まじめの人、田所敦嗣がそのまま本になった
2022年12月16日、本が家に届いた。──『スローシャッター』── これがその本のタイトルであるが、簡単に説明すると水産品の買い付けを生業とする田所敦嗣さんが書いた本である。魚がいる町なら世界のどこにでも行く旅の軌跡をつづったエッセイであるが、読み進めていくとこれは仕事と向き合う為のビジネス本かもしれないと感じる面もあるし、生きていく上で大切な、人と人との触れ合いを描いた本だと感じる面もある。不思議なのはもしかしたらさっき目にしたのは写真集だったのかもしれないと錯覚してしまうような本でもあるということだ。
まるで遠い国の過去の出来事が目の前で起こっているような、そんな気にさせる。
掲載されている写真がまたいいのだ。
── 田所敦嗣 ── 彼のことはTwitterで数年前に知ったが、基本的には短文テキスト発信の人間であったと記憶している。いや、そう思い込んでいた。しかし、時折ネット上で見せてくれる写真には妙な力があって、そのストックの量と質から確かなバックボーンがあるんだろうなと感じていた。普段はどんなことを考えているんだろう。いつか短文ではなく長い文章を書いてほしいなとずっと思っていた。たしか2~3年前はそんな状態だったはずだが、何が彼をそうさせたのかは分からないが、1年半前から急に長い文章を書いてくれるようになった。
気がついたらそれがこうして本になっているわけだから、その経過を見ていた身としては今回の上梓は興奮せざるをえなかった。まるで自分のことのように嬉しい。
思い出はそこそこにして、話を本に戻すが、表紙を一目見ただけでも色の鮮やかさに心を奪われそうになると思う。ページをめくればもっと釘付けになるはずで、そして、文章を読んだ後に見返せば、今まで知らなかった現地の人々の営みというか息遣いのようなものをさらに深く感じることができるだろう。
また、自然という人間の意志でどうにもならないものと向き合った時、彼が時間をどう過ごしたのかが見えてくるんじゃないだろうか。
◇◇◇
堅苦しく書き始めたら肩が凝ってきたので、これからは冗談まじりにいきたいと思う。私も半年ぶりに文章を書いたからどうやら自分のスタンスを見失なっていたようだ。(『芸とはスタンスである』わけだから、これはよくないね。)
さて、田所敦嗣さんは『まじめの人』である。
まじめ“な”人ではなく、まじめ“の”人である。ニュアンスが伝わりづらかったら恐縮だが、ちょっと想像してみてほしい。たとえばあなたが海外在住の現地スタッフだとします。片言の日本語調子で『まじめのヒト』と発音してみてください。その対象がどんな人かイメージできましたか?
それがきっと田所さんとイコール。
まじめの人はワールドワイド、海を渡ったまじめの人は世界各国で愛される。
まじめが服を着て歩いているような感じだから、旅先(仕事先)でも現地の人と信頼関係をすぐ築くし、仕事も息長く続く。これは本当にすばらしいこと。
ただ、本を読んでいただけると分かるかと思うんですが、ちょいちょい彼は騙されるんです。文体のトーンが落ち着いているし、本人もそれほど怒ってないのでどれも良いエピソードのように語られているが、例えば飲み屋でトイレに行って席に帰ってきたら一緒に飲んでた人がそこに居なくてお金を払わされる。そんな話が270頁の本の中で少なくとも二回出てくる。見知らぬ土地でツケ払いをなすりつけられる頻度としては多めだ。私がその立場なら怒ってる。
しかし、田所さんの愛嬌なのか、相手方の愛嬌なのかは分からないがそういった細かいことはことごとく流れて話は進む。それもいい感じなのである。
そういうのが分かってくるとお話を読み進めてゆく上で「あれ、このパターンはもしかして…」と感じられる点も多く発見できて別の楽しみ方もできるんじゃないかと思う。チャップリンは「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」と言ったそうだが、それはきっと本書にも当てはまるのだろう。
右も左も分からない異国の地で彼の目に映ったこと、起こったこと、我々はそれを本という形でロングショットで見せてもらっている。それがたまらない。
よくよく考えれば旅なんてものは自分の庭から飛び出すことであるわけだから、今までの常識が通用しなくなるわけで、失敗や思い通りにならないことの連続を確かめるようなものなのかもしれない。
こんなはずではなかった。想像と違う。
だからこそ、おもしろい。
そんなエピソードの数々を彼が切り取ってお話をする。いや、どこの国に行ってもそこに田所敦嗣がそこに居るのを我々が目にする。
これはもう「まじめの人、田所敦嗣がそのまま本になったんじゃないか?」そう言っても過言ではないだろう。
何回でも書くがこれがおもしろくないはずがないのである。
嘘だと思うなら、手にとって確かめてみてほしい。大袈裟ではあるが嘘ではないことがきっとわかってもらえるはずだ。
【最後に】
田所敦嗣さん
あらためまして、おめでとうございます。