なスプリント力を発揮する。
野口、あっさり抜かれる。
野口「(小さく)あっ」
◯北関東大学医学部・グラウンド
人だかりの中で、振り返るうた。背が低く、埋もれそうになっている。
うた、近藤を見つけて、屈託のない明るい表情になる。
うた「あっ、近藤くーん! こっちこっち」
近藤「うた先輩、すみません」
うた「野口先輩、見つかった?」
近藤「は、はい。あのスピードだと、もうすぐ着くかなと……」
野口、ぜいぜいと息を切らして到着。
うた「な、なにがあったんですか……?」
野口「コイツがな、汚えんだよ。インハイ入賞者だからってさ」
近藤「汚くないっすよ! むしろ後から出てあげたじゃないですか!」
うた、ニコニコと2人を見つめる。
うた「いい練習になりましたね!」
野口「(孫を慈しむように)うたは本当に、陸上脳だねえ……。今年はどうだ、何枚もらった?」
うた、顔を曇らせる。どっさりと束になった他の部活のビラを2人に見せる。運動部から弓道部、落語研究会、マインドフルネス研究会などもある。
近藤「えっ、これ、どういう……」
野口「近藤、うたはな、今年で4年生になるというのに……」
うた、「はぁー」と大きく肩を落とす。
野口「いまだにぴっかぴかの新入生とまちがわれて、あちこちから勧誘されまくるんだよ」
うた「マインドフルネス研究会は、スタート前の集中力が増しそうなので、ちょっといいかなと思っています!」
野口「なんかあやしいから、止めておきなさい」
うた「えっ(目を丸くしながら)」
近藤、あらためてうたを上から下まで見る。
ショートカット、日焼けで肌は真っ黒、童顔で「かわいい男の子」にも見える。
近藤「虫取りアミとカゴを持たせたいですねえ」
うた「あっ、近藤くんまで!」
野口「おい、遊んでる場合じゃねーぞ!」
近藤、(あなたが言いますか)と不満げ。
うた、背筋を伸ばす。
野口「で、今年はどうだ?」
うた「はい! 大漁です!」
うたの満面の笑みを見て、野口と近藤、(魚じゃないんだから)と顔を見合わせる。
うた「今、半分くらい自己紹介が終わって、陸上経験者が2人、未経験だけど陸上部にも興味があるという子が3人、全部で5人ですね」
野口「おお、いいねえ。歴代最高人数じゃない?」
うた「近藤くんが作った動画の効果ですよ!」
近藤、天パを掻いて照れる。
野口「へえ、今年も作ったんだ、新入生勧誘用の動画」
うた「はい、作りました!」
近藤、(げっ、やばい)という表情。
野口、訝しげ。
野口「おや、どうしたのかね、近藤くん。ちなみに私は、その動画とやらの確認をお願いされていないが……」(“まだ主将”なんですけどね)
うた「いやいや、いい動画ですよ! 野口先輩の練習風景に“ゴリラ”って字幕がついてるところ、爆笑しちゃいまし……た……」
うた、言いながら口を手で押さえ、青ざめる。
× × ×
(フラッシュ)ビデオ映像。
近藤、カメラに向けて笑顔で筋肉をアピールする。その近藤に“グラウンドには元気なゴリラもいます”のテロップ。
× × ×
近藤「ち、ちがうんです。ちょっと、出来心で」
野口「ほほう。おれの筋肉のサビになりたいようだな」
野口、キラーンと目が光る。近藤を持ち上げ、頭の上でバーベルのように上げ下げする。近藤、持ち上げられながら「カメラに向かって筋肉アピールとか、女子が引いちゃうんですよ〜」と嘆く。
