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「私も1杯いただいてよろしいかしら?」
金曜日の夕方、仕事を終わらせて新幹線に乗り込んだ。
いつもの友人と、たまには場所を変えて飲もうということで長野へ向かう。
長野駅周辺の居酒屋を何軒か飲み歩いたころ、22時を過ぎた頃、街が寝支度を始めだした。
まあこれが普通だよな。東京がちょっとおかしいんだと思う。
駅前に、「ちとせ」という遅くまでやってる立ち飲み屋があるらしい。そちらに行ってみる。
店内は古き良き居酒屋の雰囲気。
立ち飲み屋と掲げてあるがカウンター席もあり、そこに通された。
一品や缶詰、カップラーメンなんかを注文できるようになっている。
牛すじ煮込みと缶詰を1つ注文した。
この牛すじ煮込みがうますぎた。
牛すじ煮込みなんて何度も食べているが、その中でもいちばん美味しかったかもしれない。
カウンターの前に女性店員が現れる。推定で73歳。
ここの女将さんかな、などと考えていると声をかけられた。
「あら、私も1杯いただいてよろしいかしら?」
レディである。
そんなことを言われるとは露とも思わないので、少し動揺した。
見くびられないように平静を装う。
「もちろんです。お好きなのどうぞ」
漢である。
今までご馳走した中でぶっちぎりの大先輩な気がする。
全く意味不明だが、謎の色気があった。
「上におねえちゃんのお店があるの。今日はイベントやってて、うさぎちゃんのコスプレしてるのよ。」
どうやら上にガールズバーがあり、今日はたまたま店員さんがバニーガールのコスプレをしているらしい。
お客さんの送りや呼び込みでバニーガールが店前を横切る度に、同じテンションで話しかけてくる。
「ほら、あれよ見て見て。うさぎちゃん。こら、見なさいよ。」
なんとなく受け流されているのを察し、しっかりと詰めてくる。
私たちが見るととても満足そうな顔でうなずく。
なぜそんなに見せたがるのか全く分からないが、場のペースを掌握されていることだけは分かる。
そんな折、視界の端にチラチラ映るものに気付く。
というよりも、なんとなく気付いていたがあまり触れないようにしていた。
隣に、終始ニコニコしながらこちらを凝視してくるおじいさんがいる。
こちらも70代くらいだろうか。小柄で穏やかな目をしている。スーツにハットを合わせ、上品な出立ちだ。
横並びのカウンターの椅子を完全にこちら側へ向けて座り、ニコニコしている。
少し怖い。
一瞬目が合うと、微笑みながらハットを外して会釈をしてくれた。
こちらも会釈で返すと、なにやら話しかけてくる。
「どこcxsrg%kた?」
相当呑んでいらっしゃるようだ。呂律が回っていない。
おそらくどこから来たか聞かれているので、東京から遊びに来たことを伝える。
すると、ほぉぅと微笑みながら日本酒をクイっと飲み干し、満足そうにうなずく。
こちらも意味不明だが、謎にペースを握られている。
酒場にはこういう方がよくいらっしゃる。
独特のオーラを身に纏い、自分の半径1.5mほどの空気をコントロールするような。
身なりが綺麗とか、背が高いとかそういうことではなく、身体の内から溢れるような感じだ。
そんな雰囲気に自然と惹きつけられてしまう。
これが人生経験の差なのか。
「お父さんはこの辺に住んでらっしゃるんですか?」と質問を投げかけてみる。
近所に住んでいて、一杯ひっかけて歩いて帰るそうだ。
帰り道が心配になる。
そんな調子で完全に酩酊状態のおじいさんは、店側から半ば強制的にお会計の準備を進められる。
「今日はさっきの若い子たちに奢っちゃったから高いわよ〜」と店員のお姉さん。
気前よく若者に酒を振る舞っていたらしい。素敵なお金の使い方だ。
お会計を済ませると、杖をつきながら胸を張り堂々と帰っていった。
店員のお姉様に、明日のお昼も来ようかなと言うと、「じゃあこれあげる」とポイントカードを渡された。
今日初めて来たのに、ポイントが満タンに貯まっている。不思議なお店である。
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終始「ちとせ」の雰囲気に振り回されたが、それは悪くなく、むしろ心地よかった。
人生の大先輩たちに情緒を教えてもらった夜だった。