[超短編小説] Au revoir
「魔法っていいよなあ。ロマンあるよな!憧れるわあ」
「なに、おまえ高校生にもなって魔法とか信じてるの」
「いや、そういうわけじゃないけど。なんか夢あるじゃん」
こいつはシュン、この手の話が大好きなクラスメイト。
転校生だった俺に一番に話しかけてくれたやつで、それ以来仲良くしている。
「そういや最近さ、現代のルパンなんて騒がれてる怪盗知ってる?」
「ああ、ニュースになってるやつね」
「美術品なんか盗んでどうするんだろうね。売ったところでバレて捕まりそうだし」
「まあ裏で取引されてるんじゃないの。俺たちの知らない世界もあるんだよ、きっと」
最近、美術品や宝石なんかを予告付きで盗み出す輩がいて、そいつはいまだに捕まってはいない。
「その怪盗ってさ、魔法使いだって噂あるの知ってる?」
「知らないけど…何それ。そんな話あるの」
「うん。なんか都市伝説系YouTuberの間で話題になってるんだよね」
「おまえほんとそういうの好きだね」
詳しく聞くつもりはなかったが、シュンは勝手に話し始めた。
「なんかね、警備をしてたおじさんが目の前で実際に見たらしいんだけど、道具も使わずに美術品の入ってるケース開けたり、警報がなるはずのところでも鳴らなかったりしたんだって。で、極め付けは目の前で美術品持ったまま消えたらしいよ。すごいでしょ!」
なぜか自分の手柄のように胸を張った。
「うん。すごいね」
「おい、なんだよ感情ゼロじゃん。ほんとこういうの興味ないよなあ」
「この世の全ては科学で証明できるんだよ」
「もう、夢がないなあ」
なんて会話をしていたのがつい先日のことだった。
「おいおいおい、怪盗ついに捕まったってな!」
興奮した様子で電話をしてきたシュンに「やっとだなあ。魔法使えるならすぐに脱獄もできるんじゃない」と俺は冷めた返事をした。
「そうだよな…確かにそうだよ…絶対脱獄できるよな」
俺の皮肉を間に受けたようで、本当に魔法を使って脱獄すると信じているようだった。
今日は土曜日、部活があるはずのシュンからまさか電話がかかってくるとは、と思いながら静かに電話を切った。
その日の夜、またシュンから電話がかかってきた。
「おい!ニュース見たか!」
かなり興奮しているのか、電話越しに鼻息が聞こえてくる。
「なに、なんの」
「その様子だと知らないみたいだな。脱獄、脱獄したんだよ本当に」
またもや自分から勝手に説明を始めたシュンによると、昨日の夜中に捕まった怪盗は留置所に入れられていた。
今日、電話で話していた時には間違いなく捕まっていた。
しかし、先ほど夕食を配膳する際に忽然と姿を消したのだという。一言メッセージを残して。
「またね、怪盗T。だってさ!かっこいいなあ」
「へえ、そうなんだ」
「いやあ、やっぱり魔法って存在するんだな」
「本当に信じたのかよ」
「当たり前だろ。忽然と消えたんだよ。人間のできることじゃないよ」
呆れた。これだけで魔法を信じるなんて。
月曜日、教室に入るとすぐに近づいてきたシュンは挨拶もそこそこに「怪盗Tってどんなやつなんだろうな」と話かけてきた。
「いきなりなんだよ」
「だってさ、気になるじゃん男か女かも不明なんだよ」
「そら男でしょ」
「なんで分かるの?女怪盗かもしれないよ。不二子ちゃんみたいな」
「ん、まあ確かにそうだね」
「ところでその手の怪我どうしたの」
やはり気付くかと思いながら「転けたんだよ」と返す。
「へえ、なんからしくないね」
「まあちょっと急いでてね」
部活には入っていないが運動神経の良い俺が転けるのは確かに珍しいかもしれない。
「でもさ、週末だけじゃん怪盗の活動時間って。案外普通の会社員とかなんじゃないかって俺は思ってるんだよね」
急に真面目な顔をしたシュンはまた勝手に話し出した。
「いつもは普通の人として仕事しててさ、金曜の仕事終わりにサクッと盗み出しますよみたいな」
「なんだよそれ」と俺は笑うがシュンは本気でそう思っているらしい。
「俺は絶対そうだと思う」
そう言ったかと思うと「トイレ!」と教室から出ていった。
「なんだよ会社員って」
一人呟いた声は誰にも届いていない。
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次の金曜日、怪盗Tは予告通り美術館にいた。
いつも通りサクッと盗み出すつもりだった。
特に厳重でもない都会の真ん中にある小さな美術館だった。
簡単な仕事のはずだった。
いつも予告をするため、警察はわんさかいるのだが今日はかなり少なく感じた。
外にも中にも二、三人といったところか。
「なんだよ。もう俺を捕まえること諦めたのかな」
なんて呑気に考えながら中に入ろうとした瞬間だった。
———パンッ
乾いた音が鳴り響き、俺の横を何かが掠めた。
銃弾だ。
俺は走った。
その間にも乾いた音は周囲に響いていた。
何処からかキャーと悲鳴が上がる。
「やめて、もう撃たないで」
流れ弾が一般人に当たったのだ。
その時、俺の頭の中は真っ白になった。
自分のせいで関係のない一般人に被害が及んでしまった。
いつの間にか足が止まっていたようだ。
あっと声を出す間も無く腕が燃えるように熱くなり、俺はその場に倒れ込んだ。
銃弾がやっと俺に当たったのだ。
痛みに顔を顰めながらもどうにかこの場から立ち去ろうとしていた時だった。
「おい、タク大丈夫か?」
目の前にはなぜかシュンがいる
「なんでここに…?」
「おまえこそなんで?都市伝説とか興味なかったよな」
「都市伝説?」
真面目な顔で頷いたシュンは「警察からの情報が漏れてたみたいで、今日ここに怪盗Tが来るって」と言い俺の腕に目を向けた。
「その腕、大丈夫なのか…お前も流れ弾当たったのか…?」
心配そうに見てくるシュンに心が痛くなる。
「残念ながら流れ弾ではないんだよなあ」
「え、なに」
「誰も巻き込みたくなかったのに。申し訳ない」
状況が理解できず目を白黒させているシュンに「おまえは案外鋭くて、いつバレるかとドキドキしたよ。またね、俺とはここでさよならだ」と言い忘却の魔法をかけた。
その場を去った俺は、ポケットから電話を取り出した。
「すみません、今日の仕事失敗しました。必ず仕事はしますが日を改めるので、もう少しお時間いただきます」
電話の相手は怒っていたが仕方がない。
「とりあえず俺のせいで怪我を負った一般人を見に行かないと」
遠くから様子を見るがどうやら銃弾は肩を掠めただけのようで、駆けつけた医療班らしき人たちに治療を受けていた。
安心したものの、俺のせいに変わりはないので陰から謝っておくことにする。
「さて、これからどうしよう…。明日からは普通の会社員にでもなるか。あいつが言ってたように」
少し寂しい気持ちになりながらも「まあいつものことか」と独り言を残し、俺は歩き出した。
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