人だかりで「わっ」と盛り上がりが起きる。3人、「おや」という様子。上級生たちの視線が、ある新入生に集まっている。アーヴィー、壇の代わりの軽トラの荷台に立つ。
アーヴィー「東京都出身、花本・アーヴァイン・賢治です。パパがアメリカ人なので、こんな名前です。“アーヴィー”って呼んでください」
人だかり、「すげー」「ハーフかー」「イケメンー」「背たっけー」などとガヤガヤする。
近藤「へえ、すごい新入生ですね」
うた「手足が長いし、バネもありそうだし、跳躍とか向いてるんじゃないですかね」
野口「バーカ、ああいう雰囲気(モテそう)のヤツはな、たいていバスケ部かサッカー部と相場が決まってんだよ。陸上部に集まるのは基本、変なヤツなんだから」
うた「えーっ」
近藤「暴論だ!」
壇上ではアーヴィーの自己紹介が続いている(出身高校は東京都立日比谷高校〜)(高校では生徒会活動をしていて〜)。
アーヴィー「あとは、なんでしたっけ」
アーヴィー、にこやかに学生会の委員にたずねる。
学生会「大学での目標と、入部希望の部活だね」
アーヴィー「あ、ワカリマシタ」
アーヴィー「大学での目標は……」
彫りの深いアーヴィーの顔、取り囲む先輩たち視点で。
先輩たち、わくわくしながら待つ。
アーヴィー「ダビデ像です」
会場、静まり返る。
野口「変なヤツだー!」
野口、「がびーん」の顔。
アーヴィー、凍りつく場の雰囲気をまったく気にしない様子で、壇上で堂々としている。
アーヴィー「入部を希望する部活は、陸上部です。ご清聴、アリガトゴザイマス」
◯バー『ブルー』・新入生歓迎会の会場
狭いバーの中で、陸上部の上級生と、新入生の入部希望者たちとで、新入生歓迎会が開催されている。合計10人ちょっとくらい。(新入生はお酒はダメだからねー)(ここはノンアルのカクテルもおいしいよー)という声が飛び交う。うたと近藤、複数の新入生の相手をしている。
うた「試合の直前はね、この“集中棒”を握り締めていると、緊張しないんだよ!」
うた、“集中棒”とマジックで書かれた木製のバトンを新入生たちに見せながら、目を輝かせている。新入生たち、ちょっと引いている。(でもこの先輩かわいい/かっこいい……)とも思っている。
近藤「えっ、1500mで4分台なの!? すごいじゃん! その記録なら東医体っていう一番、大きな大会で決勝に残れるかも……」
近藤、顔に「新入生獲得」「数は力なり」と書いてある。真面目そうな新入生(長距離経験者)、真に受けている。
野口、バーの隅でアーヴィーと向かい合っている。
野口「で、なんでうち一択なの?」
野口「先に言っておくけど、うちはあんまり、“医学部の部活”らしいメリットがないよ」
野口、淡々と説明する。
野口「見てのとおり、まず人が少ない。他の部活が数十人でチェーン店居酒屋を貸切にする一方、われわれはこのくそ狭いバーで新歓イベントをしているくらいだ」
野口「どの部活に所属しているかは、そのまま学内での力関係に影響したりする。人数が多い部活の方がでかい顔できたりね」
マスター、(くそ狭くて悪かったな)と思いながら、グラスを磨いている。店内は落ち着いていて、品がいい雰囲気。
野口「部活の歴史も浅いから、教授とか上のポストの医者とのつながりも少ない。試験の過去問のストックを流したり、割のいいバイトを回したり、そういうのもないよ」
野口「あと、夜中に突然、呼び出されて、先輩の部屋に行くと、酔ってエロい感じになってる看護の女の子がいたりもしない。おれたちは陸上選手だ。練習して、早く寝たい」
