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Aqualung / still life

普通の人の普通の作品


アクアラング。

ロック・ファンなら片足挙げてフルートを吹くjethro tull(ジェスロ・タル)のアルバムを連想するであろうが、マット・ヘイルズという人物の一人プロジェクト。2004年リリース作品である。ruthや45sというバンドを組んでリリースをしていたようだが、目立ったセールスもなく終了。その後始めたプロジェクトのようだ。

トム・ヨーク的なフニャフニャ声のアクアラング。しかしサウンド・プロダクションは別に当時のレディへっぽさはなく、あえて言えば「the bends」の頃のギター・ロックな感じはあるっちゅやあある。
レディへ的というよりは、有り体に言えば「シンガーソングライター」以下SSW、である。

シンガーソングライターとは

SSWと聞けば、音楽好きなら何人かの思い付く名前と、なんとなく想像する音があるはず。
古くはジョニ・ミッチェル、キャロル・キング、ジェームス・テイラー等。
アクアラングと同世代の90年代以降に時を進めれば、フィオナ・アップルやルーファス・ウェインライト、エリオット・スミス等枚挙に暇がないのではなかろうか。

前者はアコースティックな弾き語りやシンプルなアレンジ、後者はそれにプラスして時代的なデジタル処理も入ってきたりすることもあるが、明確な共通点は、音も歌詞も実に「内省的」である。誤解を恐れず言えば「暗い」。
そう、SSWとは、普段の生活の中では自己表現が苦手で、世の中に上手く適応できない、それでいて「私は私、人と違うの!」と力強く生きることもできず、教室の隅っこで一人文学小説でも読んで物思いに耽ってそうな人たちが多いイメージなのだ。

特に90年代以降の方々はハードモードである。フィオナ・アップルは幼少期にレ○プされた経験があるし、ルーファス・ウェインライトは芸術一家に生まれ育ったゲイ。エリオット・スミスは後に自ら(たぶん)命を断ってしまうようなメンタルの持ち主。
翻ってアクアラングさんはどうか。ライナーノーツによれば、この時期は今までのバンドがうまく行かず、レーベル契約を切られ、経済的に追い詰められていたそうである。奥さんと新婚旅行しながら「これからどうしよっか〜」みたいに悩んでいたけど、もうちょいがんばってみるか!で作ったらしい。

ん?

他のSSWに比べたらなんか軽いような…。フィオナとかエリオットに人生相談されたら、迂闊なこと言えないから気軽にアドバイスなんてできないけど、アクアラングには「まあバイトでもなんでもしてとりあえず生活費だけ稼げば?」とか適当に言い放っても問題ないなこれ…

そう、アクアラングはとにかく「普通」なのである。このアルバムもいい意味で「普通」普通にいいアルバムなのだ。

SSWの作品は、どん底まで落っこちるような暗い作品、もしくはもう彼岸に到達してしまい、逆に開き直った恐怖を感じる明るい作品が多いが、アクアラングは実に普通。それ故にわれわれ普通の人にもわかりやすい。

本作について

アルバム全体通して、内省的だが、暗くなりすぎず聴きやすい。
コード進行も特に捻りもないしアレンジも普通のバンド・サウンドに弦が少々。
前半は割と明るめ、後半は割と暗めではあるがは、絶望感漂うという暗さではない。
曲も粒揃いで、どれもシングル行けそうな分りやすさ。

本作でちょいブレイクするが、やはりあまりにも「普通」が祟ったのか、次作はイマイチだった。やはりミュージシャンには個性が必要だ。

現在は人に曲を提供したりプロデュース業を払ってくれるマイペースで行っており、今年2022年には久しぶりに自身のアルバムも発売。

まとめ

シンガーソングライター。
というものに強いこだわりがある人や、ストレートな音が好みではない人には退屈かもしれないが、「普通」の人の普通の音が、方法論は違えど世間に作品を問え、評価されるという2000年代以降の流れの始まりだと言えるかも。
いいアルバムです。


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