日本で規制の事前評価が機能しない理由:組織・手続き編
20年政策評価、特に規制の事前評価を日本に根付かせることを目標ににやってきましたが、根付いていないのが実情です。当然日本にはそういう制度を導入しなくてもある程度うまくやってきた経緯もありますし、規制体型もそれほど問題であったわけでないということはあります。ただ、そういう場合特に、元の制度を最大限温存させて、変革すべきももを変革せず、可能な限り新たなものを追加するというやり方でやってきたことが最大の問題ではと最近思うようになりました。
実は日本の法体系が非常に複雑で、改廃などの修正も極めて難しいという話を聞きました。その時、法体系にもモジュール化の概念を導入しては?とおもったものです。更に、日本では設置法・設置令・設置規則でガチガチに作っていると聞きました。そのため悪いことができない反面、一度作るとなかなかファインチューニングできないという問題が発生すると思います。更に現状維持バイアスが強い我が国で、ガチガチで複雑な法体系では、改変するより追加していく方向が選択されるでしょう。
ただ、政策評価、特に意味のある規制の事前評価の場合、基本的に規制作成と同じタイミングで規制作成と協業して行わないと意味がないです。それが現在はほぼ規制案が決まった段階で言い訳程度に行われていて、単に屋上屋を重ねているに過ぎないです。
そのため、政策評価を実際に機能させるには、ある程度従来のやり方、つまり、特定の利害関係者との利害調整よりも、より広く国民を巻き込んでエビデンスベースで規制制定を行うように変えないといけないです。しかし、上記のような変えにくい制度の上、変更することへの不安、行うことのメリットも見えない中では、なかなか変革できないという面もあると思います。
しかし、コロナ禍で制度疲労がいろいろと明らかになった今、もう少し考え直してみてはと思う次第です。これは、 IT化にも通じると思います。そもそも紙文化を変えないといけないのですが、そこを変えずにタブレットだけ導入しても意味がないのはわかりやすい例ですし、もっとわかりやすいのは、みずほ銀行のシステムの統合の時も、3者のシステムを一度ある程度白紙にしないといけなかったのだと思います。3社のシステムを残したままで統合する方が遥かに大変かと。しかも法体系が複雑で、どこを変えればいいかわからない国の場合は更に大変なことになるかと思います。
わかりやすい例えは、歯の詰め物がおかしくなったら、元の詰め物を取ってから新しい詰め物を入れますよね。それを元の詰め物をつけたままで新しい詰め物を入れているようなものではないでしょうか?そりゃあ、いつまでも痛いですよ。