アーヴィー、怪訝な表情をする。
アーヴィー「それ、競りの後、他の部の先輩たちにも言われましたけど……(陸上部希望って言ったから)」
野口、(ナヌっ!? あいつらそんなことを吹き込んでるのか)と眉をひそめる。
アーヴィー「この大学では、部活をそんな理由で決めるんですか?」
野口、キョトンとする。一拍おいて、吹き出す。
野口「(笑いながら)本当に、言うとおりだよ。なんでここ(大学)では、そんな理由が幅を利かせているんだろうな」
野口、ハイボールのグラスを見ながら話し続ける。グラスの中で氷がカランと音を出す(グラスに矢印で、ハイボールは糖質が少ないって聞いたからこればっかり飲んでる)。
野口「伝統だとか、そういう文化だとか、みんなそうしてるからとか、くだらない理由に抗いたくて、おれがこの部活を作ったんだけど。まあ、まだまだ弱小でな」
野口、アーヴィーの方に振り向く。もう一度、ゆっくり質問する。
野口「どうして、陸上部なんだ?」
アーヴィー、「um……」と言い淀む。
アーヴィー「ご本人に言うのはちょっと恥ずかしいんですけど……(照れながら)」
アーヴィー「理由は、野口サンです」
野口、予想外の答えにキョトンとする(おれ!?)。
アーヴィー「競りの前に、新入生全員で、部活紹介のビデオを観たんですけど。そこに映る野口サンに、目を奪われたんです」
アーヴィー、うっとりしている。
野口、ちょっと引いている(近藤てめー何を作りやがった)。
アーヴィー「威嚇する僧帽筋、肩はまるでメロン。チョモランマのような上腕二頭筋、さんとう(上腕三頭筋)もいい。大胸筋は散歩し、脚はゴリラ……」
アーヴィー「ここまでのボリュームになるなんて、さぞや眠れぬ夜もあったでしょう。その努力を思うと、もう、涙が出そうになって……」
野口「うん、うれしくない……こともないんだけど、今の全部、ボディビル用語だよね?」
アーヴィー「はい、愛読雑誌は『マッスル&フィットネス』デス」
野口M (ええ〜、じゃあ、ボディビルやってよお〜。)
アーヴィー「ようやく、見つけました。野口さんは僕の理想のダビデ像です」
野口M (ダビデ像、ボディビル用語のやつだったー!)
アーヴィー「野口サン! 陸上部でぼくをどうか、立派なダビデ像に鍛え上げてください!」
野口「おれの指導だと必然的に投てきブロックになるけど、そもそも投てきってわかる……? 重いものを遠くまで投げる競技なんだけど……」
アーヴィー「はい! ギリシア彫刻の『円盤投』も、激しい運動の瞬間の筋肉を巧みに捉えた傑作です!」
野口「そういう認知なのね……」
うたと近藤、騒ぎを聞きつけて寄ってくる。
うた「おおーっ、新入部員第一号ですか!」
近藤「勧誘初日に! 幸先いい!」
野口、うたの集中棒と近藤の天パに目をやって(まあ、変なヤツらばっかりだしな)と心の中でつぶやく。
野口「いいんじゃない? とりあえず、投げてみる?」
うたと近藤、よろこぶ。
野口「よし。じゃあ、これからよろしくな、アービー!」
野口、握手するつもりで、手を差し出す。
アーヴィー、手を出したかに見えて、野口の手をスルーする。人差し指を顔の前で振る「ノー」のジェスチャーをする。
アーヴィー「No No No No、アー“ヴィー”ですよ、野口サン。アー“ヴィー”。日本人、“B”と“V”の区別が苦手。オーケー?」
野口、イライラを通り越し、「無」の顔で宙を見る。
