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知っておきたいマイコプラズマのこと
はじめに
ニュースでも話題になっていますが、9月30日-10月6日までの1週間のマイコプラズマ肺炎の国内での報告数が過去最多を記録しました。約2週前の報告数のため、実感としては横ばいからやや減少傾向な感もありますが、もうしばらく流行は続く可能性もあります。正しい情報を最近の話題も交えて、さらに実際の診療で意識していることなども書いてみました。長く感じる方はポイントだけ読んでいただければ大丈夫です。
ポイント
5歳以降 (学童期)から思春期で、肺炎の原因となることが多い細菌です。
赤ちゃんから小学校入学前の乳幼児も感染しますが、他のウイルスによるかぜ (上気道炎) と同じ症状となることや、無症状のことも多いです。
咳などによる飛沫で感染し、感染から発症するまでの期間 (潜伏期間) は2-3週間と長いです。ワクチンなどの有効な予防法はなく、症状がある場合の咳エチケットが予防策となります。
肺炎の典型的な経過は、熱・咽頭痛から始まり、遅れて咳が増えてきて徐々に痰も伴うようになります。鼻水が出ないことも特徴の一つです。
歩く肺炎とも言われ、肺炎がみられる場合も入院が必要となることは多くはありません。しかし、酸素投与が必要、呼吸困難の症状がある、体力的な低下が著しいなどの場合には入院が必要となります。
診断のための検査は性能や所要時間などの点で限界があります。経過や所見などから臨床診断を行うことも多いです。
治療:肺炎には抗菌薬が用いられ効果も証明されていますが、かぜ症状や気管支炎に対する効果や感染力への効果はよく分かっていません。熱や咳は長引く感染症ですが、自然治癒もする感染症です。
マイコプラズマは細菌です
正式にはMycoplasma pnuumoniae (肺炎マイコプラズマ) という名前の、とても小さな細菌です。子どもに病気を起こす微生物は、大きくは細菌とウイルスに分けられますが、小児科の診療では原因が細菌かウイルスかという点はとても重要です。
細菌:肺炎球菌・溶連菌などが病気の原因となる代表的です。治療には抗菌薬 (抗生物質) が用いられることがあります。
ウイルス:かぜはウイルスが原因です。インフルエンザウイルス・RSウイルスなどがよく知られていますが、それ以外にもウイルスは数多く存在します。ウイルスに抗菌薬は無効です。インフルエンザの治療に用いられるのは抗ウイルス薬で抗菌薬とは別のものです。
小児科でみる細菌感染症や抗菌薬が必要な状況については、別の機会にあらためて解説します。
マイコプラズマの特徴
流行は周期的に発生し、国内では4年毎に流行すると言われていましたが、今年は2016年以来の流行です。
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感染してから症状が出るまでの潜伏期間は2-3週間と長いです。菌の排出は数週から数ヶ月と長期間続き、抗菌薬による治療後も排出が続く場合もあるとされています。ワクチンなどの有効な予防法もありません。そのため、家庭内の接触では約40-90%と高い確率で二次感染が起こります。家庭内で出来る対応は、症状がある人が咳エチケットをしっかりと守ることくらいだと思います。
感染によって獲得した免疫は、数年間は維持されますが一生は続かないので、数年後に再び感染し、初回同様にしっかりとした症状が出ることもあります。
実際の予防は難しい感染症ですが、潜伏期間を理解していると、症状が出た際に早めの診断につながるかもしれません。
マイコプラズマの症状
マイコプラズマの症状は、菌による呼吸器への直接のダメージではなく、感染による免疫反応が主な原因とされています。年齢によって症状が異なり、乳幼児期での肺炎はまれで、学童期から思春期の世代の肺炎の原因として多い微生物です。
小学校入学以降の学童期から思春期は典型的な症状となりやすいです。発熱、倦怠感・頭痛・咽頭痛などの症状から始まり、数日遅れて乾いた咳が出始め、徐々に咳が増加し痰が絡むようになります。鼻水が少ないことも特徴です。自然治癒傾向のある疾患ですが、咳は長く、発熱が治ってからも2週間ほど続きます。
赤ちゃんから小学校入学前の乳幼児期は、他のウイルスによるかぜと同じような症状 (上気道炎) や、無症状のことも多く、症状からの診断は難しいとされています。しかし、学童期のように肺炎になることは少ないです。
診断が難しいとなると、治療について不安を感じることと思いますが、肺炎以外のかぜ症状・気管支炎に対する抗菌薬の治療効果 (症状緩和や感染力低下) は不明な点が多く、もともと自然治癒傾向のある感染症でもあるため、一律に抗菌薬による治療が勧められるものではありません。もちろん、自然界には常に例外は存在しますので、2歳や3歳でも典型的なマイコプラズマ肺炎を発症することもありますが、まれなことです。また、この世代では他のウイルスと同時に感染するパターンが多いことも知られており、実際の肺炎もマイコプラズマではなく他のウイルスが主な原因とする説もあります。
マイコプラズマの診断
① 臨床診断
症状や身体所見からの診断です。周囲での流行がある状況で、典型的な経過や身体所見 (聴診所見や比較的元気など) があれば診断は十分に可能です。
② 検査診断
