悲しみとはなんなのか
うちのばあちゃんが死んだ。
1ヶ月前に、あと2〜3日かもって連絡があり、急ぎで関西に帰る。空港のカウンターでチケット代を支払うっていう初めての経験をしたのも思い出。
帰ったら、親戚がいっぱい会いにきたせいか、ばあちゃんはどんどん元気になった。意識もしっかりしていて、アイスクリームも食べるし、冗談も飛ばす。酸素吸入の濃度も1、2段階よくなった。
それでも、長くはないやろうなとは話していて、最後のつもりでばあちゃんと過ごして鹿児島へ戻る。
そこから、音沙汰なく時間が過ぎ、数日前にもうさすがにあかんと思うって、連絡が入った。
そして今朝、その時がきた。もうあの世へいきそうってことはわかってたから、寂しくなるけど涙はそんなに出なかった。
うちの母親がここ数年、一生懸命、じいさんばあさんの自宅で二人の面倒みてた。肺炎で搬送されて、もう余命そんなにないって医者に言われて、病院でチューブに繋がって死を迎えるか、自宅に帰るかという選択。母親はばあちゃんの最後も自宅で自分で看取りたいということで、連れて帰った。すごい大変やったと思う。
一昨日、電話で話した時も、自分で選んだことやけど、すごいきついわってことやった。きっと、やりきったと思う。自分の母親を自分の信念にしたがってやりきった。すごいわ。(あとは、じいちゃんがおるけども。。。)
こういうことを考えると、なんかばあちゃんが亡くなったってことより、うちの母親がばあちゃんと別れる、寂しい気持ちとかつらさを思って涙が溢れてくる。
もうひとつ、自分とばあちゃんの思い出。ばあちゃんは、孫×4人に激アマやった。うちから自転車で10分ぐらいの距離、高校生ぐらいまではしょっちゅう行ってたかな。じいばあの隣りに住む従兄弟たちと遊びに遊び、じいちゃんは口うるさいから、孫全員ばあちゃんにおねだりする。マクドが食べたいと言えばマクドへ、ケンタッキーがいいと言えば車を走らす。
ばあちゃんの塩おにぎりは絶品やった。ゴリラの顔真似が得意やったから、ゴリラって呼ばれたら即ゴリラ顔するし、ばあちゃんの鼻の下にはイボがあり、鼻くそつけるマネしたら、つけかえしてしてくるし。正月に、おせちの伊勢海老アタマに乗っけられて笑ってるし。ばあちゃん顔デカイなって言ったら、絶世の美女やろって返してくる。自分がカフェをオープンした時は、毎日毎日来てくれた。ちょっとうざいなって思う時もあったけど、ばあちゃんが来てくれたから客がボウズの日はほぼなかった。笑
こんなこと、思い返してくると泣ける。
思いを馳せると寂しくなって、悲しみになるんかな。やっぱりストーリーがあると、感情が動く人間のココロ。
ほんま、ふざけたばあちゃんやった。たくさんの愛をありがとう、あーばーちゃん。