野口「決めた。おれはおまえを一生“けんじ”と呼ぶ……」
「けんじ」にしてはめちゃくちゃ彫りの深いアーヴィーの顔。
以上が、原作者から届いた(プロローグ扱いなので数え方は“0本目”となっていますが)最初の1話分です。
物語全体を通した構想は必要ですが、第1話から最終話までを一度に完璧に仕上げる必要はありません。
まずは1〜2話ずつ詰めていく形で問題ないと思います。
(作画者による1) とにかくイメージをアウトプットし合う
アイデアをキャッチボールしないことには先に進めないので、原作者から届いたテキストをもとに、漫画化担当の私がそれぞれのキャラクターについて「どんな姿」で「どんな思想の人」で「どんな表情をする人」か、などなど…想像しながら人物像を探します。
▼ではでは、キャラクター設定をもう一度見てみましょう。
■ 野口(27)
北関東大学医学部の6年生。陸上部の創設者。専門は砲丸投。筋肉質で、他部活からは「トレーニングルームのヌシ」と呼ばれ、畏れられている。
■ 花本・アーヴァイン“アーヴィー”・賢治(18)
北関東大学医学部の新入生。アメリカ人と日本人のハーフ。「ダビデ像のような肉体」に憧れ、投てき競技に興味を持つ。
■ 近藤たつき(20)
北関東大学医学部の2年生。専門は100m。元インターハイ入賞者だが、大学では陸上をするつもりはなかった。天パ。
■ 佐藤うた(22)
北関東大学看護学部の4年生。専門は400m。小学生の頃から陸上をしており、陸上が生きがい。よく男の子とまちがえられるが、性別は女性。
(原作者によるキャラクター設定より)
なるほど、メインは4名ですね。
最初の一話でイキナリ4人出てくるので、「一人ずつ見慣れる」「見慣れてから徐々に見分けがつきやすくなる」という覚えてもらい方はちょっと難しそうです。
最初から見分けのつきやすさ重視でビジュアルを設定することにしました。
▲マンガ担当によるメインキャラクター4人のビジュアル案。
近藤くんと佐藤さんが若干近い系統の顔立ちをしているのでラフの段階だと、ちょっと分かりにくい可能性がありますが、本番の原稿になるともっと差分がハッキリしますから、近藤くんは特に髪型、佐藤さんは特に体格で誰なのか一目で分かるようになるかなと思います。
特に近藤くん佐藤さんの登場シーンは顔のアップだけで物語を進行せず、体格や髪型が確実にフレームインするカメラワークが欠かせなくなると思います。
べつにキャラクターの造形から入らないといけないというセオリーやルールがあるわけじゃないんです。ただ、今回は知らないことが多すぎる分野なので、現段階ではキャラクターを想像してラフを起こすぐらいしか、すぐ取り掛かれる(手を動かすタイプの)動的な作業はありませんでした。
ちなみに、(確定させてもいいけど)この段階で絵柄やキャラメイクが確定するわけではありません!
作画者は原作者から物語を奪ってはいけないですから、原作者に好みや要望を確認する必要があります。
また、作画者は原作者の描けない絵を描いてあげるキカイではありませんから、作画者側の都合(作画者の作風保持ももちろんですが、一般に人物の頭身が上がり描線が増えれば増えるほど小物や背景もそれに合わせて緻密になっていくので制作に必要なお金と時間のコストは上がっていきますから採算面など)も気に掛ける必要があります。
コダワリは大切にしつつ譲り合いながらの擦り合せが欠かせません!
