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リクルートからフリーランスを経て、介護業界へ転職、新しいことに挑戦し続ける/田中達規さん

学部時代は千葉大学にて医用生体工学を専攻・研究、奈良先端科学技術大学院大学(以下、奈良先端大)に入学して生命機能計測学研究室にて医療関連のデータ解析を行う研究をされていた田中さん。新卒で株式会社リクルートに入社後はプロダクトマネジメントに携わり、その後、スタートアップ企業への転職経験を経て、フリーランスとして、複数企業の事業開発やサービスのプロダクトマネジメント支援を行っています。今後は介護業界に転職、再び医療・福祉業界の分野に戻られ、新しいことに挑戦するそうですが、常にチャレンジしていく背景や想いを含めて、詳しくお話を伺いました。

田中 達規(情報科学研究科 博士前期課程2012.3修了)
奈良先端科学技術大学院大学では、人体や生命の機能を計測する研究に取り組む。新卒で株式会社リクルートに入社。入社後は主に自社サービスのプロダクトマネジメントを担当。株式会社POLへの転職を経て、現在はフリーランスとして、顧客企業の事業推進サポートやプロダクトマネジメント業務の支援を行っている。

就職先を決めるにあたって、基準にしていたもの

就職活動は修士1年の秋頃からだったと思います。IT系の仕事をしたいと思っていて、今ほどエンジニアが求められる時代ではなかったと思いますが、まだリーマンショックが起きて2年頃で、景気も良くはなく採用が多いという時代ではありませんでした。学部時代に、医療機器メーカーでインターンさせていただいたことがあって、その時にメーカーは自分の感覚や働き方が合わないかもしれないと考え、もう少し自由に働き、企画しながら開発するような仕事をしたいと当時は思っていました。そもそも自分の専攻分野が情報工学なので、メーカーの情報システム部門で、例えば組み込みソフトウェアを作るような仕事ではなく、SIerや後々に就職することになるWebサービス系の会社を最初は見ていましたね。結果的に新卒ではリクルートに就職し、約7年間勤めました。

入社後の業務内容

リクルートへの入社後は、企画職と呼ばれる仕事をしていて、今の言葉で言うと、プロダクトマネージャーのような仕事が多かったです。例えば、商品企画と言っても、商品はWeb広告が多いので、メーカーの商品企画のようにハードで何か作るというよりは、Webサービスの中での商品企画が多かったです。その後は、サービス開発のような仕事をして、リクルートにおける新規事業を作る仕事を経験させてもらいました。新しいWebサービス、新しい事業サービスをどう作っていくのか、作れそうな時にどれぐらいの事業規模で進めるのか、実際にユーザーに使われるサービスになるのかを検証していましたね。

1~2年目は商品企画の比較的小規模な案件を担当していて、3年目でITシステムの部門に異動しプロジェクトマネジメントをどうやるのかを学びながら、開発のプロジェクトマネジメントをやらせていただいてきました。5年目からは新規事業部に異動して、リクルートの新規事業を作る部門で、新しいプロダクトをどう立ち上げるか、新しく実証実験を開始する時に伴走する仕事に携わっていました。

リクルート時代に意識していたこと

1~2年目の視座と、3~4年目の視座と、5~6年目の視座で大きく変わることが前提としてありますが…。やはり1~2年目の時は何も分からないです。とにかく自分がやれることをまず最大限にやろう、正直何が正しいのか、会社とは何なのかが全然分からなかったので、がむしゃらに取り組みました。あまり参考にしないでほしいですが、時間をかけてでも、自分の与えられたミッションを達成させるんだと考えていました。あまりやりたいと思っていない仕事も正直ありましたが、そんなこと言っていたら給料も貰えないですし、事業やサービスを作っていくことを経験したいと思っていたので、最初は信頼残高を作っていくしかないと思っていました。

