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それはもはやお伽噺です

 最近時々思いだす事があるんです。
25才の時のこと、ニットの糸の会社で名ばかりのデザイナーをやっていました。   1983年頃のバブル全盛期です。

 直属の上司は元バレーボールの実業団の選手で、無類の酒好きでした。
伊谷部長!どこかでお元気にされてますか?
そのころ、展示会に行くと部長は、先方のバイヤーを飲みに誘っていました。    あーまた誘っているなあと、思っていると「チビ!お前もいくぞ」と言われます。
今だったらチビもお前もアウトです。
しかしこのころは、そんな感じで私は接待に付き合わされていました。
自力では行けないような店にいくので、少なからず興味はありました。
会社は人形町だったので、まずは人形町の老舗のすし屋で、少し腹ごしらえをします。    シャコのえんがわが美味しいのを知ったのもこのころでした。

 次は、タクシーで、銀座のクラブです。
ドレスアップした、キレイなお姉さんが何人もいますし、グランドピアノもありました。    私は部長に「きれいなお姉さんがいる店に行くのに私が行く必要ありますか?」と聞いたことがあります。
だって部長は毎月、接待費のことで総務に怒られていましたから・・・。
そうしたら、なんて言ったと思いますか?
「きれいなお姉さんは見てるだけ、お前はしゃべれ・・・」と。
人に喋らせておいて、自分は心おきなく飲みたかったのでしょうか?
その頃はまだカラオケはなくて、ピアノや、ギターの伴奏にあわせて歌詞カードを見ながら歌うんです。
だから人前で初めて歌ったのは、銀座のクラブで、ピアノ伴奏でした。
何歌ったと思いますか?
と言っても今や知らない人の方が多いと思うのですが、自分より年上のお客さんの受け狙いで『隅田川』を歌いました。
途中セリフが結構多くて、恥ずかしいやつです。
何でそんな歌知ってるんだみたいな感じで、ばかうけだった記憶があります。

 銀座のクラブにそうそう長居はしません。
次に行くのは、もう少しくだけた感じの赤坂のクラブです。
赤坂のクラブのママさんは私に「あなたかわいそう! いつもこんなの付き合わされて・・・」と言って、近くのホストクラブに連れ出されたことがありました。   でも、そっちの方が私は無理でした。
だってそのころ流行ってたローラースケート履いてキラキラの衣装着た男の子の中から、誰指名する?って言われても・・・。
私は、ムサイおじさんのほうが、現実味があって良かったわけです。
私は部長が、何才なのかも聞いたことありませんでした。
多分40才はいってる感じでした。  40代半ばくらいかな?
出張もいっしょに行ったりしましたが、タクシー乗っても、必ずわざとらしくカバンを間に置くくらいな警戒心で、私には指一本触れませんでした。

 もう電車もなくなる頃、最後にいくのは六本木の防衛庁の前のおかまバーでした。   ここのママさんの月ちゃんの事が私は大好きでした。
話が面白くて・・・。
そして、明け方にタクシーで帰ります。  
若くても次の日はきつかったです。  ほぼ寝てないですから。
部長は会社に泊っていたみたいです。

 「ちょっと行くか?」とたまに部長と二人で飲みに行くこともありました。  そういう時はちょっと安い新宿のスナックでした。
そこのママさんは部長にご執心だったので、面白くて、わざと仲良くみせてからかっていました。  

 
そんな調子だったので、社内では、私と部長が怪しいと噂になっていました。  なので部長に「私と部長が怪しいと噂になってるみたいですよ どうしますか?」とそしたら、私を見て二カッと笑いました。
それだけです。
こういう男は後にも先にもいませんでした。
余計なことは喋りません。
不思議な信頼関係でした。
だからこうして、どうしてるかな?って思いだすんですね。

 今や曖昧なものを曖昧なままにしておけるほど、優雅な時代じゃなくて、もはやこれはお伽噺です。   

 昨日だって、私は池袋の改札で、スイカが反応しなくてちょっと流れを止めちゃいました。   午後3時くらいです。
だから、ラッシュの時間帯ではないんです。
後ろの人は「チッ!」と舌打ちして隣のレーンに行きました。
思わず「チッ!って言うなよ!!」とどついてしまいました。
睨んだら、背の高い、パリッとスーツ着た、若い男でした。
普段なら直ぐに言葉が出ないのにこうして書いてるからでしょうか?
間髪入れずに言葉が出ちゃいました。
怖いですね。
以前にも新宿駅の構内で、ちょっと迷って立ち止まったら、「チッ!」ってされました。   やっぱり長身のパリッとスーツきた男でした。
私はもはや、この流れには、乗れません。
いかにも出来る男風の、この一秒も待てない感じが嫌いです。
小さいなって思います。

       おしまい      ナカムラ・エム

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