遺伝子検査は多くの場合は外部機関での検査となるため時間を要します。また、感度は最も優れていますが、逆に過去の感染を検出してしまう可能性もあります。
抗原検査は20分ほどで検査結果はわかりますが、感度が遺伝子検査と比較して劣ります (公式には約80%、一部さらに低いという報告も存在します)。そのため、陰性の結果でも、感染していないとは断言できません。
遺伝子検査と抗原検査は綿棒で喉や鼻をぬぐって検査を行います。
血液検査では採血をして血中のマイコプラズマの抗体 (血液中の免疫物質) を測定します。原則は間をおいて2回の採血が必要となりますが、1回の結果のみで判断する場合も発症後1 週以上経過していないと反応がみられません。また、遺伝子検査同様に時間を要するためすぐに判断はできません。
その他、一般的な血液検査で調べる白血球数は他の細菌と比較して増加しづらく、正常か軽度増加となることが多いです。
レントゲンでは、実際の症状の軽さに比較して、見た目上はしっかりとした変化がみられることが多く、別名「歩く肺炎 (walking pneumonia)」とも呼ばれます。
新型コロナウイルスの流行以降、感染症は検査診断がより身近になりました。目に見える結果は、ご家族・ご本人だけではなく、私たち医師の安心感にもつながることも確かです。一方で、検査には精度や所要時間などの点で限界があり、痛みなどの負担もあります。さらに、急激な流行が起これば検査キットの不足もしばしば発生しています。病気・検査どちらの特徴もよく理解した上で、最終的な治療方針も意識して検査の適応を考えることが重要だと思います。
マイコプラズマの治療
抗菌薬の治療には、マクロライド系抗菌薬 (アジスロマイシン・クラリスロマイシン) が第1選択薬として用いられます。肺炎についての治療効果は、発熱期間の短縮や咳などの症状の改善も報告されていますが、肺炎以外の上気道炎 (かぜ)、気管支炎についての治療効果や感染力への影響はよく分かっていません。また、マクロライド系抗菌薬の代表的な副作用は吐き気・嘔吐、腹痛、下痢などの消化器症状です。特に吐き気は10-30%の患者さんにみられます。また、粉薬は苦味が問題となることも多く、酸味のある飲み物で服用することは避けた方が良いです。
抗菌薬治療の明確な適応は肺炎ですが、肺炎と気管支炎の厳密な区別は難しいことも事実で、肺炎の定義についても曖昧な部分があります。実際の外来では、発症からの経過、症状の程度、所見、年齢 (特に学童期以降) 、基礎疾患などもふまえて抗菌薬治療の適応を決めることになります。
その他、マクロライド系抗菌薬の気になる点としては薬剤耐性菌の存在です。アジアを中心にマクロライド耐性マイコプラズマの増加が報告され、国内でも2012年には全体の80%ほどを占めていましたが、2020年には20-30%ほどまで減少しました。2024年現在の国内の耐性率は不明ですが、前任の大学病院では薬剤耐性の検査が実施可能で、約50%が耐性菌でした。ただし、大学病院を受診する患者さんたちは、通常の治療に抵抗した結果として紹介受診をされていることがほとんどですので、全体の耐性率はより低い可能性があります。
マクロライド系抗菌薬が無効な場合などには、テトラサイクリン系抗菌薬 (ミノサイクリン・ドキシサイクリン)、ニューキノロン系抗菌薬 (シプロフロキサシン・トスフロキサシンなど) が用いられます。
ミノサイクリンなどのテトラサイクリン系抗菌薬は、効果は良好で薬剤耐性も問題になりませんが、永久歯に着色を残す歯牙黄染が問題となるため、8歳未満では原則使用できません。ドキシサイクリンも同様ですが、歯牙黄染のリスクは低いとする報告もあります。
ニューキノロン系抗菌薬は、国内ではトスフロキサシンが小児でも使用可能で、シプロフロキサシンは国内では小児への使用は限定的な状況のみ認められていますが、国際的には小児での使用実績は豊富です。ニューキノロン系抗菌薬はマイコプラズマに対して、実際の効果が他剤に比較してやや劣る可能性があることや、他の細菌も含めて薬剤耐性が発生しやすい抗菌薬であり、広く第1選択薬として使用することは控えるべきだと考えます。
その他、マイコプラズマ肺炎は免疫反応も大きく関わる感染症であるため、過剰な免疫反応を抑えるためにステロイド剤が併用されることもあります。
まとめ
マイコプラズマは予防が難しく、流行を回避することも難しい感染症ですが、症状は年齢や個人によってかなり幅があります。自然治癒もする感染症であることは安心して欲しい点ですが、症状が長引くことはつらいことです。熱・咳などの経過をよく聞いて、それぞれの患者さんに適切な治療を提供していきたいと思います。
中村内科小児科医院 小児科 中村幸嗣
参考資料:
Principles and Practice of Pediatric Infectious Diseases, 6th ed.
Red Book 2021-2024 Report of the Committee on Infectious Diseases (Red Book Report of the Committee on Infectious Diseases)
日常診療に役立つ 小児感染症マニュアル2023
感染症発生動向調査 週報(IDWR)
※note内では医療や健康に関する、個別のご相談・ご質問に対応することは出来ません。ご了承ください。