その後は、先輩からプロジェクトマネジメントや、課題解決はどういう風に進めるのかを学んで、徐々に事業開発やサービス開発に携わっていきました。自身が担当していたのは、不動産領域における事業開発でしたが、新しいサービスを作れないかという観点で、筋が良さそうなものがあれば、いきなり全部を作るのではなく小さく実験して始めてみて、何がクリアすると次に進めるのか、また企業における事業開発はお金と時間が限られているので、限られた資源でどうやってプロダクトを作ろうかといった仕事をしていました。

社会人5~6年目になってから、事業開発の仕事をするようになると、誰のために、何のために、また会社にとって意味があるものかということを突き詰めて考えていくようになりました。こういった変遷を踏まえて、最後はどのユーザーのために、どういう価値を作るか、そしてその事業はどれくらいの規模になるのかを意識することが増えていきましたね。

リクルートの退社理由

リクルートにいることは心地良かったですし、仕事をしやすい会社なので、そのまま続ける選択肢もありました。ただ正直に言うと、自分が当時担当していた領域に人生を賭けられるかというとそこまで僕は共感していませんでした。一方で事業開発の組織にいると、人生を賭けてでもやっている起業家精神を持った人達が特にスタートアップ業界にいることを知って、かっこいいと思っていました。今ほどスタートアップに転職する人が多くない時代でしたが、彼らは前職から給料を下げてでもチャレンジしたり、一時的には徹夜してまでサービスを作るなど、人生を賭けて社会を良くすることに頑張っているんだということを知りました。リクルートで既存のサービスをグロースする経験もあれば、新規のプロダクトを作っていくこともでき、良い意味で勉強はいっぱいできたので、そろそろ自分が課題を共感できてコミットしようと思えるサービス開発に入っても良いのではないかと思いました。

理系大学院生向けのサービスを提供する会社への転職

その時に、たまたまPOLという会社に出会うことがありました。POLは研究者向けのサービス、特に理系の大学院生向けの就職活動サービス「LabBase」を運営している会社で、奈良先端大に在籍していた際に、周りで就職活動に苦労していた人がいたこと、研究に対して熱心に取り組んでいる同期がいたことを思い出しました。奈良先端大の学生のように、研究を頑張っている人たちこそ、就活もうまくいってほしい気持ちがあり、この領域が変わっていないもどかしさを改めて感じ、このサービスに携わりたいと思い転職しました。POLではLabBaseのプロダクトマネージャーとして、企業の人事担当者(理系学生を採用したい人)と理系大学院生(研究活動を活かして就職活動をしたい人)をLabBaseというプロダクトでどう改善していくかに取り組んでいました。

フリーランスへの転身

その後、POLを退職して今はフリーランスになり、知り合いの会社やご縁をいただいた会社のお手伝いをしております。3社ほど業務委託契約で、リクルート、POLで携わっていたプロダクトをどう作るかという経験を活かして、プロダクトマネジメント業務の支援をしています。プロダクトマネージャーは日本国内では人数が足りない職種で、正社員で採用したいけれど採用できない企業向けに、フリーランスプロダクトマネージャーとして活動しています。例えば、ECサービスにおけるプロダクトの初期立ち上げをやったり、新しくプロダクトを立ち上げる企業の組織構築をお手伝いしています。

フリーランスになって自由な時間も増え、何よりも会社に属していないので、帰属意識は良くも悪くも薄れます。例えば会社のイベントももちろんないわけなので、自分の時間は本当に増える一方、お客様の課題を解決していくことが仕事なので、四六時中仕事が発生する可能性があり、自分の時間コントロールが本当に難しいとフリーランスになって感じます。

そして一番感じることとしては、お客様ができない仕事を代わりにすることが多いです。元々プロダクトマネージャーは「何を作るか」を決め、エンドユーザーに価値あるものを作って届けることが最大のミッションですが、フリーランスではお客様に決めてもらうためのアシストをすることが多く、言葉にできない歯がゆさは正直感じています。