(2)
今存在するストーリーについて確認を重ねる
原作者が原作を書く間に苦しんだ分、原作を投げてからしばらくは作画者が頭を使う番です。
ここでイッキに漫画の形を作ってしまいたい気持ちは山々なのですが…。陸上競技未経験者にとって本作は調べ物を避けて通れない未開の地。
ここから突然ネーム(漫画のコマを割ったりシーンを演出したりする設計図づくり)を完成まで持っていくことはできません。
この段階で漠然と「何ページくらいでまとめるべきかな?」など、マンガの仕様について考え始めますが(※この企画がページ数制限のない企画だからです。雑誌の仕事では先にページ数の指定がある場合が多いです!)それを確定させるためにも「どのシーンにどれだけコマを使って」「どれだけ説明を入れるべきか」ということをもう少し明確にしていかなければなりません。
今後展開される物語の「どうなっていくんだろう!?」という楽しみは残しつつも、今存在している範囲のストーリーについて「これの意味ちゃんと通じるのかな?」「これって誰でも知ってることなのかな?」「これは説明しなくていいのかな?」という疑問点を掘り当てていきます。
粗探しをする仕事ではありません。
どこまで説明すべきか、どういうスタンスで情報やストーリーを明示していくべきかを原作者さんと擦り合わせるための準備作業です。
また、「(ちょっと気になるけれど)ここはこのままにしておこう」「(ちょっと心配だけど)敢えてこのまま進んでみよう」という、賭けてみたい箇所を予め決断しておく作業でもあります。
頭の中で考え続けるか、メモ書き程度の書類しか上がってこない場合が多い作業なので、この段階で成果物は特にありません。
これから自分が運転しなければならない車の座席位置やハンドルの位置、ウィンカーやワイパーの操作方法、ハザードランプの操作位置などを確認するような地味〜な段取りです。とにかく何度も原作を読み、気づいたことや引っかかったことなどをピックアップしていきます。
また、この段階で自分がこれからしなければならない調べ物・取材についてもある程度想定しておき、どう取材すべきかを原作者さんにパッと確認できるようにしておきます。
(3)
原作の中で見つけた〈確認すべき箇所〉をほぐす
原作をトコトン読み込んだら、まずはマンガ担当者が、気になったポイントをピックアップして質問します。
原作者は質問に応え(答え)、それによってマンガ担当者の頭の中にぼんやりと存在しているイメージが補強されていきます。
〜全体にかかわること編〜
まず、全体にかかわる気づいた箇所です。
1. どうやって競技についての知識を深めればいい?
中村(マンガ):投擲競技のルールを覚えるにあたって、普通どうやって覚えるものですか?先輩から習う?本で読む?自分でも調べてみますが、競技経験者目線で、おすすめの書籍とかサイトがあれば知りたいんですが…。
(原作・朽木)
「強豪校だと監督が手とり足とり教えてくれますが、“非・陸上エリート”はとにかく「目で見て、投げてみて、体で覚える」というところかと思います。私や作中の北関東大学医学部では先輩がいるので習うことができます。
昔は強豪校の監督名義のテキストみたいなものを読んでマネしていましたが、今の現役生に聞いたら、InstagramとかTwitterとかのSNSで国内外のトップ選手の投げを見てマネしているようです。今っぽい!」
2. 物語の舞台はどこ?
中村(マンガ):メインの舞台となる【北関東大学】の医学部。これは架空の学校法人みたいですが、名前の通り北関東にある大学…ということは、背景となる街並みなどはおそらく茨城・栃木・群馬あたりのどこかですよね? どのエリアも長く暮らしたことがないので、パッと感覚的な空気が共有できません。原作の朽木さんが想定している空気感を理解するために、最低でも1日2日は旅行する必要がありそうなんですが、どこに行くといいんでしょう?
(原作・朽木)
「実は私、栃木生まれ茨城育ち、大学生活を群馬で、という生粋の北関東人なんです。たしかに北関東って、車社会だったり、イオンが大きかったり、独特の雰囲気があるんですよね。例えば私が青春時代を過ごした群馬県前橋市は県庁と大学がメインの街で旅行するには見るものが少ないかもしれませんが、素敵な自然やおいしい店はあります(自分の記事で恐縮です)。」
3. 舞台となる場所や競技の取材はできる?
