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想像していなかった現在


#想像していなかった未来 という
noteの企画が開催されている事に気付いた




まさに自分の人生がお題の通り
と思ったので


ざっくりと自分のことについて
誰も興味はないやろうが書いてみる



・待ち合わせに相手が2時間遅れている
・大便中
・公共交通機関が全部マヒ
・Uber Eatsの料理が2日待っても来ない


など、暇な時に
読んでみて頂ければ
 



ほんまに想像していなかった
この様な人生を生きるとは


僕は小さい頃から
プロのサッカー選手になりたかった

それだけやった



オヤジの影響で小学2年生からはじめ
中学校も
高校も



選手権の優勝経験があり
古豪(今は違うんかい)と言われる高校に推薦で入り
毎日頑張ってトレーニングしていたが

休みの日に友達と遊びに行った様な記憶はほぼない

オフの日なんかそもそも無かった様に思う
(実際にはあったんやと思うが覚えがない)



朝練して授業が終われば遅くまで毎日練習
帰ってご飯食べたら寝ないと朝練に行けないし
長期の休みは全部練習と合宿

マンガもゲームも
あまり触ったことは無かった

でも全く問題なかった
それくらいサッカーが好きやった



たくさんの方の協力もあり
在学中に運よく海外に行くこともできた


しかしそれでも

それでも色々ありプロは叶わず
高校卒業のタイミングでサッカーは辞めてしまった


そうすると次の進路を考えないと行けない
大学へ行ってサッカーをまた頑張る
というモチベーションはもうない


燃え尽き

燃えカス状態






なのでこの時すごく困った
自分には他に何ができるのか分からない
そもそも他にやりたい事もない
勉強もそこそこ、別に優秀な訳でもない

なにしろ燃えカス
どういう方向に進めば良いのか全く分からない


サッカー選手になれなかったということで
人生が終わった気分やった

それしか頭に無かったから




とりあえず大学へ行く
というのは学費の無駄やと思った
自分で払える訳でもないし



残りの消化試合人生
(今考えれば18歳そこらでおもしろいが)

せめて人に迷惑をかけず生きれる様に
早く自分で稼いで生活できる様に
とりあえず親に心配かけない様に
そんな理由で
専門学校へ行き資格を取ることにした




半ばヤケクソやったが
強いて言うと興味があったのが


半月板の術後お世話になった
理学療法士という仕事


残りの人生は消化試合やったので
学校も家から最寄りのところに適当に決め
ひとまずオープンキャンパスへ行った


学科の先生の話を聞く中で思った


「自分が夢破れてケガしてどん底やのに
同じ様にケガした人のために
頑張って仕事できないかもしれん」




ということで
ヤケクソブーストしている燃えカスは
急に方向転換し

どんな事をするのかも知らん
隣の学科の入試を受けた


その学科が作業療法学科やった



オープンキャンパスに参加した学科
とは違う学科を急に受験した為


学科長の先生が
わざわざ電話してきてくれたのを覚えている

長:「一応確認なんやけど、受験先を間違えては無いよね?」
僕:「はい、間違えてません」
長:「理学療法学科との違いは分かってる?」
僕:「いえ、知りません」



このガキ、イカれてやがる

と思ったことやろう



それもそのはず



この時既に
切り替えの速さとヤケクソのときの勢い
だけはワールドクラス


ヤケクソオリンピックがあったら
メダル獲得はかたい




そしてその勢いのまま
燃えカスは3年間学校に通った



こんな事を言うと怒られそうやけど
作業療法士を目指した理由など皆無



しかし時間的に、また行動上
ガッチガチ拘束の高校時代から比較し
解放されたのはとんでもなく大きかった




僕の人生は
少しずつ消化試合ではなくなり
意味をもった




新しい友達に出会い
色々な楽しいものに触れた

マンガを読み
映画館に行って
ジャンクフードを食べ
彼女ができて
夜遅くまで起き
髪を染め
ピアスをあけ
授業中にガムを噛んで怒鳴られ
奇抜な柄の服と変な色の靴を身につけ
ほぼ毎日梅田を練り歩いた



高校時代の経験が役立つ場面もあった

クラスの友達や先輩が
厳しい怖い、泣いて帰った
などと言う病院に実習で行かされ

実習担当の先生に少々理不尽な要求をされ
変な嫌味を言われようが怖くもなんとも無い
鉄メンタルを発揮




「こいつに何言われようが別に走らされる事はない」
「こいつより非常階段の方が怖い」
「成績が悪くても坊主にされることはない」
「(実習担当)、お前よりおれの方が足速いからな」

