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[超短編小説] 不協和音


私はインスタグラマーだ。
フォロワーは数万人、男女ともに好かれている。
投稿した写真にはすぐさまいいねが付き、私の承認欲求を満たしてくれる。

こんな私にも悩みはある。
所謂「アンチ」と呼ばれる人たちだ。
フォロワーが数千人の時代にはアンチはなく、ファンからチヤホヤされるだけだった。
しかし、1万人を超えたあたりから急にアンチと呼ばれる人が湧き出て、些細なことにいちいち難癖をつけるようになった。

アンチは次第にエスカレートし、コメント欄でファンとアンチの攻防が繰り広げられるようになった。
初めは無視していたが、いつの間にか放置できない状態になり、アンチコメントはすぐに削除するようにしていた。
その時は「まあ有名になった証よね」なんて思っていた。

ある日一通のDMが届いた。
DMで直接アンチコメントを送る人もいたので、あまり開かないようにしていたのだが「いつも投稿楽しみにしています」という文字が少し見えたためDMを開いてみることにした。

「いつも投稿楽しみにしています。ところで、なぜアンチコメントを削除するようになったのですか?どんなアンチコメントがあるか毎日楽しみにしていたのに…」

鳥肌が立った。
直接ブスだの消えろだの言ってくる奴らには腹が立つが、こういう奴には少し恐怖を感じる。
とにかく気にしないことが一番だと思い、そのメッセージはすぐに削除した。

次の日の朝、インスタを開くと夜中のうちにまたDMが届いていた。

「いつも投稿楽しみにしています。昨日のDM読みましたよね?なぜまた削除しているんですか?みんなの自由な意見を個人の判断で削除するのはいかがなものかと思います」

昨日の奴だ。気持ち悪い。
丁寧な言葉遣いだからこそ、より恐怖を感じてしまう。
しかもこいつ、よく見るとフルネームでアカウントを作っている。
一瞬そのフルネームに見覚えがある気がして手を止めたが、またいつものように削除した。

私は普通のOLだ。
まだインスタグラマーとしてはひよっこで、それだけで食べていけるほど人生は甘くない。
昼休憩にはいつも一人でお洒落なカフェに行き、映える写真を撮るようにしている。
そこでまたDMが届いていることに気がついた。

「いつも投稿楽しみにしています。いつまで私を無視するつもりですか?あなたのことは把握しています」

また気持ち悪い内容だった。
なんの脅しか知らないが、悪趣味すぎる。

ふと誰かに見られている気がして、パッと振り返るが誰もいない。
「連続でこんなDM来たら警戒しちゃうよね」と一人呟き、一口しか手のつけていない綺麗に盛られたランチをその場に残し席を立った。

その日の夜、昼の投稿に対するコメントやいいねに浸っているとDMに通知を知らせるマークがついた。
恐る恐る開いてみると、また例の気持ち悪い奴だった。

「いつも投稿楽しみにしています。今日のランチは本当においしかったんですか?一口だけで全て残していましたよね?ああいうことしても平気なんですね」

「えっ。なんで」思わずスマホを落としてしまった。
やはりあの時感じた視線は気のせいではなかったのだ。
「なんで私のこと、知ってるの…誰…?」

外に出るのが怖い。
本当はこのまま家に引きこもっていたかった。
しかし明日も仕事だ。
考えないようにと思えば思うほど頭に色々な考えが浮かび、何度も何度も寝返りを打っているといつの間にかカーテンの隙間から光が差し込んでいた。

いつも通勤で通る公園。
今日は何故か人気がないように感じる。

靴の音と、呑気な鳥の声が辺りに響く。
気がつくと自分のヒールの音に合わせ、足を擦って歩くような音が重なって聞こえる。
後ろに誰かいる。
自然と早足になるが、それに合わせて重なる音も早くなる。
まるで不協和音を奏でるようだった。
振り向くことは絶対にしないつもりだった。

「ねえ、今日はどんなランチを食べるつもり?」

思わず振り向くとそこには、冴えない女が立っていた。
よれよれのTシャツに、色の褪せたジーンズ、薄汚れたスニーカー。
化粧っ気のない顔にはじんわりと疲れが滲んでいた。

「もしかして、あなた毎日DMしてくる…」

「そう。やっと気づいてくれましたか」

今までこんな地味女に怯えていたのかと馬鹿らしくなった。

「あんたどういうつもり?安全なところから人のこといじめて楽しい?何かあるなら直接言えよ!」
カッと頭に血が上り、相手に詰め寄り声を荒らげた。

しかし相手は一歩下がり、落ち着いた声でこう返した。
「でも、あなたも自分の手は汚さず安全なところから私のこと、いじめてましたよね…」
そう言い、髪を耳にかけた。
頬には傷跡が見えた。


思い出した。

高校の頃、暇だった私は数人のクラスメートとちょっと気に食わない女を揶揄って遊んでいた。
もちろんいじめではない。
ただその場ノリというか、イジってみんなで笑っていただけだ。

「ねえ、待って。あれはいじめじゃないでしょ?ただのノリだった。あんたもそれくらい分かってるよね」
「いじめた側は覚えていないものです。いじめた人の顔や名前、その人に何をしていたか…」
と言いながら後ろで組んでいた手を前に出した。
朝日に照らされたそれは光を反射しキラキラと光っている。
私はハッと目を見開き、後ずさった。
「ごめん。謝るから。許して…お願い…」
「もう遅いんです。今謝ってもあの頃の傷は癒えないし、今も残る心の傷は…」

そう言ったあいつは手に持っていたものを私に振り翳した。

「その大事にしている綺麗なお顔も今日までだね。私と同じように醜くしてあげる」

最後に耳に残ったその声は、なんだか聞き馴染みのある私の声のようだった。




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