中村(マンガ):主人公たちの【生活圏となる街】のほかに取材や資料が必要な箇所があります。【医大キャンパス】【トレーニングルーム】【グラウンド】あたりは欠かせません。
(原作・朽木)
「北関東大学は珍さんがおっしゃったように架空の大学ですが、自分が長年、陸上をしていた場所なので、母校をイメージしている部分はあります。
ちょっとややこしいことに、附属病院がある医学部では他の学部とキャンパスが別れていることが多く、母校もそうでした。母校だと、今回、第0本で描いた場面や広いグラウンドなどは、別のキャンパスにあるんですよね。ただ、いちいち医学部キャンパスと他のキャンパスを行き来したり説明するのは盛り込みすぎかなと感じて、そのへんのことは省いていました。でも、珍さんが取材するにあたっては、まさにこういうところの説明が必要なんですよね。なるほどです。
トレーニングルーム、私が入り浸っていたのは医学部キャンパスのもの(各キャンパスに体育施設はいちおうあるが、母校の医学部はボロかった)です。懐かしい写真を他の部活がアップしているのを見つけました(資料1/2|群馬大学医学部ラグビー部ブログ)。でも、全体像がわかりにくいですかね。後輩に頼めば全体像の写真を送ってもらえるかもですが、「ゴールドジム」で検索して出てくるような、一般的なジムをボロくしたイメージで補完していただいてもかまわないです。また、そんなわけで、まだ公開されていないですが、第1本の場面になる予定のグラウンドは、別のキャンパスです。」
中村(マンガ):なるほど、部活関連だけでも思ってたより広大で多様な舞台設定でした。あと、【バー】も度々登場する場合はイメージを詰めておく必要があります。
(原作・朽木)
「バーはこんなイメージというかモデルがここです。」
(※作画者に写真を見せながら。)
中村(マンガ):また、冒頭の【熊谷スポーツ文化公園陸上競技場】も恐らくアーヴィーくんにとって大切なシーンだと思うので、しっかり確認する必要がありそうですよね。埼玉に住んでいたこともあるので土地勘的には困らない気がしますが、撮るべき場所…たとえば“砲丸ピット”というものがどんなもので、どこにあるのかとかを下調べしないと、競走するトラックの写真だけ撮って帰ってきた、みたいなことも起こり得るので注意が必要ですね…。
(原作・朽木)
「あっ、冒頭の、そして今後、ストーリーの盛り上がる場面で書けたらいいなと思っているこの試合なのですが、白状すると、熊谷でおこなわれたわけではないのです。」
中村(マンガ):な!なにぃ…っ。地元感のある埼玉取材と思ってちょっと浮かれたのにぬか喜びか!ちきしょー。
(原作・朽木)
「どうせなら舞台を北関東に集約しようかなと思って(本来は東日本のどこかで開催されるので東医体イコール部員みんなでの旅行になり、旅行のシーンを書けるのでそっちの方がおもしろいかもしれない気もしてきましたが)、熊谷の競技場は北関東でイチニを争う大きさなので選んだ、という経緯があります(すみません)。なので熊谷ではなくてもいいのですが、競技場はだいたいある程度、同じようなところだったりします。ちなみに、この試合のモデルは青森の競技場でした。」
中村(マンガ):青森かよ〜。本州最北端じゃねーかよ〜。なんかむかつくから青森旅行行こう、青森旅行。どこからも経費でないけど行っちゃおう。海鮮食べて取材してリンゴかじって帰ってこよう。…というわけで、(青森にマジで行くかはさておき。多分予算的に行けないけど…。)一番良いのは競技を実際に見てくることですが、競技者の邪魔にならない範囲で大会や練習風景を実際に見ることができる場所や方法ってあるんですか?
(原作・朽木)
「ほとんどの陸上の試合は自由に観戦できます!日本選手権とか全日本インカレとか、最高峰の試合は有料のチケットが必要ですが。」
※インカレ=インターカレッジ:大学間の競技大会。
4. 医大生の生活ってどんな感じ?
中村(マンガ):医大生の各学年の1日、1週間、1ヶ月、1年のベーシックなスケジュールを知りたいです。その上で、部活のスケジュールがどう絡んでくるのかと、登場キャラクターがそれらのスケジュールとそれぞれどう向き合っているかを詰めて、各キャラクターの人間性を確立させていきたいと思っています。