現在のフリーランスの仕事の面白さ

一方で、フリーランスの活動の良さも感じてはいます。決められた時間のコミットにはなりますが、僕自身は知的好奇心が強いので、色々なサービス、ユーザー、ビジネスモデル、プロダクトを知る経験があることはやっぱり面白いです。例えば、アパレルEC業界での男性ユーザーとヘルスケア業界の女性ユーザーでは、どういうことを普段考えているのか、その人たちがどういうことを期待しているのか、それは本当に困っている課題なのか、これらは同じ人間でも全く異なります。これらを見極めながら、どんなサービスであればユーザーさんが嬉しいかな?と自分の頭で思考実験をすることは、とても面白いです。

他にフリーランスとして様々な会社の方々とお仕事をご一緒でき、スタートアップの会社とお仕事をすることもあれば、1,000〜2,000人の大手企業ともお仕事させていただいているので、この企画を進めていくためには、社内のロジックをどうしていくかも色々と知れますし、様々な人と一緒に仕事ができることは刺激にもなります。自分自身の新しい引き出しが作れている感覚はあるので、そういった意味ではフリーランスをやって良かったと思います。フリーランスで得た経験を次の環境で還元していかないと、ただの「個人事業主としての仕事」になってしまうので、今経験していることが他の環境でどう生きるかは考えながらやっています。

新しい挑戦、介護業界への転職

フリーランスとしての活動も楽しんでいるのですが、次の転職先が決まりまして、介護業界でWebサービスを運営する会社に就職する予定です。介護業界で仕事をしようと思ったきっかけは、フリーランス期間に「アクセシビリティ」や「マイノリティーデザイン」という「すべてのユーザーが同じようにテクノロジーを使うことができる」という概念を学んだことにあります。例えば言い方が悪いかも知れないですけど、目が見えない方々や音が聞こえない方々向けに、Webサービスをどう作れば良いか。僕らは普段Youtubeなどで視覚情報と聴覚情報で楽しんでいますが、少し音が聞き取りづらい方にとって、もっと動画配信サービスが楽しくなるにはどうしたら良いかと考えるようになりました。これから日本をはじめ世界で高齢化社会になるにつれて、マイノリティデザインやアクセシビリティをより考慮する必要性は高まっていくだろうと思っています。

実は自分の弟が知的障害を持っていたので、小さい頃から病院に付き添っていたこともあり、どこかのタイミングでは医療、介護、福祉を対象にしたサービスに携わって、自らがこういったところを突き詰めていく仕事をしていきたいと思っています。その先を見据えると、Webというテクノロジーは本当に楽しくて、可能性を広げてくれるツールだと思っているので、介護事業所の人たち、介護をしてもらう人たち、その家族などにWebで楽しさを味わってもらったり、彼らが持っているハンディキャップを少しでも取り除けるような仕事をしていきたいと考えています。

今、感じている課題

これからデジタルテクノロジーで社会全体が効率的になることは進むと思いますが、まだ恩恵を提供できていないところはあると思っています。例えば、シニア向けのWebサービスがまさにそうで、シニア用携帯電話はありますが、Webサービスやスマートフォン向けアプリを提供している会社が、フォントの文字が小さいなどアクセシビリティを良くしていかないと変わらないと考えています。

どうしても若年層向けにスマホのサイトを作ることが多いので、高齢者の方々はサイトの情報を読みづらかったり、スマホでタップできないという方もいるでしょう。例えばそういった人たちに視線入力で文字の入力ができるなどは可能性としてあるかなと思っています。今までのWebはマジョリティの人たち向けに作られているので、そこにどうやってマイノリティの人たちが使えるような要素を作っていくか。介護事業者向けのサービスなら、夜の徘徊をAIで解析して防ぐことや、高齢者の方はどうしても1人になる方も多いので、表情の解析をしながらメンタル状況を把握したり、解析結果を元に介護事業者がどういう風に接した方が良いかをアドバイスしたりすることはやっていける余地があると考えています。僕はテクノロジーの力を信じているので、その中でより良い、彼ら彼女らが住みやすい環境、生活しやすい環境を作っていきたいと思っています。

