『アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』誰の心の中にも、フロンティアがある
2023年3月、プロ野球・北海道日本ハムファイターズの本拠地としてエスコンフィールド北海道が開業したことは多くの人に知られているところだろう。
本拠地が借家であることの限界を感じていた日本ハムファイターズは、数年前に札幌ドームを出ることを決め、札幌市と北広島市の誘致合戦が繰り広げられた結果、北広島市に新しいスタジアムを建設することが決定した。本書はその開業にいたるまでのプロセスを余すところなく描いた一冊である。
結末がどうなるか、誰もが知っているはずのストーリーではある。それでも前作『嫌われた監督』で落合博満の知られざる一面を描き出した著者の鈴木忠平は、当事者たちの心の内面に迫っていくことで、ぐいぐいと読書の心を鷲掴みにしていく。
役者が揃いすぎている、そう思えるほど本書には魅力的な人物が数多く登場するが、主人公は紛れもなく北海道日本ハムファイターズの事業統括本部長・前沢 賢氏である。
年長者にも主張することを躊躇わず、調整や根回しよりもまず実行を選ぶことからブルドーザーという異名がついていた前沢は、スポーツマーケティングの世界で実績を残しながらも、常に自らの仕事に満たされない感覚があったという。
そんな男が発案したボールパーク構想。単にスタジアムを建てるのではなく、球場を基点に街をつくり、コミュニティを生み出す、そういった強い志が物語を動かしていく。
そもそもファイターズには本拠地移転と同時に掲げたひとつの壮大な理念「Sports Community スポーツと生活が近くにある社会の実現を目指す」があったという。マーケティング界隈で昨今流行りのパーパスと呼ばれるものである。言葉の定義からすると不思議なことではあるが、パーパスは実現していくフェーズに一番困難が生じがちだ。
なんといってもファイターズには、日本ハムという親会社があり、この大企業を動かせなければ、今回のような大規模案件を実現することはできない。この高い壁を、著者は相棒の三谷 仁志と二人で時間をかけて乗り越えていく。
最初はただの異端者としかみなされないが、誰に賛同されなくとも真っ直ぐに歩み続け、成すべきことを成す。そうしているうちに、見渡せば近くに自分と同じように逆風の中を歩む者たちがいた。心の中の未開地、そこへの挑戦を止めないこと。これを上回る、本書のメッセージはない。
一方で、本書は誘致した北広島市の行政側にとってのサクセスストーリーでもある。人口6万人に満たない小さな自治体に、年間200万人を動員するプロ野球球団がやってくる。「青年よ、大志を抱け」という言葉を生んだ土地が掲げた理念は意欲的であったものの、現実に目を向けるとあらゆるリソースは空疎であった。しかし自治体の規模の小ささという弱点を意思決定のスピード感に変えることで、彼らは誘致を勝ち取る。
最終的に北広島が選ばれる直前のシンポジウムで、前沢はこんな意味深なセリフを残している。「どこで何をやるかよりも、誰とやるか、その方が大事」。
出来ないことの理由など、いくらでも挙げることができただろう。ロマンと算盤、そして官と民。価値観も違えば、計画推進の手順やスピード感も違う。なにより一番実現を困難にするのは、今、それをやらなければならない理由である。
将来的には必要かもしれないーーそういった中長期的な賛同こそが、アクションの先送りを正当化し、実現にあたっての最も厄介な壁になるのかもしれない。しかし前沢は「夢には日付を書かなければならない」と周囲を喝破し、行政相手に「勝ちすぎず、負けすぎない」折衝術も身につけ、実現へとこぎつけた。
ファイターズという球団、北海道という舞台。両者をつなぎあわせるのはフロンティア精神だ。誘致できなかった札幌市を含め、登場人物それぞれの立場に正義や行動原理があり、敗者の姿はどこにも見当たらない。
登場人物たちは成すべきこと成し、書き手は書くべきことを書いた。本書では双方がお互いを高めあってきたような幸せな構図も見えてきて、非常に爽やかな読後感を生み出している。
単なるスポーツノンフィクションの範疇にとどまらず、ビジネスノンフィクションとしての要素も強いため、あらゆるビジネスマンにとって大きく背中を押してくれる一冊と言えるだろう。