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桃の目利きは難しいから自分では買わないけど「好きな果物は?」と聞かれたら迷わず「桃」と答える。

毎年この頃、あるご婦人が美味しい桃を届けてくださる。
嬉しさと切なさが同居するその桃は、元果物店の女将さんが選別するだけあって、豊潤な香りと甘さは申し分ない。

ただ、切ないのだ。

小さなクリニックの看護師をしてる。
前立腺癌を患っていた店主とは、亡くなる10日前まで関わった。
何をしたでもない。ただ、傾聴し、頷いただけ。

職人でカタブツで、イレギュラーな患者だった。
患者と医療者にも当然相性があるが、指名制は受け付けていない。
今となれば他のスタッフの計らいだったのだが、様々な症状を訴えやって来る彼と、長い時間を会話と沈黙で費やした。


どんな泣き言もため息も受け入れたが、そんな事はちっとも辛くはない。

彼が残してくれたのは「桃は皮ごとかぶりつくのが1番美味い」って事実。

思い出は、甘い。
甘くて切ない。
切ないけど、ツラいモノではない。

あれから5年。
今年も冷え冷えの桃にかぶりつき、
私の夏が始まった。

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