現役の奈良先端大生へのメッセージ

研究内容と講義で学んだ内容、ゼミで学んだ内容がピッタリと社会で役立つことは正直、少ないかもしれません。ただ研究において、うまくいかなくてもトライした時の実験思考、何でこういう結果になったのか、何でうまくいかなかったのかを振り返るプロセスは、人生の中でも多くありますし、仕事でも役立つことが多いです。僕も転職をした時にうまくいったこともあれば、転職して失敗したこともあったりしますし、これは仕事の中でも同じようにあります。うまくいくだろうと思って作った機能が誰にも使われなかったようなこともあれば、売れると思ったけれど売れなかった商品を作ったこともあります。これは他の職種だとしても、エンジニアでも営業でも研究開発でも、何の仕事をしても皆さん経験していることです。

今、研究を真剣に取り組んでいる奈良先端大の皆さんの日々の研究活動は、卒業後に役立つことが多いので、とにかく思考して、何度も何度も失敗して、それでも生み出してきた新規性や発見したもので、例え良い論文が書けなかったとしても、このプロセスが社会に出てから役立つはずです。ぜひこの二年間、もしくは五年間をもがき楽しんで、自信を持っていただきたいと思います。そのためにも、今この瞬間、奈良先端大での研究活動に没頭していただきたいです。

奈良先端大を目指す学生へのメッセージ

やっぱり研究は集中できる環境でないと良いものができないので、それができる環境が奈良先端大にはあると強く思っています。奈良先端大の良いところは、高専出身者や様々な大学から入学してくる学生が多く色々なバックグラウンドを持った人たちがいることです。最近はアジアを含めて留学生も多く、自分の研究室にも2〜3割は留学生が所属していたので、ハングリー精神を持っている留学生と切磋琢磨できることは国内でも恵まれた環境と言えるのではないでしょうか。場所は少し田舎になるかもしれないですけど(笑)、ぜひ迷ったらチャレンジしてみると良いですよ。教授陣、研究設備、研究環境は、国内でもトップレベルに入ると思います。後はその環境を自分がどう使うかだけだと思うので、若い時だからこそ、迷っているのであれば奈良先端大にチャレンジしていただきたいですね。

奈良先端大の研究生活で印象に残っていること

学部の研究室は、大学病院の医療情報システム部の学生兼研究員のような形で、職員の方と仕事をしていたので職場みたいな研究室でした。ただ、奈良先端大に来ると学生が圧倒的に多かったことにまずビックリして、他の学生が研究している内容のシェアや論文発表などゼミ活動を初めて知ったので、新鮮な印象がありました。

他に奈良先端大の特徴かもしれないですけれど、先進的な講義や研究機器が集まっていて、そういったことに触れられたのは面白かったですね。例えば、4Kモニターが何かあまり分からなかった時代に自分たちで作ったプログラムを奈良先端大の4Kモニターに投影して遊ばせていただいたり、研究室で扱うPCも自作で作ったりしたことは今でも良い思い出です。また学部時代は情報工学専攻ではなく、情報工学を基礎から取り組むことは初めての経験だったので、やりながら学んでいくことはすごく楽しかったです。私はものづくりが好きなので、0から作っていく過程が楽しかったことは覚えています。自分が何をやるか次第ではありますが、やりたいことは基本的にできる大学かなと思います。

奈良先端大で経験して、今も仕事で役に立っていること

例えば、奈良先端大時代に学んだ技術を、そのまま社会人でも活かせるケースはほぼないという前提ですが(研究職や開発職の方々は直接活かせられることがもっと多いかもしれません)、まず研究という活動自体が分からないことをどんどん突き詰めて、調べて新しいことを知って、次はこの実験でどうだろうというプロセスを踏みます。これらは仕事で活きることは多く、「この素材を使って、こんな実験や解析をしてみるとどうなのだろう」「Aという解析手法を使ってみたけど、Bという手法だと結果は変わるのかな?」という思考実験と、実際にやってみてどうだったかを振り返ることは仕事上でも求められるので、それは研究を取り組んでいたからこそすぐにできていることですね。

※この記事に記載した内容は取材当時の情報になり、会社名や役職名等は現在と異なる場合があります。