などと思いながら
実習期間を難無くこなした



実習期間の折り返しくらいで面談に来る学校の先生に

「どう?大変ちゃうか?」
と心配されても 


「別に」
とエリカ様以来の塩対応


一方で普段の学校生活においても
授業中に顧問が
校舎の廊下を抜き打ちで見回り
ドアの小窓から教室内を見回し


寝ていたサッカー部員は放課後晒し上げられ
校舎脇の非常階段を永遠に走って昇り降りさせられる
という犠牲者を見た恐怖体験から



そんなに興味は無くても
授業中は常にギンギンに覚醒している
という習慣が染み付いており


つまらん授業でも全く寝ないため
教員からは期待の眼差しを浴び



また長年の体育会系生活で培った
やれと言われたらやるメンタル(罰則回避のため)
で文句を言わず勉強



その結果謎に
国家試験に通り免許をもらった

というのが
謎作業療法士としてのキャリアのはじまり
 




そしてここからさらに激変

専門学校時代、友達や彼女はいたが
お金が無いのでそんなに遊びに行くこともなかった
行くのはゲーセンぐらい

しかし働き始め、それまでの人生では
見たことがないお金をもらう
(べつに普通の額の給料)


テンションが上がり、もらった給料を使い
プレステを買い
ナルトやドラゴンボールを大人買い(今更と言われた)
飲み歩き
好きな服を買う


一見、クソの生活ではあるが
実はそうではない

ありがたいことに
出会った先輩達、後輩達が良かった
僕に合っていた


働き始めてすぐに先輩に

「人の倍遊ばなあかん
しかし僕らの仕事は人の人生を背負う仕事
なのでその倍勉強しろ
根性ある奴じゃないとできひん」

と教えてもらった


それは今の生き方
仕事のスタイルのベースになっている



人の倍遊んでその倍勉強
人の為の努力

刺さった



ダーツバーでやったダーツは
全く刺さらんかったが



根性ならある
自分の可能性を再発見した


それまでの人生
好きなサッカーで自分が活躍し
有名になりたい 成功したい
そのための努力やった



それとは真逆の発想
目からウ〇コ


自分に人の役に立つ事ができるなら
したいと思った



ということで日々実践した

先輩や後輩と毎日飲んで遊び
金土日は勉強会の予定を入れ
山梨や香川、大分など毎年勉強しに何度も行った
昼休憩などの空き時間は文献を読み
業務後に手技の練習


大阪ではそれを5年続け
状況は変わりながらも
今でもその信念は忘れずに努力している

のでちょっとはマシやろ


一方

彼女とは専門学校の頃出会い
働き始めてからも付き合っていた

僕は元々、なぜか子供が苦手やった
なので自分の子供はいらないから
結婚もしなくて良いと言う事で
結婚願望もなく
ダラダラ来てしまっていた


彼女は子供が欲しいし
若いお母さんになりたい
働き始めたら早く結婚したいと常々言っていた



僕は正直

いや〜、厳しいな
一緒にいて楽しいのは良いが
関係の根幹の部分が残念ながら合わない
このままダラダラ付き合っていても申し訳ないな…
と思っていた



そしてその結果



その彼女と結婚し
現在子供3人



え?



何があった

分からない




とんでもない矛盾


そんなん全然想像してない





コナン君が犯人
レベルで想像してない


どうして今この状況なのかは分からない

僕が何か大きく変わったのかと言うと変わらない


その時々、最善と思う判断をしてきたが
成り行きと言えば成り行き


では今
何か後悔しているか

というと全くしていないし
ありがたいことに幸せに生活をしている



今子供が苦手かと聞かれれば
苦手ではなくなった
すごくかわいいと思う



サッカー選手になりたかった僕は夢破れ
理学療法士になろうと思ったが作業療法士になり
自分の生活のためにヤケクソで選んだ仕事のはずが
人のためにやりがいを見つけ研鑽に励み
子ども嫌いで結婚せず1人で暮らしたかった僕は
結婚して子供3人と暮らしている



人生て案外
色々考え過ぎんでも良いのかもしれん
と思う



良い事も悪い事も勝手にたくさん起こる
そして大概、考えた通りにはならない


でもだいたいなんとかなる



絶望的やった学生時代の経験も
今となれば僕という人間の中で大切な要素


これまでの人生
今の自分
どうやろうと改めて考える



サイコーかもしれん

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