[超短編小説] オタク狩り
現代の日本に再び戦国の世が訪れていた。
政府から出された「それ」は人々を、一部の人々を苦しめていた。
隠れてコソコソと好きなアイドルグッズを買うオタクたち。
トイレでコソコソとアイドルについて語るオタクたち。
今、日本のオタクは反逆者として処罰対象になっているのだ。
その「オタク狩り令」が施行されたのはかなり昔のことだという。
私たちが生まれるずっと前にできたものだ。
これのおかげでアイドルの数は激減し、それと共にオタクたちも自然消滅していった。
しかし、アイドルがゼロになったわけではない。
ということは、隠れて信仰するオタクもいるわけだ。
ブロマイドやキーホルダーなどは商店街の小さな本屋や文房具屋などで裏取引されている。
だが、見つかれば最後、どこかに連れて行かれ処罰を受けるのだという。
実際にどのような罰なのか公にはされていない。
監視社会により至る所に監視カメラがあり、更に密告者までいる。
密告者とはそのままの意味だが、オタクを見つけて警察や専門機関に連絡をする。
そして、それにより賞金が貰えるようになっている。
それゆえ密告を生業とする組織までいるというが真偽は定かではない。
とまあこんな風に、現在の政府は徹底的にオタクを狩っている。
何を隠そう「娯楽に使う時間があるなら国のために働け」という国民を奴隷に仕立て上げるためのものだった。
一時期は一揆のようなデモなども頻発に起きていたそうだが、近年過労によりそのような気力はもはや失われていた。
そして現在、私は普通の高校生だ。
そして、好きなアイドルがいる。
そう、私はオタクなのだ。
もちろん家族や友人にも隠している。
しかし本屋で出会った女子高生には唯一打ち明けていた。
グッズを購入した際、後から来たその子が同じ暗号を使い、同じ商品を購入していたからだった。
他校なので頻繁に会うことはできなかったが、週に何度かはカフェの裏の人気のない公園へ行き、アイドルの話をするのだった。
「私最近お金ないんだよね…グッズもどんどん値上がりしてるし」
「そうだよね」
「買えるお店もどんどん減ってるから選べないしね」
「本当、いつになったら公にオタク活動できるんだろうね」
なんて会話をしていると、彼女は「実は、もう一つバイト始めようかと思ってる」と言った。
良いアテがあるらしい。
「へえ、掛け持ちなんて大変じゃない?」
「確かにそうかも…ちょっと心苦しいかも」と言って笑った。
心苦しいの使い方間違ってるなあなんて思うが指摘はしなかった。
「私これからバイトなんだ。だからまたね!」
「そうなんだ。今日はなにもないし、本屋寄って帰るよ。またね!」
私はとりあえず本屋に寄り、新しいグッズが入荷していないか確認して帰ることにした。
ある日、本屋の店主から衝撃の事実を告げられた。
「あんたが仲良くしてたあのお嬢ちゃん、密告されて連れて行かれたらしいよ」
唯一のオタク友だちだったあの子が密告された。
身近に密告された人がいなかったので、少し鷹を括っていた。
「どうしよう。もし私も密告されたら…どうなるんだろう…」
なんだか不安な気持ちが溢れてきた。
とりあえずグッズは買わずに急いで家へ帰ろう。
途中、いつもの人気のない公園のそばを通るのだが、そこに彼女の姿があった。
なんだか元気がないように見えたので「あれ、あの噂、嘘だったの?よかった」と言って駆け寄ろうとした時だった。
———ガンッ
頭に強い衝撃を受け、私はその場に倒れ込んだ。
何が起きたか理解できずに蹲っていると「とても心苦しいんだけど…新しいバイトのお給料めっちゃいいの」
意識が朦朧とする中、私が最後に見たのは彼女のニヤリと笑った顔だった。
———ピピピピッピピピピッ…
スマホのアラームがけたたましく鳴り響く。
「あ、やばっ。結局テスト勉強全然してない…」
歴史のテストがあるから徹夜をするつもりだった。
いつの間にか眠っていたようだ。
なんだか変な夢を見ていたような気がする…。
勉強机に広げられた歴史の教科書を見て、焦りを感じる。
「かなりやばい…何も覚えてない…」
教科書の片隅の写真に目が行く。
と、写真の豊臣秀吉がニヤリと笑った気がした。
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